Sherlock Holmes Museum : Photo by givingnot@rocketmail.com

ロンドン聖地巡礼「シャーロック・ホームズ」(準備編)

花婿失踪事件 A Case of Identity

("A Case of Identity"単行本 1890年代
The Arthur Conan Doyle Encyclopediaより)

サザランド嬢の来訪

例によって、ベイカー街のホームズ宅でワトソンがホームズと雑談していたとき、メアリー・サザランドと名乗る大柄な女性が来訪しました。用件は、失踪したホズマー・エンジェルという男性の行方を突き止めてほしいというものでした。

(ホームズは、メアリー・サザランド嬢の訪問を受けた
Illustration by Sydney Paget )

ウィンディバンクという継父がフランスに出かけている間に、母親と舞踏会に行ったときに、ホズマーと知り合い、婚約をしたというのです。ホズマーはレドンホール街の会社に勤めているということ以外は分かりませんでした。ホズマーは、継父が留守のときにサザランド嬢を訪ねてきて、父が戻らないうちに結婚式をあげようということになり、金曜日に式を挙げることを約束しました。ところが、思いがけないことが起こります。

"Your wedding was arranged, then, for the Friday. Was it to be in church?"
"Yes, sir, but very quietly. It was to be at St. Saviour's, near King's Cross, and we were to have breakfast afterwards at the St. Pancras Hotel. Hosmer came for us in a hansom, but as there were two of us he put us both into it and stepped himself into a four-wheeler, which happened to be the only other cab in the street. We got to the church first, and when the four-wheeler drove up we waited for him to step out, but he never did, and when the cabman got down from the box and looked there was no one there!
The cabman said that he could not imagine what had become of him, for he had seen him get in with his own eyes. That was last Friday, Mr. Holmes, and I have never seen or heard anything since then to throw any light upon what became of him."
(from Conan Doyle, "A Case of Identity" )

単語と意味:

hansom
ハンサム(2人乗り1頭立て2輪馬車)
日本語訳:

「それでは、あなたの結婚式は金曜日に予定されていた。それは教会ですか?」
「はい、でもごく内輪で。それはキングクロス駅近くの聖サヴィア教会の予定でした。式を挙げたあと、セント・パンクラス・ホテルで朝食会を開くことになっていました。ホズマーさんは二人乗りの2輪馬車で私たちを迎えに来ました。でも、私は母と二人だったので、彼は私たちを二輪馬車に乗せて、ご自分はたまたま通り合わせた世論馬車に乗り込みました。私たちは先に教会に着きました。そして、四輪馬車が着いた時、私たちは彼が出てくるのを待ちました。けれども、彼はついに姿を見せませんでした。御者が馬車から降りて中を確かめると、そこには誰もいなかったのです!御者は彼の身に何が起こったのか見当もつかない、なぜなら彼が乗り込むのをこの目で見ていたからだ、と言いました。ホームズさん、これが先週金曜日の出来事です。どれ以来、彼の消息はまったく分からないのです。

(馬車が教会に着いたとき、ホズマーの姿はなかった。
Illustration by Sydney Paget
 

(事件の舞台になったロンドン市内の地図)
ホズマーエンジェル失踪の鍵を握る証拠は、ホズマーからサザランド嬢宛ての手紙と、ウィンディバンクがホームズ宛によこした手紙にありました。両方の手紙ともタイプライターで打たれていましたが、ホームズは両者が同一人物によるものだと喝破します。

   "It is a curious thing," remarked Holmes, "that a typewriter has really quite as much individuality as a man's handwriting. Unless they are quite new, no two of them write exactly alike. Some letters get more worn than others, and some wear only on one side. Now, you remark in this note of yours, Mr. Windibank, that in every case there is some little slurring over of the 'e,' and a slight defect in the tail of the 'r.' There are fourteen other characteristics, but those are the more obvious."
"We do all our correspondence with this machine at the office, and no doubt it is a little worn," our visitor answered, glancing keenly at Holmes with his bright little eyes.
"And now I will show you what is really a very interesting study, Mr. Windibank," Holmes continued. "I think of writing another little monograph some of these days on the typewriter and its relation to crime. It is a subject to which I have devoted some little attention. I have here four letters which purport to come from the missing man. They are all typewritten. In each case, not only are the 'e's' slurred and the 'r's' tailless, but you will observe, if you care to use my magnifying lens, that the fourteen other characteristics to which I have alluded are there as well."
Mr. Windibank sprang out of his chair and picked up his hat. "I cannot waste time over this sort of fantastic talk, Mr. Holmes," he said. "If you can catch the man, catch him, and let me know when you have done it."
"Certainly," said Holmes, stepping over and turning the key in the door. "I let you know, then, that I have caught him!"
"What! where?" shouted Mr. Windibank, turning white to his lips and glancing about him like a rat in a trap.
(by Conan Doyle, "A Case of Identity" )

単語と意味:

slurpurportalludefantastic
(音、語などが)不明瞭に発音する
(主に偽って)...であると称する、されている
それとなく言う、ほのめかす
とんでもない、馬鹿げた
日本語訳:

「不思議なもので、」とホームズは言った。「タイプライターというものは人の手書き文字と同じように個性をもっているんですよ。まったくの新品でないかぎり、どの二つとして同じ字体にはならないんです。いくつかの文字は他よりもすり減っており、ある文字は一方だけがすり減っている。さて、ウィンディバンクさん、これはあなたの手紙ですが、お気づきのように"e"の文字はどれもわずかにかすれています。それから"r"の尻尾がわずかに欠けています。他にも14箇所の特徴がみられますが、今言った2つがとくに明瞭です。」
「私の会社では皆、このタイプライターで打っていますから、多少の傷がついているのは当然でしょう」。わが訪問者は小さな輝く目でホームズを鋭く見ながら言った。
「そこで、ウィンディバンクさん、実に興味深い研究成果をご覧に入れましょう。」とホームズは続けた。「これについて、タイプライターと犯罪の関係についての小論文を近いうちにもう一本書こうかと思っているんですよ。かねてから、このテーマに関しては多少の関心を寄せてきたものですから。私がここに持っている4つの手紙は、失踪した男から届いたとされているものです。これらはすべてタイプライターで書かれています。どの手紙でも、"e"がかすれており、"r"の尻尾が欠けています。しかも、もし私の拡大鏡をつかっていただければわかりますが、私がさきほど申し上げた他の14箇所の特徴も備えています。」
ウィンディバンク氏は椅子からとび上がって帽子をつかんだ。「ホームズさん、私はこんな馬鹿げた類いの話を聞いている暇などありませんぞ。」と彼は言った。「もしその男を捕まえるのなら、捕らえてみるがいい。そして、首尾よく捕まえたら私に知らせてください。」
「もちろんですとも」とホームズは言い、ドアに向かってつかつかと歩み寄り、鍵をかけてしまった。「それではあなたにお知らせしよう。いまその男を捕まえました!」
「何ですって!どこにいるのですか?」とウィンディバンク氏は叫んだが、唇は青ざめ、罠にかかった兎のように、あたりを見まわした。

ウィンディバンクは観念したように椅子にうずくまりました。ホームズは、半ば独り言のように、事件の顛末を話すのでした。

(逃げようとするウィンディバンクに立ち塞がるホームズ
Illustration by Sidney Paget )

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