「パニック」の判定
どれほどの聴取者がパニックに陥ったかを測定するために用いた調査データは、アメリカ世論調査所(AIPO)が放送後6週目に実施した世論調査の結果である。数千人の成人サンプルからなる全国調査において、「オーソン・ウェルズの火星からの侵入の放送を聞きましたか?」という質問に対し、「はい」と答えたのは12%だった。サンプルは、投票権をもっている人に限られていたが、これに相当する人口は約7500万人だったと推定された。その12%ということは、900万人が放送を聞いていたことになる。他の調査機関によると、10月30日のマーキュリー劇場の聴取者は約400万人だったと推定している。これらの数値をもとに、Cantrilは、およそ600万人がこの放送を聞いた、と推定している。 次に、AIPOでは「あなたはこの放送をドラマだと思いましたか。それとも実際のニュース放送だと思いましたか」という質問をしたが、これに対し28%の人びとがニュースだと信じた、と答えた。そして、ニュースだと信じた人のなかで70%が驚いたか不安に陥ったと答えた。「このことは、約170万人がこの放送をニュースとして聴き、約120万人がこのことで興奮したことを意味している」とCantrilは結論づけている。 しかし、この数値は、「驚いた」人びとの割合や数であって、実際に「パニック」反応を示した人びととは必ずしもいえない。なぜなら、パニックとは、恐怖におびえた人々が示す集合的な逃走反応というのが厳密な社会学定義であり、その点からみると、実際にパニックに陥った人々の数はこれよりはるかに少なかった可能性が強い。 また、パニックが実際に起こったとしても、それは主として、番組で実名で放送された「事件現場」である、ニュージャージー州とニューヨーク州の周辺に限定されていたという可能性が高いことも指摘されている。番組にリアリティを持たせるために、火星人の襲来地は、たまたま、ニュージャージー州のグローバーズミル(Grovers Mill)に決められた。脚本を担当したハワード・コックは、ガソリンスタンドで入手したニュージャージ州の地図に当てずっぽうでシャープペンを立てたところ、たまたまGlovers Millだったという単純な理由だったと回想している。 筆者はたまたまニュージャージー州に滞在した折に、興味に任せて、Grovers Millを車で訪れたことがある。どこにでもある農村であり、かの有名な火星人来襲地を思わせる農場は見つからず、ただ、道端に「火星人襲来の地」を示す、小さな記念碑があるのみだった。実際、ドラマの中心となった農場は架空のもので、実在するはずもなかったのである。