ヨーロッパ聖地巡礼 フォトエッセイ

ロンドン聖地巡礼「シャーロック・ホームズ」(準備編)その2

恐喝王ミルヴァートン The Adventure of Charles Augustus Milverton

(事件に登場するロンドン市内のスポット)

恐喝王ミルヴァートンという男

(悪党チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン
Illustration by Sydney Paget

冬のある夕べ、ホームズとワトソンは散歩から戻ってきました。テーブルの上に置かれた名刺を見ると、ホームズは不快な様子でそれを床に投げ捨てました。「代理人、チャールズ・オーガスタス・ミルヴァートン」とあり、裏を見ると、「6時30分に伺います」と書かれてありました。「彼はいったい誰なのかね?」とワトソンが聞くと、ホームズは「ロンドン一の悪党だ」と答えました。「動物園にいるヘビのような気味の悪い男、これまで見てきた大勢の人殺しの中でも最悪の奴だ。そいつをぼくが招待したんだが、どうしてもケリをつけなければならないんだよ。」

ホームズによれば、ミルヴァートンは恐喝、ゆすりの天才なのだということです。その手口は次のように、きわめて巧妙なものでした。

"I'll tell you, Watson. He is the king of all the blackmailers. Heaven help the man, and still more the woman, whose secret and reputation come into the power of Milverton. With a smiling face and a heart of marble he will squeeze and squeeze until he has drained them dry. The fellow is a genius in his way, and would have made his mark in some more savoury trade. His method is as follows: He allows it to be known that he is prepared to pay very high sums for letters which compromise people of wealth or position. He receives these wares not only from treacherous valets or maids, but frequently from genteel ruffians who have gained the confidence and affection of trusting women. He deals with no niggard hand. I happen to know that he paid £700 to a footman for a note two lines in length, and that the ruin of a noble family was the result. Everything which is in the market goes to Milverton, and there are hundreds in this great city who turn white at his name. No one knows where his grip may fall, for he is far too rich and far too cunning to work from hand to mouth. He will hold a card back for years in order to play it at the moment when the stake is best worth winning. I have said that he is the worst man in London, and I would ask you how could one compare the ruffian who in hot blood bludgeons his mate with this man, who methodically and at his leisure tortures the soul and wrings the nerves in order to add to his already swollen moneybags?"

(from Conan Doyle, "The Adventure of Charles Augustus Milverton")

単語と意味:

blackmailersavourytreacherousvaletgenteelruffianniggardfootmanturn whitecunningfrom hand to mouthbludgeonmethodicallywring
ゆすり、恐喝
味の良い、快い、健全な
不誠実な、(人を)裏切る
(ホテルなどの)従業員、(貴人の身の回りの世話をする)従者、付き人
上流階級の
悪漢、無法者、ごろつき
けちな
従僕、給仕
(顔が)青くなる、青ざめる
悪賢い、狡猾な
目先の利益だけを考えて
...をこん棒で何度も打つ
整然と、きちょうめんに
を絞る、を強くねじる

日本語訳:

「こういうことさ、ワトソン。彼は恐喝王なんだ。男でも、ましてや女でも、いったん秘密や評判がミルヴァートンの手に入ったら、もうおしまいさ。彼は、にこやかな顔と冷徹な心を合わせ持ち、彼らがすっかり干からびるまで搾り取るんだよ。この男はそのやり方が天才的でね、もっと健全な商売をしていても名を挙げただろう。彼のやり方というのは、つぎのようなものだ。彼は裕福な、あるいは高い地位にある人の名誉を危うくするような手紙を非常に高い値段で買い取る用意があると触れてまわる。彼はこうした手紙類を、背信的な従僕やメイドからだけではなく、信頼しきった女性の信頼と愛情を得た上流階級のごろつき連中からも受け取っている。彼はしみったれた手は使わない。ぼくは、彼がわずか2行の手紙に700ポンドも払った例を知っている。その結果は、貴族の一家が破滅に追い込まれたんだ。もうけになりそうなものはすべてミルヴァートンにもとに行く。そして、この大都市には彼の名前を聞いただけで青ざめる人が大勢いるんだ。彼の魔の手がどこに伸びるかを知る人はいない。というのは、彼はあまりにも裕福で、しかも狡猾なので、目先の利益だけで動くような輩ではないからだ。彼はカードを何年でも持ち続けておき、これぞ最大の勝機というときに、そのカードを切ってくるだろう。僕はさっき、彼がロンドン最大の悪人だと言ったね。例えば、頭に血が上って仲間をこん棒で殴り倒す悪漢と比べると分かると思うが、彼はすでにうなるほどある札束の山をさらに大きくするために、冷然と、楽しみながら人の魂を苦しめ、神経を縛り上げるような奴なんだよ。」

