- -1- 日本での報道 1997年3月29日(土)
- -2- アメリカのWEBニュースサイトはどう伝えたか? 1997年3月30日(日)
- -3- 原因の一端はヘール・ボップ彗星にまつわる流言にあった? 1997年4月1日(火)
- -4- インターネットに忍び寄るサイバーカルトの暗い影 1997年4月2日(火)
- -5- インターネット上でのリクルートに失敗したHeaven's Gate 1997年4月5日(土)
- -6- インターネット社会の受けた衝撃波 1997年4月6日(日)
- -7- UFOカルトの過去・現在未来 1997年4月17日(木)
- -8- UFOカルトを生む超常現象ブームと世紀末社会 1997年4月29日(火)
- -9- 予言のはずれるとき 1997年4月30日(水)
-1- 日本での報道 1997年3月29日(土)
■オウム真理教サリン事件以来もっともショッキングな事件
アメリカのサンディエゴで起きたカルト集団自殺事件は、1995年3月のオウム真理教サリン事件以来もっともショッキングな出来事だった。なぜそれほどショッキングかといえば、それは単にカルト集団による、きわめて異常な集合行動だったとぃうだけではなく、きわめて洗練されたインターネットWEBデザイン能力をもったグループが、インターネットを通じて仲間をリクルートし、かれらを道連れにして「宇宙への旅」と称する行為に及んだからである。サリン事件と同様に、将来的にも同じような事件の再発が大いに心配されるという点で、私たち自身決して無関心ではいられない重大な事件であるように、私には思われる。今回の事件は、インターネットの陰の部分(ダークサイド)を浮き彫りにする出来事だったのではないだろうか。事実、アメリカでもそのような認識が広がっており、CNN,MSNBC,USATODAYなどアメリカのインターネットニュースサイトは、この事件について昨日未明から大々的に報じている。この問題については、当分の間は、Web Diaryで事件の全貌を少しずつ解明していき、ある時期が来た段階で、独立したページに作り直すことも考えたいと思っている。
■日本での報道
事件発生当初、3月26日の段階では、サンディエゴの高級マンションで集団自殺らしい異常な出来事があったというニュースで、「事件の異常性」しか見えていなかったが、3月27日になると、この事件がヘール・ボップ彗星とインターネット、そしてラジオのトークショーというマスメディアにも深く関わっていることがわかると、アメリカのニュースサイトはいっせいにこれを大きく扱うようになり、これまでにない規模の「特集」の形で事件の取材と報道に取り組むようになった。その対応の素早さ、情報量の多さにはまさに驚かされる。日本における扱いの地味さとは対照的である。
日本では、ようやく3月28日(金)の夕刊で、朝日新聞と毎日新聞が社会面で事件について、やや大きく報道していた程度である。ここ数日間テレビはほとんど見ていないので、テレビニュースでの扱いは知らないが、いまのところほとんど取り上げていないのではないかと思われる。
アメリカでの報道の分析に入る前に日本の新聞での報道のされ方をみておこう。つぎに引用するのは、『毎日新聞』3月28日の夕刊記事である。
「ヘール・ボップとともに旅立つ」-インターネットに”遺書” 米の集団自殺
【ニューヨーク27日河野俊史】米カリフォルニア州サンディエゴ郊外のランチョ・サンタフェで26日発見された宗教カルトグループ39人の集団自殺事件で、このグループがインターネットに「遺書」のような声明を残していたことが27日分かった。声明は「ヘール・ボップ彗星とともに現れる宇宙船」とランデブーして「あの世」に旅立つという内容で、空想科学的色彩の強い同グループが彗星の接近に触発されて集団自殺を図った可能性が強くなった。
地元の報道などによると、グループは「ハイアー・ソース」という名でホームページのデザインなどを行うインターネットサービス会社を経営。自分たちも「天国の門」と名付けたホームページを持ち、教義を詳述していた。グループはこの中で、「ヘール・ボップ彗星の接近は、我々が待ち望んだ標識だ」と述べ「あの世」に旅立つ喜びを独自の教義で説いていた。
一方、警察当局は同日夕までに39人の死者のうち21人が女性、18人が男性だったと発表。全員男性とした前日の情報を訂正した。年齢も20歳から72歳まで幅広く、メンバーには黒人2人、ヒスパニック系の人々、カナダ人1人も含まれていた。集団自殺は3つのグループに分け、順番にアルコール(ウォッカ)と睡眠薬の服用で行われていた。いずれも死体の足下にスーツケースが置かれ「旅立ち」を示唆していた。
『朝日新聞』同日夕刊の報道もこれと近いが、次のような情報が付け加えられている。
同グループはインターネット上に自分たちのホームページを設けていた他、邸宅内にビデオテープを残し、自らの主張を説明していた。それによると、リーダーはティーとドウと呼ばれる2人。1970年代に宇宙から地球にやってきたと称し、ヘール・ボップ彗星とともに地球に接近する宇宙船に乗って「この世」を離れる、などと説明していた。(サンディエゴ27日=市村友一)
この2つの記事は、27日時点でのアメリカでの事件報道を手際よくまとめたものだが、この記事からは、事件の背景やその社会的意味の重大さが伝わって来ない。そこで、以下ではこの事件がインターネットに絡めてどのように深刻な社会的意味をもっているかという視角から、事件の全貌に迫りたいと思う。
おう一つ、けさ(3月29日)の『読売新聞』朝刊の関連記事を入手したので、それを簡単に紹介しておきたい。他紙より1日遅れた事件報道だが、第二社会面で事件の概要を伝えた上で、4面(国際面)で、米国内の反響や事件の背景にまで若干ふれた記事を掲載している。とくに他紙ではふれていない新しい情報部分を抜き出して、引用しておこう。
米の集団自殺 「新タイプ宗教」社会に波紋 創設者の遺体も発見
(ランチョ・サンタフェで 大塚隆一)
「サンディエゴのビバリーヒルズ」と呼ばれる高級住宅地ランチョ・サンタフェ。事件は丘陵地帯の牧草地に点在する南欧風の大邸宅の一つで起きた。
捜査当局が27日公表した事件現場のビデオ映像によると、廷内はきれいに片づけられ、全員が黒ずくめの服装で、ベッドに眠るように横たわっていた。死因は睡眠薬の大量服用とみられる。メンバーは3グループに分かれ、各人に配られた自殺の手引き書に従って、順々に服用していったらしい。「周到に計画され、整然と実行された集団自殺」(検死官)だった。
廷内には、教団が信者一人一人の別れのメッセージを録画したビデオも残されていたが、みんな陽気で幸せそうに見えたという。
教団が開設し、布教活動などに使っていたインターネットのホームページには、「ヘール・ボップ彗星の接近で『天国の門』は活動を終える」など、集団自殺をほのめかすメッセージがあった。自殺したメンバーの一人は「ヘール・ボップ彗星の陰に隠れて接近中のUFO(未確認飛行物体)に乗り込むため、肉体を抜け出さなければならない」という手紙を知人に送っていた。
「天国の門」は1975年、音楽の大学教授だったマーシャル・アップルホワイト氏が創設した。信者を増やしたのはこの数年とみられるが、今回の事件のカギを握るとみられる同氏も遺体で見つかっており、集団自殺の背景や教団の実態はなぞが残ったままだ。
米国のマスコミはこの事件をそろってトップニュースで報じ、様々な分析を試みようとしている。クリントン大統領も「動機を探ることが重要だ」と語った。
宗教団体に詳しいデビー・パイン氏は、貧しい人や社会的弱者に支えられてきた新興宗教の変質を指摘する。「教団メンバーは高等教育を受け、コンピューターを繰れる技術があった。最近の新興宗教団体は役に立つ人を集め、利用しようとする傾向が強まっている」
95年10月、スイスとカナダで「太陽寺院教団」の信者53人が集団自殺する事件が起きたが、大半は高額所得者や著名人だった。日本のオウム真理教の信者にも理工系の大学出者が多かった。共通する背景があるのだろうか。
世紀末との関連を指摘する見方もある。新興宗教の研究をしている団体「フリーマインズ」のマット・ワッター会長は「自殺した人たちは、現世への悲観というより、別世界への幻想が強かったようだ。UFOの存在を信じるような教団は世紀末タイプの新興宗教といえる。2000年が近づくにつれ、同様の教団はもっと増えていくのではないか」と指摘する。
後発の記事だけに、朝日、毎日の報道よりもはるかに詳しく、事件の背景についての情報もかなり多い。
-2- アメリカのWEBニュースサイトはどう伝えたか? 1997年3月30日(日)
■朝日新聞の続報
この事件に対する日本のメディアの報道はまだ地味で鈍いが、やっと事件の本質に目を向け始めているようだ。けさの『朝日新聞』朝刊3面で、はじめて「電脳カルト」ということばが使われるようになった。これは、アメリカのマスコミで連日のように報道されている"cyber cult"を日本語に直したものだが、あまり適切な訳とはいえない。やはりこれはそのまま「サイバーカルト」と翻訳するのが正しいだろう。私のこのページでも、「サイバーカルト」ということばを今後も使っていきたいと思う。おそらく、このことばが新語として日本でもこれから定着するだろう。
それはともかく、朝日新聞の記事を参考までにここで引用しておきたい。
電脳カルト、平均47歳 UFO信じ大型広告も 米の宗教グループ集団自殺
米カリフォルニア州の高級住宅地ランチョサンタフェ市で集団自殺した宗教グループ「ヘブンズ・ゲート(天国への門)」は、インターネットを布教の道具として活用する「電脳カルト」だった。教義は「ヘール・ボップ彗星とともに地球に接近する宇宙船に乗り込み、別世界で再生する」。平均年齢が47歳に達する39人もの大人たちが、そんなSF映画の筋書きのような教えを信じて命を絶ったことに、米国社会は大きな衝撃を受けている。(ランチョサンタフェ=市村友一)
◇ハイテク
ヘブンズ・ゲートのホームページに接続すると、色鮮やかな宇宙空間を背景に、「ヘブンズ」と「ゲート」の文字を、天国の扉のかぎ穴のように組み合わせた画面が現れる。別のページには、大きな目を持つツルツル頭の宇宙人も登場する。
「人類を超えた神の国は定期的にメンバーを人間界に送り込んでいる」「ヘール・ボップ彗星の接近は、人類を超えたレベルから宇宙船が到来し、われわれを彼らの世界につれていくことを示す道標である」
これとは別に、リーダーのマーシャル・アップルホワイト氏(66)の体が何重にも重なって見えるよう特殊な方法で撮影し、神秘性を醸し出した布教用のビデオも作られていた。
グループは、ランチョサンタフェ周辺の中小企業などからホームページの作製を請け負うことで資金を稼いでいたので、こうしたハイテク布教はお手のものだったのだろう。
もっとも、自殺した信者の多くは何年も前から失踪し、アップルホワイト氏と行動をともにしてきた人たちだった。インターネットが新しい信者の獲得に効果を上げたかどうかは不明だ。かえって、事件が報道された後に接続が殺到。回線がパンクする皮肉な事態になった。◇軌跡
大学の音楽教師をしていたアップルホワイト氏は1970年代初め心臓病で入院した際に知り合った看護婦ネトルスさん(故人)に触発され、二人でヘブンズ・ゲートにつながる宗教グループを創設。妻と子どもを捨てて、二人は放浪生活に入った。
宇宙船が予言通りに現れず、信者が脱落した時期もあり、80年代はほとんど沈黙していたが、90年代に入って布教を再開。93年には全国紙USAトゥデイに「UFOカルト、再び浮上す」という大型の広告を掲載していた。
米テンプル大学の歴史学教授で、UFO信仰に詳しいデビッド・ジェイコブさんは「アップルホワイト氏は70年代から一貫して『神の超越性』を話題にし常に死を意識していた」と振り返る。
ただ、宗教グループの中でヘブンズ・ゲートが特殊なわけではない。94年以降、欧州などで集団自殺を繰り返している「太陽寺院教団」も今月22日、再びカナダで5人が命を絶った。
世界中に約2万といわれる宗教カルトは、それぞれ教義は違うが、類似点も少なくない。極めて強い権威を持つリーダーの下に、知的で専門的な仕事に就いている信者が集まっている構図は、今回のグループにもオウム真理教についても共通している点だ」。カナダの宗教研究団体インフォカルトのマイク・クロップベルドさんは、そう指摘した。
この朝日新聞の記事は、あきらかに前日の『読売新聞』を意識したものだろう。これまでの日本のマスコミでは報道されていなかった、教祖アップルホワイトの素顔と、ハイテクを駆使した「サイバーカルト」としてのヘブンズ・ゲートの特異な性格に焦点を当てたものとなっている。
日本のメディア報道については、このあたりで終わりにしておき、次に地元のアメリカでのメディア報道を紹介しよう。
■対応の早かったアメリカのWEBニュースサイト
今回の集団自殺事件に対して、アメリカのWEBサイトニュースの対応の迅速さには、目を見はるものがあった。これはそのまま、事件に対して米国社会の受けた衝撃の大きさを物語っている。主要なWEBニュースサイトでは、事件直後から特集ページを組んで、大々的な報道を続けている。次に、主立ったニュースサイトの特集ページをリストアップしておこう。それぞれにリンクをつけている。リストの順位は、私自身の評価で、内容的にもっともすぐれていると思われるものから順に並べている。
◇MSNBC: CULT Suicide FrontPage
- The Cult, the Comet, and the Web: From Rancho Santa Fe to Heaven's Gate.
