1938年10月31日のDaily News紙トップ

メディア研究

「火星からの侵入:パニックの社会心理学」再考

なぜドラマが「ニュース」と信じ込まれたのか?

  「火星からの侵入」ラジオ放送は、「マーキュリー劇場」というラジオ・ドラマ番組であり、ニュース番組ではなかったにも関わらず、少なからぬリスナーはこのドラマを「本当のニュース」と信じ込み、驚いた。それでは、なぜ多くのリスナーが、荒唐無稽に思える「ニュース」を本物と信じ込み、驚いたのだろうか?  Cantrilは、その理由として、「番組のリアリズム」と「遅れてダイヤルをまわしたこと」の二つをあげている。

番組のリアリズム

ドラマの中で、臨時ニュースは、音楽の演奏中に挿入される形で放送された。これは戦時という危機的な状況の中では、ラジオの速報性とも合わせて、よく使われる放送テクニックだった。「人びとは緊急事態発生の場合には、音楽番組やドラマなどすべての番組が中断され、熱心に耳を傾ける不安に駆られた人々に事態が報道されるということを知っていた」(邦訳69ページ)。このような状況の中でこそ、音楽演奏中に挿入された「ニュース」は、本物と信じられやすかったのである。  また、「送り手の威光」もまた、「ニュース」を信じ込む大きな要因となっていた。番組中の「ニュース」の中では、「天文学者」「大学教授」などのコメントが頻繁に登場したが、これも送り手の威光として、聴取者が信じ込む要因として作用したと考えられる。インタビューを受けた一人は、「わたしはプリンストン大学の教授の話とワシントンのお役人の話を聞くとすぐに、この放送を信じてしまいました」と証言している。  さらに、「ニュース」の中で、現実に存在する地名が出てきたことは、とくに周辺地域に住む人びとが信じ込む一つの理由になったと思われる。「ニュージャージーとマンハッタン地区の住民がとりわけびっくりしたのは、自分たちのよく知っている地名が出てきたことだった。グローバーズミル、プリンストン、トレントン、プレーンズボロ、アレンタウン、・・・といった地名は、ニュージャージー住民やニューヨーク市民にはおなじみのものであった。

遅れてダイヤルをまわしたこと

番組の最初で、アナウンサーは「CBS放送は、オーソン・ウェルズとマーキュリー劇場によって、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』をお送りします」とい読み上げており、定例のドラマであることを告げていたが、少なからぬリスナーは、この番-巣組冒頭のアナウンスとウェルズのコメントを聞きのがし、その後の「ニュース」を本物と勘違いした可能性がある。  放送の1週間後にCBSが行った調査では、920人がインタビューの対象になっていたが、この中で、「この番組のどの部分でダイヤルを合わせましたか?」「それがドラマだとわかりましたか。それとも本当のニュースだと思いましたか?」という2つの質問をしている。前者の質問に対しては、「番組開始後に放送を聴き始めた」人が42%に上っていた。そして、遅れて聴き始めた人びとは、放送をニュースとして受け入れやすかったという結果が得られている。これに対し、最初から番組を聞いていた人の80%はドラマだと受け取っていたこともわかった。  このように、かなりのリスナーが、番組を途中から聴き始め、ドラマを「ニュース」と信じ込むことになったと推定される。聴取者のかなりの部分が、途中から「マーキュリー劇場」を聴き始めた理由としては、人気の「裏番組」という存在があった。実は、この時間帯にもっとも高い聴取率をあげていたのは、チャーリー・マッカーシーの番組だったのである。多くのリスナーは、最初、この人気番組にダイヤルを合わせていたが、つまらない部分に差しかかったところで、かなりのリスナーが「マーキュリー劇場」にダイヤルをまわし、驚くべき「ニュース」を耳にしたものと思われるのである。

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