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ロンドン聖地巡礼「シャーロック・ホームズ」(準備編)

赤毛組合 The Red-Headed League

赤毛の依頼人

(赤毛の依頼人から差し出された新聞を読むワトソン Illustration by Sydney Paget )
ある日のこと、ワトソンが友人シャーロック・ホームズを訪ねたところ、赤い髪をした年配の男がホームズと話し込んでいました。ジェイベズ・ウィルソンと名乗るその男は、持参した新聞の広告欄をワトソンに見せました。そこには、一風変わった内容の広告記事が載っていました。

TO THE RED-HEADED LEAGUE: On account of the bequest of the late Ezekiah Hopkins, of Lebanon, Pennsylvania, U.S.A., there is now another vacancy open which entitles a member of the League to a salary of £4 a week for purely nominal services. All red-headed men who are sound in body and mind and above the age of twenty-one years, are eligible. Apply in person on Monday, at eleven o'clock, to Duncan Ross, at the offices of the League, 7 Pope's Court, Fleet Street.
(from Conan Doyle, "The Red-Headed League")

単語と意味:

bequest
遺贈、遺産、形見
日本語訳:

赤毛組合各位殿:アメリカ合衆国ペンシルヴァニア州レバノン市の故エゼキア・ホプキンズ氏の遺贈により、赤毛組合の会員に欠員ができました。会員資格を得た方には、純然たる名目上の奉仕活動に対して週4ポンドの給与が支払われます。心身ともに健康で二一歳以上の赤毛の方は応募資格があります。われはと思う方は、月曜日11時にフリート街ポープコート7番地の組合事務所のダンカン・ロスまで、ご本人が出願してください。

それは、2ヶ月前の『モーニング・クロニクル』紙に載った広告記事でした。

(『赤毛組合』に登場する主なロケーション)

広告に釣られた赤毛男

ウィルスンがホームズとワトソンに語って聞かせたことは、つぎのようなものでした。彼はシティに近いコーバーグ・スクエア(地図の5)で質店を営んでいるのですが、ある日、ヴィンセント・スポールディングと名乗る男が、「給料は半額でもいいから雇ってくれ」といって店員になりました。とても気の利く店員でしたが、店内でしょっちゅう写真を撮っては、地下室で現像をしていました。

このヴィンセントがウィルスンに見せたのが、例の新聞広告でした。そして、ウィルソンにぜひ応募するように熱心に勧めたため、ウィルソンは200ポンドもらえるということもあり、心を動かされ、ヴィンセントとともに赤毛組合(地図の4)に行ってみました。組合の事務所には大勢の赤毛の応募者が集まっていましたが、ウィルスンは運良くマネージャーであるダンカン・ロスとの面接に合格し、めでたく赤毛組合の会員になることができました。

ウィルスンがダンカンから託された任務は、10時から2時までの4時間、組合の事務所にいて『大英百科事典』を筆写するだけという簡単な作業でした。これで、週4ポンドもらえるというのです。ウィルスンは喜んでこの仕事を引き受け、さっそく翌日から作業を開始しました。1週間たつと、ダンカン・ロスが来て約束通り4ポンド支払ってくれました。こうして8週間が過ぎました。

ところが、今朝ほどのこと。突然仕事が終わってしまったのです。

"To an end?"
"Yes, sir. And no later than this morning. I went to my work as usual at ten o'clock, but the door was shut and locked, with a little square of cardboard hammered on to the middle of the panel with a tack. Here it is, and you can read for yourself."

He held up a piece of white card-board about the size of a sheet of notepaper. It read in this fashion:

THE RED-HEADED LEAGUE IS DISSOLVED October 9, 1890.
Sherlock Holmes and I surveyed this curt announcement and the rueful face behind it, until the comical side of the affair so completely overtopped every other consideration that we both burst out into a roar of laughter.

単語と意味:

tackcurtruefulovertop
画びょう
そっけない、簡潔な
悲しそうな
...より高くなる
日本語:

「終わった?」
「そうです。それも、つい今朝のことです。私はいつものように10時に仕事場にでかけました。しかし、ドアは閉まっており、鍵がかかっていました。ドアのパネルの真ん中に小さな正方形の厚紙が画びょうで留めてありました。これです。ご自分でお読みになって下さい。
赤毛組合は解散します。1890年10月9日
シャーロック・ホームズと私は、この素っ気ない告知文とその背後の悲しそうな顔を見比べていたが、そのうちにこの事件の滑稽さが他のことを圧倒して、二人ともどっと笑い出してしまった。