- Tragedy begins and ends on the Net: Mass suicide highlights Internet themes
- Cults a growing presence on the Net: Newsgroups, chats considered ripefor recruiting
- Suicide servers hit the next level: Serious sites and spoofs attract scadsof Net surfers
- From music teacher to cult leader: A near-death experience changed Applewhite'slife
◇TIME Pathfinder: Heaven's Gate Suicides
- Breaking News on TIME, NNN, and PEOPLE.
- TIME: Special Report: Heaven's Gate April 7, 1997 VOL.149 No.14
- Specials: Heaven'sGateのホームページのミラーを提供
- Interact: 投書欄のページ
- Multimedia: 現場の写真など
- Background: Pathfinder's Original Report
- Links: Heaven's Gate の制作したホームページへのリンク
◇Washington Post: Special Report
- From Houston to Hale-Bopp: The Birth and Death of a Cult
- 'Heaven's Gate' Documents(検索エンジンつき)
- Group Awaited Spacecraft Behind Comet
◇New York Times (Cyber Times): Death in a Cult 有料ニュースサイト
- Suicide cult may have been inspired by rumor
- Internet angle forces media to get plugged in
- Interest in cult causes Internet traffic jams
◇WIRED News (Culture) :Mass Suicide関連ニュース多数
◇CNN Interactive: Mass Suicide Expanded Page
◇Chicago Tribune:Between Editions
◇SanJose Mercury News: Mass suicide in Rancho Sante Fe
◇AudioNet: California Mass Suicide: 事件関係のラジオニュース、トーク番組が聞ける
◇Art Bell - Heaven's Gate Suicide: 流言の発生源?:ラジオトークショーのWEBサイト
◇Yahoo! Internet Life - Heaven's Gate Suicide, March 28:ベスト関連サイト集(必見!)
◇Yahoo ! Mass Suicide in San Diego: もっとも包括的な関連サイトリンク集
◇disinformation: Suicide Special Report: Alternativeな関連WEBサイトへのリンクが充実している
◇SignOn San Diego: 地元紙のWEBニュースサイト
-3- 原因の一端はヘール・ボップ彗星にまつわる流言にあった? 1997年4月1日(火)
それでは次に、アメリカのWEBニュースサイトから、今回の集団自殺に関して興味深い記事を要約的に紹介することにしたい。あまりこの問題だけに関わっているわけにはいかないので、私がとくに関心を引きつけられたテーマから順に、1日あたり1記事を中心に紹介していきたいと思う。とりあえず、全体的な系統性には欠けていることを、あらかじめお断りしておきたい。本日のテーマは流言です。
■カルト集団自殺の原因は流言と関連があった?
(Suicide cult may have been inspired by rumor) USA TODAY 03/27/97 より
UFOがヘール・ボップ彗星を追尾しているという「天国の門」(Heaven's Gate)カルトの信念は、インターネットと深夜のラジオトーク番組を通じて広がった流言からヒントを得たのかもしれない。
1996年11月、ヒューストン在住のアマチュア天体観測家Chuck Shramekが、Art Bellの"Coast to Coast"というラジオのトーク番組に電話をかけ、驚くべきニュースを告げた。それは、彼が11月14日に撮影した写真には、ヘール・ボップ彗星の背後に、不思議な「土星に似た物体」(Saturnlike object)が写っているというのだ。彼は、その物体のサイズがおよそ地球の4倍くらいにもなるという推測を語った。
その後、いろいろな天体観測者たちは、Shramekの見たものが実際には望遠鏡のレンズの歪みによるものだったということを明らかにした。
しかし、ヘール・ボップ彗星の随伴物体に関する流言はその後何週間にもわたって続き、インターネット上での激しい論争を引き起こし、またArt Bellのトーク番組でも引き続き話題として取り上げられた。Art Bellのトークラジオ番組は、全米の300局で放送されているが、この番組は、「宇宙人の陰謀説」やその他の超常現象、心霊説などの「はけ口」となっている。
Shramekがトークショーに電話をかけたとき、彼は4日前に自分が撮った彗星の写真には、土星のような光輪を伴った輝く物体が写っていた、と語った。彼がそれをコンピュータの星座計測プログラムでチェックしたところ、その場所には星は存在していなかったという。
次の晩、アトランタにある「遠視術研究所」(Farsight Institute)の所長であるCourtney Brownがベルのショーのゲストに招かれた。彼は、研究所顧問である3人の心霊研究者たちが彗星を追尾する物体を探知し、それが宇宙人(aliens)でいっぱいの金属製の物体であることを突き止めた、と主張した。
Shramekと同じコンピュータプログラムを使って、Sipeら科学的な天体観測者たちは、問題の物体がSAO 141894という、やや暗い星であることを突き止めた。彼らによれば、Shramekはコンピュータのプログラムの仕方を誤ったために、その星を見つけることができなかったのだ、しかも悪いことに彼の望遠鏡が星の像をゆがめてしまったのだ、と語った。
Shramekが意図的にゆがんだ撮影写真についての情報を流したのか、単なるジョークとして語ったのかは、いまだに不明である。事件後、メディアからの電子メール取材に対し、Shramekは沈黙を守ったままである。
しかし、彼の撮った写真から流言が広がり、それがカルトの終末的世界観と結びついて、サンディエゴでの集団自殺事件という悲劇に至った可能性は否定できない。【注】
- Chuck Shramekは、ヒューストン在住のローカルラジオキャスターで、アマチュアの天体観測家である。彗星の第一発見者Alan Haleの下す評価によれば、Shramekのホームページをみると、Shramekは単なる天体観測家というより、「宇宙人の陰謀説」に共感を示す、似非科学的な傾向をもった人物のようだという。(Alan Hale, "Hale-Bopp Comet Madness",in Sceptical Inquirer,March-April, 1997)。Shramekのホームページには、彼の撮った「不思議な土星に似た随伴物体」の写真が飾られている。また、事件後、メディアからの電子メール取材をいっさい拒否する旨のメッセージが載せられている。
- Art Bellは、アメリカの300にのぼるラジオ局で毎週日曜日の夜に放送されているトークショー番組"From Coast to Coast"の人気ホストである。1996年11月14の夜、Shramekは、Art Bellの番組に電話で出演し、その日に撮影したばかりの謎の彗星随伴物体について語った(前記Haleの記述による)。Haleによれば、このトークショー番組は、「安っぽい週刊誌のようなラジオ番組」(tabloid radio)だという。「宇宙人の陰謀説」「UFO現象」「X-File」などがしばしば話題として取り上げられる。Art Bellのホームページには、宇宙人のイメージやら、Real Life X-Fileなどのおどろおどろしいことばが並び、少々薄気味悪いが、過去のラジオ番組の記録、事件関連のリンクなども充実させており、この事件をむしろ人気拡大に利用しようという意図もみえる。
Art Bellの番組は、AudioNetのホームページで、Real Audio Playerを使って聞くことができる。また、最近のラジオ番組のアーカイブも音声で提供されているが、問題の1996年11月放送分については、裁判対策からか削除されている。また、Art Bellのホームページにおいても、問題の11月14日夜の詳しい放送記録は公開されていない。- アトランタにある「遠視術研究所」(Farsight Institute)がいったいどのようなものか知りたい方は、そのホームページを訪問されることをおすすめする。とはいっても、訳の分からない似非科学的超常心理学的内容であることをあらかじめお断りしておく。
-4- インターネットに忍び寄るサイバーカルトの暗い影 1997年4月2日(火)
サイバーカルト集団自殺は、悲劇的な出来事ではあったが、オウム真理教サリン事件とは違って、それ自体が重大な犯罪行為だというわけではない。しかし、荒唐無稽の妄想的宗教信念で人々を惑わし、マインドコントロールによって洗脳し、社会から背を向けて孤立し、家族を悲嘆に暮れさせるという点では、オウム真理教やその他のカルト教団と共通の問題を提起している。それだけではなく、彼らの布教、洗脳の手段が、だれにでも開かれているインターネットにまで及び始めているという点で、じゅうぶんに警戒しなければならないと考えられる。オウム真理教も、検挙前にはWEBサイトをつくっていたようだし、同じような事件が今後日本でも起こらないと言う保証はない。
そこで今回は、「インターネットに忍び寄るサイバーカルトの恐怖」と題して、これに関連するWEBニュース記事を、注釈付きで紹介することにしたい。
■カルト、彗星、そしてWeb--Rancho Santa Fe からHeaven's Gateへ
("The Cult, the Comet, and the Web: From Rancho Santa Fe to Heaven's Gate")
Heaven's Gateの集団自殺事件は、まぎれもなく、インターネットにおける最初のミステリーとなるだろう。UFO/コンピュータカルトが「自分たちの容器(肉体のこと)から脱け出した」とき、彼らは自分たちのしていた仕事、自殺、ヘール・ボップ彗星彗星との関わりなどについてインターネット上に多くの貴重な手がかりを残して行った。
集団自殺したグループは、Heaven's Gateという名前の少々気味の悪い、終末論的色彩を帯びたWebサイトをつくっていた。Heaven's Gateサイトのフロントページ(図1)によれば、ヘール・ボップ彗星は「人間よりも進化レベルの高いところ(the King of Heaven)」からの異星人の到着が間近に迫っていることを予告するものだと主張している。UFOは彗星と同じ航跡をたどっているのだとしている。
図1 Heaven's Gateホームページ(www.heavensgate.com)の一部 【注】 Heaven's Gateホームページは、現在世界中からアクセスが殺到しており、これにかわるミラーサイトが多数つくられている。次のミラーサイトのいずれかをクリックすることにより、彼らの「薄気味悪い」ホームページをのぞき見ることができる。くれぐれもマインドコントロールされないよう、ご注意を!