ミルヴァートンとの会見

そんな悪党の術中にはまった女性がホームズを頼ってきたのでした。彼女はレディ・エヴァ・ブラックウェルといい、ドーヴァーコート伯爵との結婚を2週間後に控えていました。ところが、彼女が田舎の若い男性に送った手紙をミルヴァートンに握られていて、それが公表されると彼女の結婚は間違いなく破談になるというものでした。ミルヴァートンは、もし彼女が大金を払わなければ、その手紙を結婚相手に送りつけると脅迫していたのです。

取引のためにホームズ邸(地図の1)を訪れたミルヴァートンは、7000ポンドを払うよう要求しました。14日までに払わないと18日の結婚式はなくなるだろう、と脅しました。ホームズは3000ポンド以上は出せない、と突っぱね、会談は決裂し、ミルヴァートンは立ち去りました。

ミルヴァートン邸への潜入

ホームズは、配管工に変装してミルヴァートンの女中に近づき、邸内の詳しい情報を手に入れた上で、ワトソンを伴って深夜のミルヴァートン邸(地図の31)に潜入しました。レディ・エヴァの手紙を取り返すためです。このような危険で違法すれすれの行動をとるのは初めてのことでした。

午後11時、彼らは馬車でチャーチ・ロウ(地図の32に行き、そこからミルヴァートン邸まで歩きました。ホームズは持参した特殊な道具で音質のガラスを切り、鍵をはずして邸内に入りました。そして、ドアを開け、金庫のある大きな部屋に入りました。ホームズは再び特殊な道具を取り出して、持ち前の能力を遺憾なく発揮して金庫の鍵を開けることに成功しました。しかし、そのとき室内に物音がしたため、作業を中止して、カーテンの影にひそみました。

思いがけない復讐劇

入ってきたのは、ミルヴァートンでした。椅子に座って、しばらくじっとしているところで、不意の来客がありました。あらかじめ約束をしていたようです。

"Well," said he, curtly, "you are nearly half an hour late."
So this was the explanation of the unlocked door and of the nocturnal vigil of Milverton. There was the gentle rustle of a woman's dress. I had closed the slit between the curtains as Milverton's face had turned in our direction, but now I ventured very carefully to open it once more. He had resumed his seat, the cigar still projecting at an insolent angle from the corner of his mouth. In front of him, in the full glare of the electric light, there stood a tall, slim, dark woman, a veil over her face, a mantle drawn round her chin. Her breath came quick and fast, and every inch of the lithe figure was quivering with strong emotion.
"Well," said Milverton, "you've made me lose a good night's rest, my dear. I hope you'll prove worth it. You couldn't come any other time— eh?"