「いったい何がおかしいんですか。」 依頼人の男は顔を真っ赤にしながら叫びました。

(「ドアは閉まっており、鍵がかかっていた」
Illustration by Sydney Paget)
この掲示を見てびっくりしたジェイベズは、すぐにまわりの事務所を尋ねまわったが、それについて知る者はいませんでした。最後に1階に住む会計士の家主のところに行きました。そして赤毛組合はどうなったのか尋ねてみました。彼はそのような団体は聞いたことがないと言い、ダンカン・ロスという名前も初耳だと言いました。赤毛の男には心当たりはないか聞くと、「彼の名前はウィリアム・モリスで、弁護士だが、きのう引っ越して行った」という返答でした。移転先の住所は、キング・エドワード街17番地(地図の6)だということでした。さっそくその住所に行ってみると、そこは膝当ての工場で、そこの人は誰もウィリアム・モリスとかダンカン・ロスといった人のことは知りませんでした。

ジェイベズは困り果てて、良いアドバイスをくれると評判のホームズに相談すべく、ベイカー街の事務所を訪ねてきたのでした。

サックス=コーバーグ・スクエアでの現場検証

ホームズは依頼人に、広告のことを最初に教えた店員について詳しく聞き、疑惑を深めた様子でした。依頼人が去ったあと、ホームズはワトソンに、午後セント・ジェームズ・ホール(地図の7)で行われる予定のサラサーテ演奏会に誘い、その前に依頼人の住所であるサックス=コーバーグ・スクエア(地図の5)に行って、詳しい現場検証を行いました。

(「ドアはすぐに開き、若い店員が現れた」
Illustration by Sydney Paget )
ホームズがジェイベス・ウィルソンの店のドアをノックすると、若い店員が現れました。ホームズは店員のズボンの膝が汚れているのを見逃しませんでした。ワトソンとホームズが裏ぶれたサックス=コーバーグ・スクエアから角を曲がると、打って変わって動脈のような大通りに出ました。そこには、City and Suburban Bankやレストランなどのビルが建ち並んでいました。ホームズはそれらをすべて頭にたたき込んでから、ワトソンに、食事とコンサートに行こうと言いました。その日の午後いっぱい、ホームズはセント・ジェームズ・ホール(地図の7)の特等席で心ゆくまで音楽鑑賞に浸っていました。

(サラサーテの音楽に聴き惚れるホームズ
Illustration by Sydney Paget

深夜の張り込みと犯人逮捕

コンサートが終わったあと、ホームズはワトソンに午後10時から重大な犯罪捜査が始まることを知らせ、10時に拳銃持参でベイカー街に持ってくるよう依頼しました。ワトソンが約束の時間にホームズ宅を訪ねると、ホームズの他にピーター・ジョーンズ刑事、シティ&サウス銀行頭取のメリウェザー氏が待っていました。そして、敵はジョン・クレイという手強い犯罪者であることを説明します。四人は銀行に着くと、地下で銀行強盗を待ち伏せました。この銀行には、大量のフランス金貨が保管されていたのです。部屋を真っ暗にして待つこと1時間15分。ジョンとその仲間が床石の下から現れ、刑事とホームズは犯人に飛びかかって逮捕しました。

(「抵抗しても無駄だ、ジョン・クレイ」とホームズは言った
Illustration by Sydney Paget )

犯行の種明かし

翌朝早く、ホームズはワトソンに事件の顛末を説明しました。

"You see, Watson," he explained in the early hours of the morning as we sat over a glass of whisky and soda in Baker Street, "it was perfectly obvious from the first that the only possible object of this rather fantastic business of the advertisement of the League, and the copying of the Encyclopaedia, must be to get this not over-bright pawnbroker out of the way for a number of hours every day. It was a curious way of managing it, but, really, it would be difficult to suggest a better. The method was no doubt suggested to Clay's ingenious mind by the colour of his accomplice's hair. The £4 a week was a lure which must draw him, and what was it to them, who were playing for thousands? They put in the advertisement, one rogue has the temporary office, the other rogue incites the man to apply for it, and together they manage to secure his absence every morning in the week. From the time that I heard of the assistant having come for half wages, it was obvious to me that he had some strong motive for securing the situation."
"But how could you guess what the motive was?"
"Had there been women in the house, I should have suspected a mere vulgar intrigue. That, however, was out of the question. The man's business was a small one, and there was nothing in his house which could account for such elaborate preparations, and such an expenditure as they were at. It must, then, be something out of the house. What could it be? I thought of the assistant's fondness for photography, and his trick of vanishing into the cellar. The cellar! There was the end of this tangled clue. Then I made inquiries as to this mysterious assistant and found that I had to deal with one of the coolest and most daring criminals in London. He was doing something in the cellar—something which took many hours a day for months on end. What could it be, once more? I could think of nothing save that he was running a tunnel to some other building.
"So far I had got when we went to visit the scene of action. I surprised you by beating upon the pavement with my stick. I was ascertaining whether the cellar stretched out in front or behind. It was not in front. Then I rang the bell, and, as I hoped, the assistant answered it. We have had some skirmishes, but we had never set eyes upon each other before. I hardly looked at his face. His knees were what I wished to see. You must yourself have remarked how worn, wrinkled, and stained they were. They spoke of those hours of burrowing. The only remaining point was what they were burrowing for. I walked round the corner, saw the City and Suburban Bank abutted on our friend's premises, and felt that I had solved my problem. When you drove home after the concert I called upon Scotland Yard and upon the chairman of the bank directors, with the result that you have seen."
(from Conan Doyle, "The Red-Headed League"より)