いまや、彼らのホームページは、皮肉にも史上空前のアクセス数を獲得したといってもよいだろう。Heaven's Gateの主張によれば、近々宇宙船が「われわれ」を「天国」に連れ戻すためにやって来ることになっているという。この昇天は、人間のレベルを「卒業」し、より高い魂の進化レベルへと上昇することを意味しているという。そして、「われわれはティ(Ti)のクルーとともに、この世を去ることも心待ちにしている」とも述べている。
グループのリーダー(アップルホワイトのことの言によれば、かれとかれのパートナー("Do"ドゥと"Ti"ティ)は実際には天国(Kingdom of Heaven)から来た性のない異星人(下の写真を参照!)であり、いまは人間の肉体を身にまとっているだけなのだという。かれら2人および「弟子のクルーたち」は、意図的なUFOの墜落により地球に到着した。そして、1970年代の初め、2人のリーダーは中年の男女の姿をとって人間になった。人間になる以前のかれらは、下の写真に示すような外見をしていたのだそうだ(気味が悪い!! それとも可愛い?)。
図2 人間になる以前のHeaven's Gateのリーダーの姿?
このホームページの中で、Heaven's Gateは、自分たちが「最悪の場合には集団自殺する用意ができている」ことを、はっきりと予告的に述べている。タイトルは「自殺に反対するわれわれの立場」(Our Position Against Suicide)となってはいるものの、実際にはそれは自殺を肯定する内容のものだった。Heaven's Gateはホームページの中で、読者に対し、Heaven's Gateについて学ぶことをすすめ、「あなたは私たちとともに地球を離れるためのボーディングパスを手に入れることもできる」として、やんわりとリクルートの意志表示をしている。また、Heaven's Gateのメンバーたちは、インターネットの各種チャットルーム(やUsenetのニュースグループ)にしばしば出入りしていたことも、調査によって明らかになっている。
しかし、集団自殺したグループは、単なるUFOカルトではなかった。彼らはコンピュータ起業家という別の顔も持っていたのである。彼らはRancho Santa Feのマンションに、Higher Sourceという名前のホームページ制作デザイン会社を運営していたのである(図3を参照)。
図3 Heaven's Gate運営のWebデザイン会社 Higher Sourceのホームページの一部 いまとなって見ると、Higher SourceのWebサイトに何かしら不吉なものを感じ取ることが容易にできたはずだ。それはHeaven's Gateのホームページと同じような、彗星を配した幻想的な天体のイメージでつくられていた。このホームページでは、Higher Sourceは「クルーの精神をもった努力」を自らPRし、「われわれのグループの中心的メンバーは20年以上の間、緊密に協力して仕事をしてきた」と述べている。これは、Heaven's Gateが1975年に誕生したことと符合している。
しかし、Higher Sourceのデザイナーたちの仕事の内容は、他のWebデザイナーとなんら変わるところはなかった。彼らは、Java、C++、Visual Basicを使ってプログラミングをし、Shockwave、QuickTime、AVIなどを活用した。また、顧客もごくふつうの企業や団体であり、特異なものではなかった。たとえば、次のようなサイトは彼らのデザインしたものだった。
- San Diego Polo Club
- Pre-Madonnna
- A topiary company
- fancy Britich car parts
- Keep the Faith(クリスマス音楽を販売)
これらのホームページには、とくにカルト的においはまったく感じられない。ただし、どれもごく陳腐で月並みなデザインだった。
Heaven's Gateのメンバーたちは、単にホームページ上で自分たちの立場をPRしていただけではなかった。上の記事にもふれられているように、インターネット上のチャットルームや特定のニュースグループに出没しては、新メンバーのリクルート活動を行っていた形跡がある。この点についての調査レポートをあす以降、あらためて紹介することにしたい。
それにしても、この記事を読んでいると、Heaven's Gateがかつてのオウム真理教に実によく似ていることに慄然とする。もしオウム真理教がいまだに野放しになっていたとしたら、かれらもまた、インターネットで洗練されたホームページをつくり、ハイテクな技術を駆使して、インターネット上でリクルート、洗脳を試みていたのではないのだろうか?
いや、オウム真理教だけではない。他のカルト集団が、すでにハイテク技術を学んで、サイバーカルトへと脱皮をはかっているかもしれないのである。
-5- インターネット上でのリクルートに失敗したHeaven's Gate 1997年4月5日(土)
Heaven's Gateの制作したホームページは、自分たちの宗教的信念の表明の場であると同時に、インターネットユーザーに対する宣伝、リクルートの場でもあったと思われる。それがどの程度の効果をもったのかは、必ずしも明らかではないが、かれらのホームページを見たことがきっかけで、Heaven's Gateに参加し、集団自殺したケースが少なくとも1つあったことが判明している。
Heaven's Gateがインターネット上で繰り広げた宣伝、リクルート活動は、ホームページだけにとどまらなかった。Usenetと呼ばれるニュースグループやIRCなどのチャットルームがリクルートの場として頻繁に利用されたことが、事件後の調査で明らかになっている。
パンフレットや、雑誌、出版物など従来の紙媒体による布教活動に比べて、インターネットは安価で大量の不特定多数の人びとにアクセスできるという点で、宗教活動にとっては絶好のメディアである。近年、アメリカでも日本でも、各種の宗教カルトがインターネット上にホームページを開設し、またニュースグループなどを足場にリクルート活動を展開するようになっている。
こうしたトレンドを含めて、インターネット上でのHeaven's Gateのリクルート活動が実際にどのように行われたのか、それが実際にどの程度の成功をおさめたのか、今後の動向はどうか、それに対する対抗手段はあるのか、といった点に関するニュース記事を紹介し、若干の解説を加えておきたいと思う。
■インターネット上で成長を続けるカルト
Cults a growing presence on the Net by Mike Brunker MSNBC03/29/97
コンピュータやインターネットは宗教団体やカルト集団によってリクルートの手段としてますます多く活用されるようになている。ときには、Heaven's Gateのように、ビジネス活動として収入をもたらすと同時に、同じ使命をもつフォロワーたちをつなぎとめる手段としても活用されている。
かつてのカルト集団メンバーで、これまで20年以上にわたって、騙しやマインドコントロールするカルト集団と戦ってきたDavid Clark氏によれば、「コンピュータコミュニケーションを使ったカルトの活動は、きわめて重要なビジネスになっている」という。「インターネット上では、あらゆる法律的な利点を享受することができる。それによって、若者たちに破壊的な影響力を及ぼすことができる」というのだ。
「新しいメンバーをリクルートしたり、おめでたいフォロワーたちに表彰状を送ったりするためにインターネットを活用するカルトがどの程度の数にのぼるか、正確な数字はわからないが、カルトやそのメンバーによるインターネット上での活動は確実に増加を続けている」、International Cult Awaress Projectのためにインターネット上のカルトを追跡調査しているPatrick Ryanは、こう述べている。
彼は続けてこう言う。「われわれはインターネットをリクルート活動の第一段階だとみている。つまり、そこで人びとの注意を引きつけ、かれらが何者であるかということを印象づけるのだ」。
「おそらくインターネット上でカルトがもっとも頻繁に登場するのは、各種のニュースグループやチャットルームだろう。そこでリクルーターたちは絶えず改心者たちを探しまわっているのだ」。こう語るのは、オハイオ州アルバニー市のWellspring Retreat and Resource Centerの医療診断士&カウンセラーで、カルトメンバーからの離脱を含む「慢性的トラウマの犠牲者」に治療を行っているRon Burks氏である。氏によれば、「alt.religion.scientologyやalt.religion.cultsなどのニュースグループやチャットルームは、無秩序でわけのわからない世界だ。好奇心に満ちた人びとがそこにたむろし、カルト集団のメンバーたちが潜んでいて、機会をねらってプライベートな(e-mailなどによる)会話に誘い出そうとしている。
Ryanはときどきカルト集団のリクルーターたちの最新の手口を調べるために、偽のメールアドレスを使うことがあるという。「私の仕事は、人びとをカルト集団から救い出すことです。そのためには、彼らが何を信じているかを見つけだす必要があるのです。カルト集団を引っかけるのは、いともたやすいことだ、と彼はいう。「ある特定のニュースグループに入って『ここには否定的な発言ばかりがやたら多いなあ』(There's so much negativity here)といった発言を投稿するだけで、『おお、それなら否定的な発言から逃れるプライベートな場所がありますよ』という返事がすぐに返ってきます。」
「彼らは続いてこう勧誘してきます。『われわれはこんどの週末にセミナーを計画しています。あなたのお住まいの近くで会合を計画しているところです。よろしかったらいかがですか?』といった具合です」。かれらのインターネット活用術は、まずニュースグループなどで相手を最初の関心レベルに置き、次にその人物がカルトのニーズに適合するかどうかにもとづいて、選択のふるいにかけるのだ。
Heaven's Gateは、かれらの途方もないハイテクカルトに改宗する新参者を求めて、ニュースグループやチャットルームを利用した。あるチャットルームの投稿コーナーで、CandleShotというハンドルネームを使ったHeaven's Gateのメンバーは、ミシガン州に住む18歳の少年とコンピュータに関する会話をしたが、それと分からないように、徐々にカルトに勧誘する方向へ会話をもっていった。そしてこの少年の電話番号を聞き出そうとしたが、結局失敗に終わった。
ケースとしてはそれほど多くはないが、コンピュータ関連活動を足場としてカルト集団を構築するというアイディアもあらわれている。Heaven's Gateはその好例だが、地下鉄サリン事件を引き起こしたオウム真理教もまた、コンピュータを販売して活動資金を調達していた。また、資本主義と仏教をミックスしたようなカルト Zen Master Rama の主催者である Frederick Lenzは、信者たちのコンピュータプログラミングの腕前のおかげで億万長者になったのである。
Yahoo!&Internet Lifeの調査によれば、Heaven's Gateは宗教、自殺、その他彼らの宗教的信念に関連する25ものUsenetNewsgroupに出没して、勧誘活動を展開していた。
しかし、かれらは確かにニュースグループで投稿する方法は知っていたものの、インターネット文化にはあまり習熟していなかったようである。まったく同じ内容の長々としてメッセージを同時に複数のニュースグループに投稿するという、ルール違反の"spamming"(迷惑投稿)を行い、インターネットユーザーたちのひんしゅくを買っていたのである。しかも、その投稿文は、自分は人間より高いレベルから地球に来たメシアだと名乗り、ユダヤ人とキリスト教徒を中傷誹謗する内容のものだった。当然、こうしたメッセージはニュースグループメンバーの反発と失笑を買うだけの結果に終わったようである。くわしいメッセージ内容とそれに対するニュースグループの反応は、ここをクリックしてごらんいただきたい(Yahoo! & Internet Life, "Spreading the gospel of Heaven's Gateoverthe netより)。
このようなHeaven's Gateにとっては思いもかけないネガティブな反響は、Heaven's Gateのメンバーたちを失望させ、それが集団自殺へと走る一つのきっかけを与えることになったようである。彼らのホームページには、「敵意と嘲りに満ちた反応は、われわれにとって、(地球を去って、故郷の星へ)帰還する準備を始めよとの合図だった」と記されていたという(E.Wasserman, "Clan touted mission,recruited on INernet", SanjoseMercury News, 3/27/97)。オウム真理教のケースでも、似たような経緯があったのではないかと思われる。オウム真理教の信者たちは、富士山の裾のや東京都内などで迷惑行為を繰り返し、近隣の住民から激しい反発を受け、孤立化を深めていたが、それが彼らをサリン事件や弁護士誘拐事件などの極端な反社会的犯罪行為へと走らせる結果になった可能性を否定できないのである。
-6- インターネット社会の受けた衝撃波 1997年4月6日(日)
Heaven's Gate集団自殺事件をきっかけに、既存のメディアとの比較で、インターネットの危うさ、とくにナイーブな青少年に及ぼす悪影響を懸念する報道、論調が相次ぐ一方で、こうしたメディアの一方的批判に対するインターネット社会からの反発も起こっている。ここでは、この2つの相反する見解を紹介することにしたい。最初に紹介するのは、事件直後にCNN INteractive のSCI=TECH story pageに掲載された記事で、「インターネットユーザーはナイーブで騙されやすいので注意が必要」だというものである。二つ目に紹介するのは、そうした見方への反発として登場したパロディホームページなどを紹介した、Washington Postの記事である。
■カルトにとって神であり宣伝手段でもあるインターネット
"The Internet as a god and propaganda tool for cults", by Greg Lefevre.