The woman shook her head.
"Well, if you couldn't you couldn't. If the Countess is a hard mistress you have your chance to get level with her now. Bless the girl, what are you shivering about? That's right! Pull yourself together! Now, let us get down to business." He took a note from the drawer of his desk. "You say that you have five letters which compromise the Countess d'Albert. You want to sell them. I want to buy them. So far so good. It only remains to fix a price. I should want to inspect the letters, of course. If they are really good specimens—Great heavens, is it you?"
The woman without a word had raised her veil and dropped the mantle from her chin. It was a dark, handsome, clear-cut face which confronted Milverton, a face with a curved nose, strong, dark eyebrows shading hard, glittering eyes, and a straight, thin-lipped mouth set in a dangerous smile.
"It is I," she said; "the woman whose life you have ruined." Milverton laughed, but fear vibrated in his voice. "You were so very obstinate," said he. "Why did you drive me to such extremities? I assure you I wouldn't hurt a fly of my own accord, but every man has his business, and what was I to do? I put the price well within your means. You would not pay."
"So you sent the letters to my husband, and he—the noblest gentleman that ever lived, a man whose boots I was never worthy to lace —he broke his gallant heart and died. You remember that last night when I came through that door I begged and prayed you for mercy, and you laughed in my face as you are trying to laugh now, only your coward heart cannot keep your lips from twitching? Yes, you never thought to see me here again, but it was that night which taught me how I could meet you face to face, and alone. Well, Charles Milverton, what have you to say?"
"Don't imagine that you can bully me," said he, rising to his feet. "I have only to raise my voice, and I could call my servants and have you arrested. But I will make allowance for your natural anger. Leave the room at once as you came, and I will say no more."
The woman stood with her hand buried in her bosom, and the same deadly smile on her thin lips. "You will ruin no more lives as you ruined mine. You will wring no more hearts as you wrung mine. I will free the world of a poisonous thing. Take that, you hound, and that!—and that!—and that!"
She had drawn a little, gleaming revolver, and emptied barrel after barrel into Milverton's body, the muzzle within two feet of his shirt front. He shrank away and then fell forward upon the table, coughing furiously and clawing among the papers.
Then he staggered to his feet, received another shot, and rolled upon the floor. "You've done me," he cried, and lay still. The woman looked at him intently and ground her heel into his upturned face. She looked again, but there was no sound or movement. I heard a sharp rustle, the night air blew into the heated room, and the avenger was gone.

(from Conan Doyle, "The Adventure of Charles Augustus Milverton")

単語と意味:

nocturnalvigilrustleinsolentglaremantlelithequiveringget level withshiveringspecimensvibratedobstinatelacegallantbullybosomwringhoundgleamingmuzzleshrink awayclawingstaggeredgrindrustleavenger
夜の
(見張り、看護などのための)徹夜、寝ずの番
サラサラという音、きぬずれの音
(通例下の者が上の者に)に横柄な、暴慢な、無礼な
ぎらぎらする光、まぶしい光
(古)(袖なしの)マント、外套
しなやかな、敏捷な
(人、声などが)(恐怖と興奮で)ぶるぶる震える、揺れる
互角に勝負できる
震えている
見本、実例、標本
(興奮、怒りなどで)に震える
(人の意見などを聞かず)頑固な、強情な
(靴など)をひもで締める
勇敢な、勇ましい、雄々しい、(女性に)親切な/su_tab] ぴくぴく動かす、ひきつらせる
いじめる、おどす
胸、ふところ
絞る、強くねじる
猟犬、(古)卑劣なやつ
(表面が)光る
銃口
後ずさる
(物)をつめでつかむ、ひっかく
よろめく、ふらつく
ひく、砕く、...を(足元)に踏みつける、押し込む
(服などが)サラサラという音、きぬずれ
復讐者、かたきを討つ人

(「君はこんな深夜にしか来れなかったのかね?」とミルヴァートンは言った
Illustration by Sydney Paget )

日本語訳:

「なんだ、30分近くも遅れたじゃないか。」と彼はぶっきらぼうに言った。

なるほど、ドアの鍵がかかっていないこと、ミルヴァートンが夜更かしをしていたことの説明がついたというわけだった。女性のやわらかい衣ずれの音がした。ミルヴァートンの顔がこちらの方へ向いたとき、私はカーテンの間の隙間を閉めたのだが、じゅうぶんに注意しながらも、思い切ってもう一度カーテンの隙間をあけた。彼は椅子に座りなおしていたが、相変わらず口の片方の端から横柄に見える角度で煙草を突き立てていた。彼の正面には、電灯のまぶしい光を受けて、背の高い、細身の黒い服を着た女性が、顔からベールをかぶり、あごのまわりに外套をまとわせ、立っていた。彼女の息づかいは次第に速くなり、しなやかな肢体は強い感情で震えていた。

「なあ、君のおかげで私はゆっくり眠ることができなくなったんだよ。その償いをしてもらえるのかね? 他の時間には来れなかったんだろう?」

その女性は首を横に振った。

「そうか、どうしても来れなかったということはわかった。もし伯爵夫人がひどい主人だというのなら、君はいま彼女と互角に勝負できるチャンスだぞ。かわいそうなお嬢さんよ、なんでそんなに震えているんだい?それでいい!しっかりするんだ!さあ、仕事の話に入ろうか。」

彼は机の引き出しからノートを取り出した。「君はアルベール伯爵夫人を破滅させるような手紙を5通持っていると言ったね。君はその手紙を売りたがっている。私はそれを買いたいと思っている。ここまでは問題ない。あとは値段を決めるだけだ。もちろん、私はその手紙の内容を調べてみたいんだがね。もしそれが本当にいい価値の物ならば、 ーーアッまさか、お前だったのか?