単語と意味:

intrigueskirmisheswrinkledstainedburrowingabutted
陰謀、策略
小競り合い
しわを寄せる
汚れた、しみのついた
穴を掘る、掘り進める
隣接した、境を接する

日本語訳:

「ねえ、ワトソン」。翌朝早く、ベイカー街のオフィスでウィスキー・ソーダのグラスを片手に座っていたとき、ホームズは説明し始めた。「初めから分かっていたんだが、赤毛組合の広告とか、百科事典の筆写などといった何となくいかがわしい仕事の目的は、このあまり賢いとはいえない質屋の主人を毎日何時間ものあいだ、家から遠ざけておくことにあったんだよ。おかしなやり方ではあったが、実際、それよりいい方法を思いつくのは難しかっただろうね。クレイの天才的な頭脳にその方法がひらめいたのは、疑いなく共犯者の赤い髪の毛だった。週4ポンドという報酬は彼を引きつけるための餌だった。それは彼らが手に入れる数千ポンドにくらべれば何でもなかった。彼らは広告を出す。悪漢のうちの一人が臨時の事務所を借りる。もう一人が質屋の男をそそのかして応募させる。そして二人で、毎朝主人に店を留守にさせることに成功した。この助手が半分の給料でやってきたことを聞いたときから、ぼくにはこの男が仕事にありつきたいという強い動機をもっていたことが明らかだったよ。」
「しかし、どんな動機を持っていたのか、どうやって突き止めたんだい?」
「家に女性でもいれば、ただの色恋沙汰だとしか思わなかっただろう。しかし、それは問題外だった。質屋のやっている仕事は慎ましいものだったし、あれほど手の込んだ準備をし、あれほどの出費をするほどの値打ちのあるものは、何もなかった。それならば、家の外に何かあるに違いない。それはいったい何だろうか?ぼくはこの店員の写真好きなところと、習慣のように地下室に降りていくところを思い浮かべた。地下室だ!このもつれ合った手がかりの端にあったのはこれだった。それからぼくはこの謎の店員について調べた結果、この男がロンドンでもっとも冷徹で大胆な犯罪者であることが分かった。彼は地下室で何かをしていた。それは1日に何時間もかかり、終わるまで何ヶ月もかかるようなことだ。それは一体どんなことなのか、もう一度考えてみた。彼はどこか他のビルに通じるトンネルを掘っていたとしか考えられなかった。
そこまでのことは、ぼくたちが現場に行くまでに分かっていた。ぼくが杖で舗道を叩いたんで君は驚いていたね。実は地下道が正面の方に通じているのか、それとも後ろに向かっているのかを確かめようとしていたんだ。それは正面のほうに向かっていた。それから僕は呼び鈴を鳴らし。そして望んだとおり、店員が応答した。この男とは以前に多少の小競り合いをしたことはあるが、まだ一度も顔を合わせたことはなかった。ぼくは彼の顔をほとんど見なかった。彼の膝はぼくが期待した通りだった。君は彼の膝がどれくらいしわくちゃで汚れていたかに気づいたはずだ。残された点は、彼らが何のために掘り進めているのかどいうことだった。ぼくは角をまわってみたが、そこには
質屋と隣接してシティ&サバーバン銀行があった。それで、ぼくは問題がすべて解決したと感じた。コンサートの後、君が帰宅したとき、ぼくはスコットランド・ヤードと銀行の頭取を訪ねた。結果は君の見たとおりだ。

(『赤毛組合』おわり)

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