CNN Interactive Sci-Tech story page: 03/07/97
インターネット評論家のErik Davisによれば、インターネットは、本来無限で空気のようなものであり、それ自体がほとんど神に似た性格をもっているという。「多くの点で、われわれは”一種の機械仕掛けの神"を創り出しているといってよい。この神はわれわれの生活のますます多くの部分に浸透し、取り込みつつある巨大な機械なのだ。」
しかし、この空気のような無限の空間が、カルトにとって新しい開拓の場となっているのではないか、と多くの専門家が心配している。その神のような外見は、人を騙しやすく、とくにしばしばナイーブなインターネットユーザーにとっては危険である。
心理学専門のMargaret Singer教授は、「Web上のカルトリクルーターに対してサーファーたちは警戒すべきだ。彼らはわなにはめられたり、騙されやすい。また、他人を信じやすい性格をしている」という。
評論家のDavisも、いわゆる「テクノパガン」(Techno-Pagan:インターネット上で見聞きすることがらにあまりにも大きな力を付与するような人びと)」に対する警戒を呼びかけている。「インターネットはある意味では究極のテクノロジーだ。同時に、それは肉体からの離脱と自由の感覚を復活させ、一種のバーチャルなファンタジーランドへの浮遊感覚をもたらす危険がある」というのだ。
Davisによれば、コンピュータに多くの時間を費やしている人びとは、インターネット上でカルトの罠にはまる危険性が大きいという。「コンピュータの周辺で多くの時間を費やし、ディスプレイ上で起こる出来事の比重が生活の中でますます多くなるにつれて、社会性を失わせるような悪影響が生じやすくなる。現実の世界、社会、文化との直接的接触が失われてしまうのだ。」
カリフォルニア大学バークリー校のSinger教授(心理学)によれば、カルト参加者にはしばしば「世間慣れ」(street smarts))していない若者が多い。コンピュータに熱中する大学生や若いビジネスマンにとって、唯一の友人は、しばしばコンピュータ上で知り合った人びとだ。彼らは人を信じやすく、自分で読んだものを本当のことと思ってしまう傾向が強く、性格的に人の影響を受けやすい」と彼女はいう。
サンフランシスコのオンライン雑誌Hotwired上で数多くの宗教やカルト関連のWebサイトをモニターしているSteve Silbermanによると、多くのカルト集団はコンピュータに精通した信者を探し求めているという。なぜなら、彼らはカルトのまわりにコテージ産業を作り上げることができ、それによってカルトは自給自足体制をつくることができるからだ。たとえば、Heaven's Gateのグループは、一般企業のためのWebホームページをデザインすることによって、収入を得ていたのだ。
事件直後のメディア報道には、こうした「インターネット」の危険な側面を強調し、インターネット世界の住民を「騙されやすく、影響を受けやすい」と定義づける論調が目立った。
しかし、こうしたテクノ恐怖症的な過剰反応に対しては、当然ながら反発と批判も起こってくる。事件の起こったサンディエゴ市に住むあるコンピュータ専門家が、さっそくHeaven's Gateのパロディ版ホームページを立ち上げ、その中で事件に関するメディアの報道を痛烈に批判したのは、その一例である。このパロディページの紹介を含めて、メディアの過剰報道への批判を伝える記事を一つ紹介しておきたい。
■カルト報道がオンライン住人の神経を逆なで
"Characterization of Cult Strikes an Online Nerve",
by John Scwartz Washington Post 03/29/97
インターネット上で、Heaven's Gate自殺事件のニュースは、電子のようなスピードで広がった。39名のカルトメンバーの死体が発見されてからわずか1時間後には、インターネットに精通する人びとが、検索ソフトウェアを駆使して、Heaven's Gateのホームページと、Heaven's Gateの運営するWebデザイン会社の得意先リストまで突き止めていた。
それと同時に、ニュースメディアがHeaven's Gateを「コンピュータカルト」(computer cult)と呼ぶこと対して、インターネットユーザーからは不満の声も強く聞かれるようになった。こうした不満や怨念は、事件ニュースのわずか10時間後にパロディ版ホームページが公開されたことにも現れている。このパロディ版ホームページは、URLがwww.highersource.orgとなっている(図1)。これは、Heaven's Gateの運営するビジネス版ホームページwww.highersource.comをもじったものである。
図1 Heaven's Gateのホームページのパロディサイト(www.highsource.org)トップ画面 このパロディサイトは、単に悲劇的な事件に焦点を当てるだけが目的ではなく、その真の目的は、「反インターネット」的なマスメディアの論調を鋭く批判することにあった。このサイトを立ち上げたサンディエゴ在住のMike Emkeは、ホームページの中の「論評」ページにおいて、次のように語っている。「私はテレビニュースの連中がインターネットについて話していることが気にくわないんだ。CNNの「専門家」とl称する奴が、"カルト集団はしばしばインターネットで勧誘活動をするが、その理由は、技術系の人たちは、ふつうよりも騙されやすく、人を信じやすいからだ”と言っていた。そんな話は信用できない」 このパロディサイトに登場する別のコメンテーターは、Higher SourceをつくったHeaven's Gateの連中は、決していわれるような"Webmaster"(ホームページづくりの達人)などではなく、その技術はかなり低いレベルだったという見解を述べている。それによると、Heaven's Gateのグループは、月並みなHTMLを使ったホームページをつくるのがせいぜいだったのではないか、というのだ。
Emkeによれば、インターネットユーザーについてのメディア報道の大部分は、いつでも一方的でネガティブなものだという。「われわれは薄汚れたライトのもとで描写されている。今回はカルト呼ばわりされたが、いつもはわれわれみんなが小児ポルノ愛好者扱いされている」とEmkeはインタビューで語っている。
Emkeは、カリフォルニアの大企業でコンピュータシステムのメンテナンスに従事しているが、水曜日の夜、集団自殺事件のテレビニュース第一報を見た直後からパロディサイトの制作を開始し、翌朝まで10時間かかって不眠不休で作業を続けた。彼は、パロディサイトの制作にあたって、インターネットのチャットルーム(Internet Relay Chat)でたまたま知り合った他のWebづくりの達人たち(Webmasters)の協力を得た。その結果、木曜日の夜にはパロディパージを正式に立ち上げることができた。彼のつくったパロディページには、多数のアクセスが殺到し、あっという間に200,000以上のヒット数を記録するに至ったという。
なお、くわしい紹介は省くが、今回のテーマに関連したWeb上のニュース記事には、次のようなものがある。興味のある方はクリックして参照していただきたい。
- Amid Media Frenzy Over Cult, Developers Launch Parody Site (New York Times)
- From Porn to Cults, The Net Looks Nasty (New York Times)
- Comets Spawn Fear, Fascination and Web Sites (New York Times)
- Internet Quickly Blends News, Rumors and Bunk (New York Times)
- Online journalism fights 'wacko factor': Do bizarre stories on the Netaffect perceptions of legitimate news source ? (MSNBC)
- Spiritual Spammers: Leading Cult Experts Ponder The Net's Role IN The Heaven'sGate Tragedy (Yahoo!Internet Life)
- Cult reports prey on Net fears (C|NET : The Net)
- Cult parody strikes back (C|NET: The Net)
-7- UFOカルトの過去・現在未来 1997年4月17日(木)
■UFOカルトの起源
Applewhiteを教祖とするHeaven's Gateは、典型的なUFOカルトだった。
UFOカルトの起源は、1940年代に溯ることができる。UFOがはじめて大きな注目を集めたのは、1947年1月24日のことである。アメリカのワシントン州で、Kenneth Arnoldが飛行機を操縦中に、目の前を9機の銀色に輝く円盤が横切るのを目撃した、と主張し、話題になった。それ以来、「未確認飛行物体」(UFO)ということばが使われるようになったようである。ただし、Arnold自身は、カルトをつくったわけではなかった。
UFOカルトの成立は、1950年代始めのアダムスキー(George Adamski)によるUFO搭乗者との遭遇に求めることができる。George Adamskiの主張するところによれば、1952年11月20日、カリフォルニアの砂漠地帯で、UFOに搭乗する異星人(金星から来たOrthonという名前のエイリアン)と遭遇し、会話を交わしたという。これをきっかけに、Adamskiはカルト運動を起こした。その後、UFOを目撃したりUFO搭乗の異星人とコンタクトをとる人が次々と現れ、さまざまなUFOカルトが形成されていった。
こうしたUFO目撃、異星人とのコンタクトなどが報じられた結果、1947年にUFOを研究するための政府レベルの調査プロジェクトがスタートした。当時のUFOカルト創設者たちは、こうした政府の調査プロジェクトがUFOの活動を隠蔽するための工作だとして、不信感を募らせた。ここから、「陰謀説」(conspiracy theory)が生まれた。
UFOカルトには、共通の信念がみられる。第一に、かれらは「空飛ぶ円盤」(flying soucers)あるいは未確認飛行物体(Unidentified Flying Objects:UFO)の存在を信じている。第二に、かれらは異星人が地球に来る、来たことがある、すでに地球人に混じって住んでいる、あるいは、これからやって来る、という信念をもっている。UFOカルトによれば、異星人の目的は、地球の破滅を警告する、人間により高次の文明を伝える、あるいは地球を侵略し支配すること、などにあるとされている。UFOカルトはまた、しばしば聖書などをUFO存在、来訪の根拠にあげている。たとえば、聖書に出てくる「天使」(angels)は実は異星人のことなのだとか、旧約聖書にUFOに関する記述があるだとか主張する。UFOや異星人とのコンタクトは、しばしばトランス状態のもとで起こると考えられている。いわゆるチャネリングは、異星人とのコンタクトそのものだと解釈されることもある。その意味で、UFOカルトは、スピリチュアリズムに近いといえる。
インターネットには、UFO、異星人(Aliens)、陰謀説などに関連したホームページが多数つくられている。たとえば、「国際UFO学会」(International Society for UFO Research)のホームページというのがある。このホームページは、UFOに関連するインターネット上の情報資源が実に豊富に提供されており、情報の真偽はともかく、探索のスタート地点としては最適なサイトといえるだろう。UFOについて詳しく知りたい方は、ここをのぞいていただきたい。データベースも充実しており、「ここまでやるとは!」と半ばあきれてしまうほどである。