女性は一言も発せずにベールを引き上げ、あごから外套を脱ぎ捨てた。ミルヴァートンと向き合ったのは、暗く、均整のとれた顔で、曲線を描いた鼻をもち、強く濃い眉毛と、その下にきらきらと輝く目と、まっすぐ伸びた薄い唇の口からは危険な微笑がのぞいていた。

「そうだ、私よ。」と彼女は言った。「あんたによって身を滅ぼされた女よ」。 ミルヴァートンは笑った。だが、その声は恐怖で震えていた。「お前は強情すぎたんだよ」、と彼は言った。「なぜお前は、あんなに極端な行動を私にとらせてしまったんだ?私はハエ一匹殺せない男なんだ。だが、だれでも商売ってもんがあるんだ。あのとき、私がどうしたらよかったんだね?私はお前の払える範囲で値段をつけたんだ。だが、お前は払おうとしなかった。」

「それで、あんたは私の夫に手紙を送りつけた、そして、この上ない高貴な紳士である私の夫、私がその靴ひもを結ぶにも値しないほどの高貴な夫は、雄々しい心をズタズタに傷つけられ、死んでしまったのよ。あsの最後の晩に、私があの扉から入って、あんたの慈悲を乞うたことを覚えているかい。そのときあんたは私の顔を見て笑ったわね。いま、あんたは私を笑おうと必死になっているけど、あんたの臆病な心のせいで、唇が震えてとまらないようね。そうよ、あんたは私がここに二度と顔を見せるとは想像もしなかったでしょうね。でもね、あの夜のことは、どうすればあんたがひとりだけのときに面と向かって会うことができるか教えてくれたのよ。さあ、チャールズ・ミルヴァートン、何か言いたいことはある?」

「俺を脅せるなどと思うなよ」、立ち上がりながら彼は言いました。「その気になれば、俺は大声をあげて召使いを呼ぶことができるんだ。そうすればお前を逮捕させることもできるんだ。だが、お前の当然の怒りを斟酌しよう。来たのと同じ通りに、この部屋を立ち去るんだ。そうすれば、これ以上何も言わないから。」

女性は手を胸に入れたまま立っていた。そして、薄い唇に不気味な薄笑いを浮かべていた。「お前が私を滅ぼしたように、お前の命はもうないと思え。お前は私の心をズタズタにしてくれたが、お前にはもはやズタズタにする心は残っていない。私はお前によって毒された世界を自由にしよう。これを食らえ、この犬畜生!これでどうだ!さあ、どうだ!

彼女は表面の光る拳銃を抜き、ミルヴァートンの前シャツのわずか2フィート以内の至近距離から、彼の体に次々弾丸を撃ち込んだ。彼は後ずさりし、それから机の上に前のめりに倒れ込み、苦しそうに咳き込みながら、つめで書類をひっかいた。

それから、彼は足をよろめかせ、さらに銃弾を受けると、床に転がった。「きさま、やってくれたな」と彼は叫び、動かなくなった。女性は彼をしっかりと見すえたあと、上を向いた顔をヒールで踏みつけた。彼女はもう一度見たが、なんの音も動きもなかった。私は鋭いきぬずれの音を聞いた。夜の空気が熱した部屋に入り込み、復讐者は去って行った。

女性が去ったあと、ホームズは素早く金庫を開け、そこに入っていた手紙類をすべて暖炉に放り込み、焼却しました。そして家の者が来ないうちに、ワトソンとともに、この家を後にしたのでした。

翌朝、レストレード警部がホームズ邸を訪問し、この事件に協力を要請したのに対し、ホームズはこれを丁重に断りました。これで、ロンドン一の悪党は、高貴な身分にあった被害者女性の復讐によって永遠に葬られたのでした。

(『恐喝王ミルヴァートン』 おわり)

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