■UFOカルトHeaven's Gateの歩んだ道
今回集団自殺事件を起こしたUFOカルト、Heaven's Gateは、いつ頃成立し、どのような活動をしてきたのだろうか。その過去をたどってみると、実に20年以上に及ぶ数奇な歴史が浮かび上がってくる。
◇ApplewhiteとNettlesの出会い
Heaven's Gateのリーダーは、Marshall H,. Applewhiteという66歳の元音楽教授だった。ApplewhiteのUFOカルト人生は、1970年代はじめにまでさか上る。彼は大学で音楽教授をしていたが、ホモセクシュアル(同性愛)の性癖で悩み1970年には「情緒性の健康問題」で大学を退職した。1971年、病院で治療を受けていたときに、そこで看護婦をしていたBonnie Lu Nettlesと知り合った。二人は意気投合し、生涯の伴侶となった。初めて出会ったとき、二人は、まるでずっと以前から知り合いだったように感じ、前世から深い縁で結ばれていたと彼らは解釈した。そこで、Nettlesは夫と4人の子どもと別れ、Applewhiteと生活を友にするようになった。
彼らはヒューストンでニューエイジ関係書籍を扱う本屋を開いたが、すぐに倒産してしまった。そこで、彼らは唯一残った財産である車に乗って、ボニー&クライドよろしく、全国を車で放浪してまわり、詐欺や窃盗をしながら暮らした。オレゴン州まで来たとき、彼らは、自分たち2人が、ヨハネ黙示録に登場する神から使わされた証人だとの妄想に駆られ、本格的にカルト活動を開始した。やがて、彼らは、UFO救済のカギを握っているという信念を抱くようになり、空飛ぶ円盤が彼らを迎えに来てくれ、それに乗って天国に行くことができるという幻想を抱くようになった。
◇UFOカルトの結成
1974年、オレゴン州で彼らは住民を勧誘し、UFOカルトを形成した。信者たちは、すべての財産、家族を投げ捨てて、ApplewhiteとNettlesと行動をともにするようになった。活動のピーク時には、信者数は200名に達した。 ApplewhiteらのUFOカルトに加わった信者たちは、それまでヒッピーだったり、LSDをやっていたり、ホリスティクなヒーリングをしていたような人びとだった。
ApplewhiteとNettlesははじめ、自分たちのことをThe Two(黙示録の2人)と呼んでいたが、やがて"Bo"と"Peep"という呼び名に変えた。さらに、1985年にNettlesが死亡したあとは、"Do"と"Ti"に変わった。二人は信者に対して、きわめて厳しい禁欲的生活を強制し、アルコール、ドラッグ、セックスをすべて禁じた。また家族や仲間との人間的なきずなを否定し、信者同士でも、深い関係を結ばないように気を使った。髪型や服装なども中性的なものに徹した。
◇予言の失敗
1975年以降、ApplewhiteとNettlesは、たびたび予言を行ったが、いずれも失敗に終わった。たとえば、1975年末から1976年にかけて、彼らがデンバー、シカゴ、タルサへ行ったとき、二人は、近いうちに自分たちは暗殺され、その後復活するだろうと予言した。そして、彼らは宇宙船で天国へ運ばれるとも予言した。しかし、彼らの予言は外れ、マスメディアによって物笑いの種にされただけだった。このときの二人(BoとPeep)の予言とメディアの反応については、New York Times Magazineの当時の記事をWeb上で見ることができる。ただし、有料サイトなので、ここをクリックして、そのミラーをごらんいただきたい。1985年には、Nettlesがガンで死亡し、Applewhiteは一人になった。Applewhiteは意気消沈し、カルトも、数十人程度にまで縮小し、しばらくの間消息が知れなくなった
◇UFOカルトの復活
映画『コクーン』を見たあと、かれらは異星人からの救出を得るためにはボートが必要だと思いつき、ガルベストンでボートを購入し、異星人を待ったが、結局異星人はあらわれなかった。
1992年、彼らは「人間をこえて」と題するビデオを制作し、1993年にはUSA TODAY紙に「UFOカルト、最後の提案とともに再浮上す」と題する広告を掲載し、再び脚光を浴びることになった。Applewhiteが"Heaven's Gate"という名前で新たにUFOカルト活動を再開したのは、この頃だったと思われる。Heaven's Gateは、自殺したカルト教団ブランチ・ダヴィディアン、連続爆破魔ユナボマー、太陽寺院教団など、他の終末思想カルト集団や自称救世主との思想的な絆を訴えた。かれらのやり方は認められないが、戦う相手は同じ魔王ルシファーの支配する腐敗堕落した世界だと彼らは主張したのである。
1995年以降、彼らはコンピュータビジネスに携わるようになり、インターネット上にHigher Sourceというビジネス用のホームページと、Heaven's Gate というカルト用のホームページを開設した。また、各種のニュースグループやチャットルームでも、しばしば宣伝、勧誘活動を展開したが、いずれも冷たい嘲笑的な反応を受けるだけに終わった。彼らはこうした反応を見て「自分たちが、いよいよこの地球を脱出し、天国へ旅立つときが来た」と解釈した。ヘール・ボップ彗星彗星の出現と、それにまつわるUFO飛来の流言は、彼らにとって、願ってもないチャンス到来と映ったのだった。
◇集団自殺とUFOカルトの消滅?
Heaven's Gateの39人のメンバーは、証人となるべきただ一人を残して集団自殺した。彼らの「魂」が、仮の「乗り物」(vihecle)である肉体を抜け出して、無事にUFOに乗船できたかどうかは、だれにも分からない。Heaven's Gateの教祖と大部分のメンバーが地上から姿を消したことだけは確かだが、生き残ったメンバーがおり、またインターネット上には、彼らのつくったホームページが地球人へのメッセージとして残されている。同じようなUFOカルトが、世紀末に向けて、再び現れないという保証はどこにもない。
-8- UFOカルトを生む超常現象ブームと世紀末社会 1997年4月29日(火)
■X-Files、スタートレック、そしてUFOカルト
Heaven's Gate集団自殺事件の背景には、X-Files、スタートレックなどのSFブームや、バーチャルな映像文化があったことは、想像に難くない。アメリカには、UFOの存在を信じる人々が少なくない。また、ある世論調査によれば、アメリカ人の2~3%は、地球人がUFOに誘拐されるという話を信じているという。Fox NetworkによるSFドラマシリーズ「Xファイル」(X-Files)がヒットした背景には、異星人やUFOに対するアメリカ人の強い関心と、そうした超常現象を許容する大衆文化があったものと考えられる。いまや、UFOや異星人の話は、決していかがわしい異端の宗教思想、空想の産物ではなく、メインストリーム文化の一部になっている。スタートレック、スターウォーズ、未知との遭遇、ETなどは、ごく自然に現代人によって受け入れられている。それらの実在を信じる人が多数を占めているという意味ではなく、われわれにとって、UFOや異星人は、まるで実在するもののように、そのイメージを容易に思い浮かべることができるという意味である。その意味では、少なくとも、バーチャルな世界で、UFOや異星人はわれわれにとっておなじみの存在、なくてはならないドラマの登場人物の一つになりつつある。そのバーチャルなリアリティが、メディア技術の進化によって、ますます現実のリアリティと融合化しつつあるのもまた事実である。ある種の先有傾向、心理特性、態度をもった人々が、UFOや異星人をこの世に実在すると信じるようになったとしても決して不思議ではないのである。Heaven's Gateのリーダーやフォロワーたちは、そうした人々であった。
テレビドラマ「スタートレック」の中でLt. Uhuraの役を演じたNichelle Nicholsという俳優の弟が、Heaven's Gateのメンバーであり、集団自殺に加わっていたという衝撃的事実は、こうした現実とSFの境界喪失を象徴的に示している。
Heaven's GateのリーダーであるApplewhiteが1970年代に次々と予言したUFO飛来は、すべて失敗に終わった。そして、伴侶であるNettlesの死後は、しばらくなりを潜めていた。しかし、1990年代に入ると、彼らは再びUFOカルトとして再浮上する。その背景には、アメリカ大衆文化における超常現象ブーム、UFOブームの再来があったのではないかと思われる。Heaven's Gateのメンバーは、スターウォーズ、スタートレックなどの宇宙SF映画をこよなく愛した。これらの映画は、かれらにとって、決して単なるフィクションではなく、UFOの存在を裏付けるもののように映っていたようである。また、1996年秋から冬にかけてインターネット上に飛び交ったヘール・ボップ彗星を追尾するUFOのうわさについても、彼らはそれを真剣に信じ、自分たちを迎える宇宙からの使者だと解釈したのである。
なぜこうしたリアリティとファンタジーの混同がいとも簡単に生じてしまうのか?彼らは、精神異常の特殊な人間集団なのか?事件のニュースを読む限り、かれらはとくに「異常」な精神の持ち主とは思えない。
原因は、むしろリアリティとファンタジーが物理的な隔壁なしに混在するようになった「現実空間」の変化そのものに求められるのではないか、という指摘もある。たとえば、TIME誌の事件特集記事にも、そうした解釈がみられる。
The old separation of real and fake had something to do with real estate. For fantasy and romance we went from our house to the movie house, a cathedral of dreams whose dark grandeur signaled even to kids that what they were about to see was a fiction. Now that most of us watch movies on the same 21-in. machine that gives most of us our news, that NO TRESPASSING sign has disappeared. While The X-Files cunningly grounds its fables in docudrama style, items on the news shows get more dramatic and sentimental. Everything is just a story, with a moral, a giggle or a lingering sting.
かつては現実と虚像とは、物理的な場所によってはっきりと分離されていた。ファンタジーを求めるときには、われわれは自宅から劇場へと足を運ばなければならなかった。劇場や映画館の荘厳な建物の中で、子どもたちはいま見ている映画がフィクションであることをはっきりと知らされたものである。しかし、今ではわれわれは我が家の21インチテレビで、ニュース番組と並んで、映画を見ることができる。「進入禁止」の標識はどこにもない。とくに、X-Filesというドラマは、そのストーリーをわざとドキュメンタリータッチで描いている。一方、最近のニュースショーはますますドラマチックでセンセーショナルになっている。すべてが単なるストーリーと化しているのである。
The X-Files says there are things to believe in: the things the government suppresses and the traditional media don't dare reveal. The show is 60 Minutes for the reality-impaired; Mulder and Scully are the new Mike Wallace and Lesley Stahl.
X-Filesは、政府が真実を隠し、メディアが事実を報道しないような、信ずべき超常現象があるというメッセージを送っている。
少なくとも39人のHeaven's Gateの連中は、このメッセージを真に受け、聖書と結びつけて集団自殺による「UFOへの搭乗」を試みるに至ったのである。
("A STAR TREK INTO THE X-FILES" BY RICHARD CORLISS, TIME April 7, 1997)
リアリティとファンタジーの混同という指摘は、オウム事件のときにもわが国で盛んに行われた。アメリカも日本も、バーチャルなメディア文化と世紀末における超常現象への関心の高まりの中で、同じような文化的病理に悩んでいるということなのだろうか。
-9- 予言のはずれるとき 1997年4月30日(水)
Festingerの古典的名著
Heaven's Gate集団自殺事件で思い出すのは、社会心理学者Festingerによる『予言の外れるとき』(When Prophecy Fails)という古典的名著である。水野博介・埼玉大学教授による翻訳が出ているので、すでにお読みになった方もいるかもしれない。この本は、1950年代のアメリカで、あるUFOカルト集団の予言が何度も外れたにも関わらず、カルト集団のメンバーたちが、かえって布教活動を活発化させたという、一見不条理な現象について、詳しい参与観察にもとづき、社会心理学的な視点から解釈を加えたものである。かの有名な「認知的不協和理論」(cognitive dissonance theory)を確立する上で重要な役割を果たした研究である。
Festingerらの研究対象となったUFOカルトは、時代が違うとはいえ、Heaven's Gateと驚くほど似通っている。UFO飛来の予言が繰り返し外れたこと、それにも関わらずカルト集団は壊滅的打撃を受けることなく、存続したという点でも共通している。これはオウム真理教とも共通する要素である。いわば、どの終末論的宗教運動、千年王国運動にも共通する特性なのかもしれない。
『予言がはずれるとき』の詳しい内容については、水野訳による本をぜひ一度お読みいただきたいと思う。この翻訳は、勁草書房から1995年12月に出版された。
フェスティンガーらは、1954年、アメリカのUFOカルト集団でなされた終末予言とそれに対する社会的反応について、詳細な調査研究を行い、詳しい実態の記述を行うとともに、教祖の予言が失敗しあにもかかわず布教活動が衰えなかったことを、認知的不協和理論によって説明している。
本書は、社会心理学の古典的名著といわれながら、久しく訳されることはなかったが、1995年にようやく水野博介教授によって待望の翻訳が出版された。原著名と翻訳タイトルは次のとおりである。
Leon Festinger, Henry W. Riecken, and Stanley Schachter, 1956, When Prophecy Fails: An account of a modern group that predicted the destruction of the world. University of Minnesota Press. 水野博介訳『予言がはずれるとき-この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する』, 勁草書房,1995年。
翻訳の文章は正確で格調高いものであるが、なにぶんにもページ数が多く、かなり冗長な記述が延々と続くという感じで、最後まで読み通すのには相当の根気を要する。一般の読者には少々とっつきにくいと思われる。そこで、僭越ながら、訳者にかわって本書の内容を、できるだけわかりやすく、要約的に紹介したいと思う。なぜそのようなことをするかといえば、本書で取り上げられているUFOカルトは、Heaven's Gateのグループときわめてよく似ており、かれらの行動を理解する上で、本書は大いに役に立つと考えられるからである。これを読んで興味をもおおたれた方は、訳書を全部通して読まれることをおすすめしたい。訳書巻末に収められている「訳者解説」は、現代の新宗教運動やカルトの動向に関するわかりやすい入門的解説であり、一読に値する。私自身、この解説を通して、初めて現代の新宗教についての基礎的知識を得たほどである。なお、ついでながら、最近講談社から出版された島田裕巳著『宗教の時代とは何だったのか』という本も、新宗教運動とくにオウム真理教の本質とその背景について、わかりやすく解説しており、本訳書と合わせて、お勧めできる好著である。島田氏といえば、オウム真理教を擁護したとしてマスコミからバッシングを受け、大学辞職にまで追い込まれた方だが、いわゆる底の浅し「オウム真理教評論家」とは違って、宗教学者として、はるかに深く広い視野からオウム真理教について考察を展開しており、この事件について何ら発言してこなかった宗教学者にくらべれば、学者としてはるかに立派である。島田氏は、マスメディアによるヒステリックな「集団リンチ」「 スケープゴーティング」の餌食にされてしまった格好だが、それにもめげず、一宗教学者としての著作活動を続けている点には心から敬意を表したい。ただし、私自身が島田氏のオウム論に全面的に賛成しているわけではないことを付記しておきたい。とくに、オウム真理教の教義や修行形態が、世俗化される前の仏教の原型に近い、より純粋な形態のものだという、(島田氏自身は意識していなくても、客観的にみれば明らかに)肯定的な評価には全く賛成しがたい。カルト集団の本質を探るには、おそらく宗教学の知識だけでは不十分なのだろう。社会学、社会心理学、集合行動論などに関する、より深く広い視野からの考察と認識が不可欠だと私は考えている。その点では、オウム真理をめぐるメディア上の言説は、表面的な議論に終始しており、この問題に対する根本的な解決策をそこから導き出すことはほとんど不可能のように思われる。フェスティンガーの本をここで改めて紹介するのは、より学問的に深い考察を展開するための一助とすることにもあることをご理解いただきたい。
◇キーチ夫人の生い立ちと「自動書記」体験
この本の主人公は、マリアン・キーチ夫人という50歳くらいのアメリカ人女性である。キーチというのは仮名で、実際にはシスター・セドラと呼ばれる人物であり、本名はドロシー・マーチン(Dorothy Martin)だという。
キーチ夫人は、若い頃、神智学に興味を持ち、講演会に何回か出席したことがあった。また、アイアム運動(オカルトを重視するサークルのうち、兄弟愛を抱き、より高次の存在状態に昇った師たちを最重視するグループ)の創始者であるキングの著作を読み、「人は、より優れた知性の光の中を歩むことができる」という信念をもつようになった。療養生活を送っていた頃、彼女は「宇宙のバイブル」という副題のある『オアフスペ』(ニューヨークの心霊主義者ニューブラフの自動書記によって、19世紀末に書かれた900ページにのぼる著作。過去2万4千年にわたる高低の天国による地上統治の歴史を記したもの)に熱中したこともある。
1953年頃、キーチ夫人は、初冬のある明け方近く、初めて「自動書記」を体験した。「誰かが私の注意を引こうとしているような感じがしました。なぜだかわかりませんでしたが、ベッド脇のテーブルの上にあった鉛筆と便箋を取り上げました。私の手は、私ではない別人の筆跡で、何かを書き始めました。」彼女は不思議に思って「あなたの正体は誰ですか?」と尋ねると、答えがあり、それはすでに亡くなった父であることがわかったという。
ちょうどその頃、キーチ夫人は空飛ぶ円盤(UFO)にも積極的な関心を持つようになり、いくつかの講演会に出席し、専門家の解説を聞いた。その結果、自動書記による地球外からのメッセージとUFOとが彼女の中で結びつけられることになったようである。
父親からのメッセージは、彼が現在住んでいる「アストラル界」(地球より高次の世界)における生活を記述したものや、母親への指示などが含まれていた。キーチ夫人はこれを母親に伝えたが、相手にされなかった。
やがて、キーチ夫人は、自動書記を通じて、父親以外の高次世界の存在からのメッセージを受け取るようになった。それは「長兄」と名乗る者で、父親がもっと高いレベルへと上昇するためには、霊的な指導を必要としていることを知らせてくれた。そして、キーチ夫人に対し、自分自身の霊的な成長に注意を向けるよう指示した。キーチ夫人は、この長兄以外にも、クラリオンとセルスという惑星に住む他の霊的な存在からもメッセージを受け取るようになった。そして、1954年の4月中旬になると、イエスの現在の姿だと名乗る「サナンダ」という霊的存在からの交信を受け始めるようになった。「サナンダ」という名前は「光の新しいサイクル」あるいは「新しい時代の始まり」にちなんで名付けられたということである。以後、サナンダはキーチ夫人にとって最高の指導霊となったのである。
◇布教活動の開始
復活祭の朝、キーチ夫人は「長兄」から次のようなメッセージを受け取った。
「忍耐し、学びなさい。私たちはそこで、おまえに専任者としての仕事を用意しているのだから、それは、私たちがやって来るまで、地上での連絡をするという任務だ。それはまもなくのことだ」
それから数日後、彼女はサナンダのアシスタントの一人からのメッセージを受け取った。それは、夫人の周囲に友人を2,3つくり、夫人が行っていることを知らせ、もっているものを彼らを分け合うようにという指示だった。この前後から、キーチ夫人は友人たちを得て、自分の行いについて話をしたらしい。6月までには、近くのハイベールから来ていた女性が信奉者になり、キーチ夫人の受け取ったメッセージをタイプし、多数のコピーをつくるために献身的な努力をするようになった。こうして、インフォーマルなミーティングなどを通して、キーチ夫人は徐々に信奉者を増やしていったらしい。
◇アームストロング博士との出会い
アームストロング博士は、カレッジビルという小さな町に住む医師だった。彼はカンザスで生まれ育ち、プロテスタント教会のためにエジプトで医学伝道師として働いたこともあった。アームストロング博士の妻デイジーは、長らく神経衰弱と妄想に苦しんでいたが、夫妻はその原因を探し求めるうちに、神秘主義やオカルトの研究に向かい、「オアフスペ」「神智学」などの文献を読みあさり、霊的な存在を信じるようになった。そして、「霊的世界の支配者たちは、地球上の人々と交信でき、彼らを導くことができる」と信じるようになった。アームストロング博士は、やがてカリフォルニアを訪れたときに、アダムスキーの『空飛ぶ円盤(UFO)は着陸した』を読み、アダムスキーと長時間にわたってインタビューした。それ以来、博士は「空飛ぶ円盤が現実のものであって幻想ではないこと、それは他の惑星から飛来したものであり、人あるいは生物を乗せ、探査と観察の任務のために地球を訪れていたのだ」という確信をもつようになった。
1954年4月の終わりか5月頃、アームストロング夫妻は、UFOの専門家からキーチ夫人のことを教わった。その後まもなくキーチ夫人に手紙を書いて、夫人の仕事に興味をもっているとのべ、オカルトに関する彼ら自身の探求について書いた。
その頃、キーチ夫人自身、サナンダから「カレッジビルへ行け。そこには、私が光でもってわからせようとしている子どもがいる」というメッセージを受け取っていた。だから、夫人は夫妻からの手紙を見てよろこんだ。
キーチ夫人の住むレイクシティとカレッジビルは200マイルほど離れていたが、手紙による接触以来、彼らの間には親密な友情が急速に発展し、6月後半にはアームストロング夫妻が車でレイクシティのキーチ夫人を訪問するに至った。こうしてキーチ夫人はアームストロング夫妻と出会ったが、7月にはキーチ夫人がカレッジビルを訪れ、夫妻のもとで終末を過ごすなど、交流は深まった。
◇空飛ぶ円盤の飛来についての予言とその失敗
キーチ夫人はサナンダから多数のメッセージを受け取ったが、それらは、他の惑星についての情報や、やがて地球を襲うはずの戦争や災害についての警告や前兆など、さまざまなトピックスが含まれていた。その中には、空飛ぶ円盤の飛来を予言するものもあった。たとえば、4月初めに、サナンダから届いたメッセージは次のようなものだった。
「何機もの円盤がウェストバージニア州の上空にいて、戦争で利益をあげている企業家のリストをつくっている。円盤は5月に着陸し、おまえたち地球人と接触するだろう。」
5月になると、長兄からの連絡があり、地球人を他の惑星につれていく計画について伝えた。また、サナンダはキーチ夫人に、将来起こる出来事を予言したり、ある種の行動を指示したりすることもあった。
7月23日の朝、キーチ夫人は自動書記によって、「8月1日にUFOがリヨンズフィールドに着陸する」というメッセージを受け取った。そして、その日の正午までにリヨンズフィールドの陸軍航空基地まで来るようにという指示を受け取った。このメッセージは、これをタイプした友人を通じて、多くの知り合いに伝えられた。アームストロング夫妻を含めて、知り合いの人々12人は、指定された時刻にリヨンズフィールドへ行き、2時間以上の間、円盤を待って暑い道路上に立っていた。この間、キーチ夫人は、道ばたで奇妙な風采の見知らぬ男と出会ったが、円盤はついに現れなかった。
彼らは失望のうちに解散したが、翌朝、キーチ夫人は自動書記を通じて、「サイスの格好をして道ばたに現れたのは私だ、サナンダだ」というメッセージを受け取った。キーチ夫人は、サナンダが見知らぬ男に変装して彼女の前に現れたことを知って喜んだ。それは「予言がはずれたことに対する失望をはるかに上回る大きなよろこびだった。」 この出来事をきっかけに、夫人は、自分が(神から)特別に選ばれた者だという確信を抱くようになったらしい。
何人かの信奉者は、予言が外れたことで失望し、夫人から離れていったが、アームストロング夫妻はキーチ夫人を信じ続けた。その後も、キーチ夫人は地球外からのメッセージを頻繁に受け取り、アームストロング夫妻とそれについて議論を続けた。その過程で、地球の起源と将来に関する彼らの説明が具体的な形をとって現れていった。それは次のような説明である。
無限の過去において、惑星カーの住民は2つの党派に分かれた。1つは、ルシファー(神が創造した天使の中でも最高の者だったが、神の地位を望むことによって高慢の罪を犯し、堕落した)に率いられた”科学者たち”であり、もう1つは、神の御旗のもと、キリストの指揮下にあって”光に従う人々”である。”科学者たち”は、何か原子爆弾に似たものを発明し、光に従う多数の人々を破滅させる脅威となった。そして、惑星カーを吹き飛ばしてしまった。カーの消滅は宇宙のバランスに大変動を引き起こし、混沌状態をもたらしたが、光に従う人々はクラリオン、ウラヌス、セルスなどの惑星に避難し、そこで再結集し、次の戦略を練った。ルシファーの一行は地球にやってきたが、彼らの頭からは宇宙の知識は完全に消し去られていた。
先史時代以来、「サイクル」は新たに始まっており、それが繰り返されるおそれがある。ルシファーは現在変装して海外におり、科学者たちに破壊のためのさらに強力な武器を作らせている、このっまでは惑星カーの悲劇が繰り返されるかもしれない。地球は木っ端みじんとなり、太陽系全体も崩壊するだろう。実は、キリストがイエスとして地上を訪れたことこそ、人類を改心させようとする最初の試みであり、闇の王子(ルシファー)の助けを借りないよう彼らを説得する試みだったのだ。地上には「光」を受け入れる者たちがいる。しかし、悪(そして科学)の力は強大であり、光に従う者たちが勝利して地球破滅を避けるのは間に合わないかも知れない。
このような説明は、おそらくキーチ夫人の頭の中だけで作り上げられたものではなかっただろう。「彼女の思想のほとんど一つとして、ユニークあるいは新しいといえるものはなかった。彼女が抱いているほとんどすべての概念、宇宙や精神世界や惑星間交信および旅行、それに全面的な核戦争という恐ろしい可能性についての概念は、大衆雑誌や扇情的な書物や、日刊紙のコラムにさえ、似たような形で見いだすことができる。彼女は、それまでにさまざまな講演会に出席しており、関連する出版物の読者でもあったのである。」(邦訳72~73ページから、若干修正を加えて再録)。
◇大災害の予言
このような思想(?)形成を背景にして、8月に入ると、大災害を予言するメッセージがサナンダからキーチ夫人に宛てて次々と届けられるようになった。
第1のメッセージ(8月2日)
「地球に住む者たちは、煮え立つ湖の大沈下と地方都市の高いビルの大崩壊によって目ざめるだろう。おまえには、その日付だけが秘密なのだ。というのは、人々に引き起こされるパニックは際限のないものだから」
第2のメッセージ(8月15日)
「その日の情景は気違いじみたものになるだろう。‥‥それは、ものすごい光の爆発のようだろう。このさなかに、岩山に大波がうち寄せることも記録されよう。山の東斜面には新しい文明が始まり、その光の中で新たな秩序が生み出されるだろう。」
第3のメッセージ(8月27日)
これは一部の地域に限ったことではない。というのは、アメリカの国は、沈下によりまっぷたつに引き裂かれることになるからだ。ミシシッピー地域では、カナダ、五大湖、ミシシッピー流域から、メキシコ湾、中央アメリカに至るまで、変動を被るだろう。」
この第3のメッセージでは、さらに、エジプトでは砂漠が肥沃な谷になり、ムー大陸が太平洋から隆起
し、フランスやイギリスは大西洋に沈むだろうといったような、世界規模の地殻変動を予言していた。サナンダから、こうした「重大声明」を受け取ったあと、8月30日に、アームストロング夫妻とキーチ夫人は、マスコミに向けて「アメリカの編集者および出版社への公開声明」を速達で発送した。その中で、博士は、来るべき破局を宣言し、ムー大陸の沈没という先例や、ルカ伝中の類似例を引用し、キーチ夫人による「超能力についての教え」を説明した。
この声明文には、予知された特定の日付は言及されていなかったが、何カ所かで、この大変動が「とても、とても間近である」と述べられていた。
◇大災害が予知されてからの経緯
8月30日にアームストロング博士が送った声明文に対し、反応はまったくなかった。そこで、博士は9月17日に第二の声明文を送った。今度の声明文には、災害の起こる日付が記されていた。
「今度のシーンは、レイクシティおよび国全体である。日付は12月21日。そのシーンが始まるのは夜明けであり、まだ暗い。‥‥地上はゆれ、高いビルはぐらつく。グレートレイクの水面は上がり、たいへんな波となってシティをおおいつくし、東へ西へと広がって行く。新たな河ができ、湖からメキシコ湾に流れ込む」
この声明文は、9月23日のレイクシティ『ヘラルド』紙の記事になった。この記事はほとんど反響を呼ばなかった。キーチ夫人は、宇宙人と称する不可解な訪問者があって以来、自分の信念を公表することに消極的になった。一方、アームストロング博士は、以前から行っていた若者向けの布教活動(シーカーズ)で予言の内容を詳しく説明した。10月半ばから11月にかけて、アームストロング夫妻は、キーチ夫人の書き物を系統立てて謄写版印刷し、シーカーズのメンバーと郵送リストに載っている人たちに配布された。
◇研究集団メンバーの「もぐり込み」と参与観察の開始
11月の第二週、男性観察者の一人で、社会学の学生が、コミュニティ教会での初級シーカーズの公開ミーティングに出席し、アームストロング博士に接触し、信者として迎えられることに成功した。同様に、別の女性観察者1人も、自分ででっち上げた「夢」をエサにして、アームストロング博士のインナーサークルの一員として潜り込むことに成功した。彼女はアームストロング夫人に、前夜見た「夢」について語った。それによると、彼女は、光のオーラに包まれた男が立っている丘のふもと近くに自分が立っている夢を見たのだという。あたりに怒濤のような水の奔流があり、男は下まで降りていって、彼女を安全なところへ引き上げてくれたという。
アームストロング夫人はこの話を聞いて喜び、彼女に空飛ぶ円盤や光と闇の宇宙的サイクルや、その他関連した情報を彼女に浴びせ始めた。会って10分もしないうちに、アームストロング夫人は、この地上を破壊するだろう洪水の予言に言及していた。
彼女は信者として教会に迎え入れられ、毎週日曜午後のグループミーティングに招待されることになった。それ以後、観察者たちは、11月中旬から12月20日までの間、ミーティングに参加したり、アームストロング家の訪問者たち計33人と話したりして、さまざまな情報を収集した。
◇アームストロング博士の免職と、11月23日のミーティング
11月22日、アームストロング博士は、大学における保健サービスのスタッフの地位を辞職するよう求められた。その理由は、彼がその地位を利用して非正統的な宗教的信念を教えており、それに対して学生や親たちから苦情が寄せられているというものだった。この免職に対するアームストロング博士の反応は、それが守護霊たちの「プランの一部である」、つまり、この世界を去って、もっとよい世界に行く準備をさらに彼にさせるべく、この世界との絆をゆさぶり解き放させようとする「意思」のあらわれだと解釈したらしい。同じ日、キーチ夫人は、サナンダから、23日の夜に彼女の家でミーティングを開くようにという指示を受け取った。
観察者は23日のミーティングに参加した。出席者は10人だった。そこでキーチ夫人は、「私たちにメッセージがあることをサナンダから聞いており、指令を受けることを期待している」と述べた。このミーティングの後半は、この指令を待つことに向けられた。キーチ夫人は、観察者の一人を集まってきた人々に紹介したあと、「私たちは、今夜はあなたに導いてほしいと思っている」と行った。観察者は断りきれずに同意したが、沈黙の瞑想でごまかすしかなかった。
約20分間の沈黙のあと、出席者の一人であるベルタ・ブラツキー夫人(レイクシティ北西部に住む40代前半の女性、消防士の妻)が突然トランス状態に陥り、「指令を得た、指令を得た」と何度も繰り返し始めた。「こちらはサナンダなり」と、あえぎつつ彼女は言った。
これ以後、ベルタは 霊媒としてグループ内で重要な役割を担うようになる。翌日のミーティングでは、ベルタはいっそう力強い態度になり、自信たっぷりに話し始めた。そして、今回はサナンダではなく、造物主のスポークスマンとして振る舞ったのである。
彼女が装う権威は、この夜、彼女を通じてしゃべる声がサナンダのそれではなく、造物主自身えあることが明らかになって、いっそう強まった。キーチ夫人のエース(サナンダ)をこんな具合に負かし、ベルタはさらに「善なるもの」「意志」「我」などを論じ続けた。このような指導が続くにつれて、彼女はさらに押しが強く、もっと傲慢になっていった。
ベルタは、「造物主のスポンサー」を装うことにより、グループを支配しようという欲望がありありと見えた。あまつさえ、ベルタは、12月初めのミーティングで、「造物主の主張するところでは、彼女こそキリストの母マリアに違いない」とまで告げるのだった。それまでは、キーチ夫人がマリアだとされていたのに!。このミーティングによって、今や守護霊たちからの情報には、キーチ経由とベルタ経由の2つの独立したチャンネルができたのである。
◇ブラウニング博士による洪水予言の確証
当惑したアームストロング夫妻は、第3の情報源を求めて、スティールシティに出かけ、友人の霊媒師エラ・ローウェルを通じて、ブラウニング博士の霊に助言を求めた。ブラウニング博士は、彼らに来るべき大洪水に関連して、12月21日の日付には言及しなかったものの、夫妻を喜ばせるような多くの詳細な情報を与えた。彼は、選ばれた者たちがどのように宇宙船に「ピックアップされる」かについて、こまごまと、かつ生き生きとした描写を行った。その際には、「霊的麻酔」を与えられ、したがって、何らの恐怖も痛みもなく、パニックに陥ることはないだろう、と請け合った。そして、周到で選択的な布教活動は続けるよう助言した。
12月14日の夕方、アームストロング夫妻の仲介で、キーチ夫人とローウェル夫人が初対面した。この夜のミーティングで、ローウェル夫人はキーチ夫人をこの世の師として受け入れ、ブラウニング博士の霊を通して、12月21日が破滅の日として妥当だということを明確に力強く確証した。彼らは議論した結果、(洪水を避けるために)山の中の安全な場所に行くという当初のプランを放棄し、選ばれた者たちは個々に空飛ぶ円盤によってピックアップされるだろうというブラウニング博士の示唆を受け入れるに至った。このミーティングの最中、ベルタは、以前の弱い立場に逆戻りしてしまったが、キーチ夫人との協力関係は維持された。
この夜のミーティングでは、大洪水が起きる前に選ばれた者たちが避難するための具体的準備が行われた。その夕方早く、出席の各メンバーに、ピックアップしてくれる空飛ぶ円盤に乗り込む際に提示すべき「パスポート」が発行された(それは、白紙の便箋1枚と3セントの切手を貼った封筒だった)。また、グループ同士での合い言葉も教えられた。メンバーの中には、特定の円盤の座席番号を割り当てられた者さえいた。
コミットメントが強く、確信を抱いたメンバーたちは、いまや四六時中、避難を待ち受け、救いを期待し、いついかなる時のピックアップにも準備ができていた。
予言された日の数日前、地元の新聞は、12月21日の洪水予言について、嘲笑的な記事を掲載した。
◇予言のたび重なる失敗
マリアン・キーチ夫人と彼女を取り巻くレイクシティのグループにとって、予言はたった一度外れたのではなく、何日にもわたって何度も外れた。
<最初の失敗:12月17日午後4時>
12月17日の昼前頃、キーチ夫人のところに、自分は外宇宙から来たキャプテン・ビデオ(同名のテレビドラマの主人公)だと名乗る男から電話が入った。彼は、キーチ夫人らをピックアップする円盤が午後4時頃裏庭着陸するだろうと知らせた。これは明らかにいたずら電話だったが、信者たちはそれを真に受けて、ピックアップへの準備を始めた。
信者たちは正午までに、衣服からあらゆる金属類を取り去った。これは円盤に安全に搭乗するのに必要な手続きだった。4時になり、メンバーたちは空を見上げて、UFOの到着を待ったが、円盤はついに現れなかった。キーチ夫人からは円盤が来なかったことに対する説明はなかった。夕食時に、キーチ夫人は、テレビのチャンネルを「キャプテン・ビデオ」に会わせ、メンバーたちに、注意深く見て彼らに向けられた暗号メッセージを探すよう命じた。彼女は、番組の中にメッセージが現れることを確信していたが、それもむなしい努力に終わった。
やがて、彼らは円盤が現れなかったことについて議論したが、結局、「今日の出来事は警告だったのだ」という解釈に落ち着いた。4時に空を見晴らせたのは、予行演習だったのだ、と。しかし、この失敗で、メンバーが一人、失望してグループから去っていった。
<第2の失敗:12月17日深夜>
午後12時半頃、キーチ夫人は、別の重大なメッセージを受け取った。それは、空飛ぶ円盤がその時刻にも、選ばれた人々をピックアップするために彼女の家の裏庭に向かっているのだが、準備をしていない者を待つことはないだとう」というものだった。メンバーたちはあわただしく準備をして、裏庭で再びUFOの迎えを待った。彼らは午前3時すぎまで待ったが、UFOは今度も現れなかった。翌朝、彼らは「あれは訓練であり、リハーサルであり、予行演習だったのだ」と決めつけたが、この合理化は十分ではなかった。彼らはこの夜の出来事を秘密にすることによって、不快感を低減させようとした。一方では、訪問者に洪水予言をくわしく話して聞かせるなど、社会的な支持を得るための試みも行った。
<「宇宙人」の訪問:12月16日~18日>
12月16日、キーチ夫人宛に、惑星クラリオンから来た者だと名乗る2人の若い男から電話があった、その夜、キーチ夫人がUFOクラブでの講演から帰ってみると、テレビの上に「われわれはここにいたのに、おまえはいなかった」というメモを見つけた。それには「クラリオンからの少年」というサインがあった。この「宇宙人」からの電話は連日続いたが、18日の電話では、「自分はサナンダ自身である」と告げてから、毎時ちょうどにメッセージを受け取るために座っているように、とキーチ夫人に命じた。夫人はこのことばに従い、毎時きっかりに筆記を行おうとした。長い電話を受けたあと、彼女はうれしさにむせび泣きながら、「彼が来るのよ、彼が来るのよ」と言った。
その彼が18日の夕方遅く、ついに4人の仲間とともに、キーチ夫人宅を訪れた。キーチ夫人は彼らを家に招き入れ、指令を待って立っていた。そのリーダーは20歳の若者だったが、彼らはキーチ夫人やアームストロング博士と密談した。博士は、彼らのことを「天界からやってきた少年たち」といい、彼らが宇宙人だと信じ込んだようである。メンバーの中には、少年たちが宇宙人だと信じる者もいたが、「彼らは最前線にいることを気取るガキども」だと感じたメンバーもいた。少年たちは、キーチ夫人の予言をすべて間違いだと決めつけ、それを撤回するように要求した。
キーチ夫人は大いにショックを受けたが、同時に信者のグループからの支持を鼓舞しようとつとめた。「僕にとって、彼らは大学生のようにしか見えなかった。彼らはふざけ半分でここに来ただけのようだ」と懐疑的なメンバーの一人が言ったのに対し、彼女は、あわれるような視線を送り、彼らが宇宙人であり、円盤のパイロットであるという確信と支持をもたらすような詳細な証拠について、饒舌に話しまくったのである。こうして、彼女の信念体系に対する攻撃は、かえって確信を強める結果になり、17日夜の予言失敗の影響からグループが立ち直ることを可能にした。「要するに、宇宙人は確かに来たのだ。ただ、彼らが来たのは土曜の夜であって、金曜の夜ではなかった」というだけのことだった。
<12月20日の予言>
12月20日の朝10時頃、キーチはグループ全体に向けたメッセージを受け取った。それには、次のように書いてあった。
「真夜中きっちりに、汝らは駐車している車に乗せられ、ある場所に連れていかれ、そこでポーチ(空飛ぶ円盤)に乗り込むことになるだろう。」
これは、皆が待ち望んでいたメッセージであり、ちょうどよいタイミングで来たものだった。というのは、もう一度夜明けが来る前に、レイクシティ全域が洪水に見舞われるはずだったからである。しかし、選ばれた者は助かるだろう。ちょうど14時間後に、彼らは最終的に空飛ぶ円盤にピックアップされ、運んで行かれるだろう。すべて手配はととのっており、さらに細かい指示が来る予定だった。
信者たちは安心し、信者たちは地上での最後のセッションのために集まってきた。キーチ夫人はその日、追加的な指示を受け取り、それらは一つ一つ「立証」され「明確化」された。その指示とは、きっかり真夜中に宇宙人が戸口までやって来て、円盤(トーラ)がとまっているところまで彼らをエスコートしてくれるだろろう、という情報だった。誰もが、円盤へ行く途中は完全な沈黙を守るよう指示された。合い言葉も決められ、リハーサルも行った。準備は周到に、時間をかけて行われた。
午後11時15分頃、キーチ夫人は、グループに対してオーバーを着て待機するよう指令するメッセージを受け取った。彼れはすべての準備を整え、緊張して、12時が来るのを待った。
時計は12時を打ったが、何も起こらなかった。部屋でじっとしいた人々は、何も語らず身じろぎもしなかった。彼はの顔はこわばり、無表情だった。しかし、彼らは予言が失敗したことに大きなショックを受けていた。キーチ夫人も、アームストロング博士も、予言が外れたことについて、満足のいく説明を与えることができなかった。キーチは、観察者の質問に直接答えることはせずに、次のような説明を行い、正当化をはかっただけだった。
「いいでしょう。彼らが私たちに、間違った日付を示したとしましょう。それが来年、あるいは2,3年後、あるいは4年後に起きると想定しましょう。私は、ほんの少しもやり方を変えないでしょう。ここに座ってメッセージを書きとめているでしょうし、人びとは、洪水を防ぐのはここで光を広めているこの小さなグループだというかもしれません。私にわかっているのは、このプランが決して間違った道に入り込んでいないということです。」
その後、グループの努力は、もっぱら予言の失敗と彼らの信念を両立させるような、適切で満足のいく「正当化」の方法を見いだすことに費やされた。彼らはメッセージを再検討し、それを都合のいいように再解釈したのだった。しかし、どの解釈も満足のいくものではなかった。
午前4時45分頃、キーチ夫人は全員を再び居間に集め、たったいま受け取ったばかりのメッセージを読み上げた。それは次のような重大な内容のものだった。
「この日、ただ一人の地上の神がおいでになることが確証された。そして、その神は、汝らの間におわします。彼の手から、汝らはこれらの言葉を書き留めた。そうして、力強きは神の言葉である--彼の言葉によって汝らは救われた--というのは、死の口から汝らは守られたのであるが、いかなるときにも、そのような力が地上に放たれたことはなかったからである‥‥。」
このメッセージはグループによって熱狂的に受け入れられた。それは、失敗についての、適切でエレガントでさえある説明だった。大洪水は取り消されていたのだ。夜を徹して座っていたあの小さなグループが、大いなる光を放っていたので、神がこの世を破滅から救ってくれたのだ。予言の失敗についての満足のいく説明を得たグループのメンバーは元気を取り戻し、新聞社にこのことを知らせるべく、活発な広報活動を展開したのである。午前6時までには、すべての地元新聞社と全米の通信社との連絡が終わっていた。
◇予言のはずれに対する反応
予言の外れた期間を通じて、キーチ夫人とアームストロング博士は、動揺することなく、確固たる信念を持ち続けた。彼らの崇高な信念は、レイクシティグループが解散しあ後も、長い間堅固だった。キーチ夫人は、レイクシティを去った後も、サナンダからのメッセージを受け取り続け、それを郵便で信者たちに伝えていた。アームストロング博士も、医学を放棄して、巡回布教活動家としての役割を演じ続けた。
予言の失敗に直面した11人のグループのうち、初めから軽度にしかコミットしていなかった2人だけは、キーチ夫人への信頼を完全に失い、グループから去ったが、5人の万バーは強い確信をもって強くコミットしつつ、予言の失敗とその余波を乗り切った。
彼らが予言の失敗にも関わらず、かえって布教活動を一時的とはいえ活発化させたことの裏には以上のところでみたように、認知的不協和を低減させるような正当化のためのメッセージ再解釈、(いたずら電話やからかいを本物の宇宙人と考えてしまうなどの)歪んだ状況認知、グループ内での支持の動員、などの社会心理的な要因があったと考えられる。予言失敗後にかえって布教活動が盛んになるという逆説的なリアクションも、信念へのコミットメントの強いメンバーたちにとっては、信念を強化するための防御手段であるのだろう。
◇キーチ夫人のその後
水野博介氏の「訳者解説」には、キーチ夫人こと、ドロシー・マーチンの近況が紹介されている。それによると、彼女は1987年現在、カリフォルニアのマウント・シャスタに本部のある「サナンダおよびサナット・クマラ協会」を率いているとのことである。いまだ教祖として健在だというわけである。彼女が霊界から受け取るメッセージは、全米および世界中の数千名にのぼる信者たちに郵送されているという。
◇Heaven's Gate集団自殺事件との類似性
以上みたように、フェスティンガーらが研究したUFOカルト集団の事例は、結末が異なるとはいえ、その宗教的信念や、終末的世界観、UFOによる救済、UFO飛来の予言とその失敗、など、多くの点でHeaven's Gateのグループときわめてよく似ていることがおわかりになったことと思う。終末論的世界観とメシアによる救済という宗教観の蔓延は、人々のもつ認知的不協和低減傾向、認知の歪み、コミュニケーションを通じての社会的支持の獲得、などと相まって、今後も同じような事件を引き起こし続けることだろう。こうした事件の再発を防ぐには、認知的不協和理論だけではなく、さらに説得力のある理論仮説を求めて、社会学、社会心理学的な探求の努力を積み重ねていくことが必要なのではないだろうか。