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メディア研究

「火星からの侵入:パニックの社会心理学」再考

今年も、ハロウィーンが近づいてきました。今から81年前のハロウィーン前夜にアメリカで起こった「パニック」騒ぎについての考察です。この記事は、2014年11月8日に、「メディア・リサーチ」ブログに掲載したものです。(2019年9月15日改訂)

「火星からの侵入:パニックの社会心理学」再考 : メディア・リサーチ
「火星からの侵入:パニックの社会心理学」再考 : メディア・リサーチ

ハロウィーン前夜の出来事 1938年10月30日、この夜に起きた出来事は、20世紀最大のハプニングとして、後世に長く記憶されることになった。それはまた、当時破竹の進撃を続け、新聞など既存のマスメディア ...

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ハロウィーン前夜の出来事

1938年10月30日、この夜に起きた出来事は、20世紀最大のハプニングとして、後世に長く記憶されることになった。それはまた、当時破竹の進撃を続け、新聞など既存のマスメディアを脅かしつつあった「ラジオ」というニューメディアの威力をまざまざと見せつけるメディア・イベントでもあった。    午後8時、アメリカ3大ネットワークの一つ、CBSラジオでは、毎週恒例の「マーキュリー劇場」の放送が始まった。今回は、H.G.Wells原作の『宇宙戦争』(The War of the Worlds)のラジオドラマ脚色版を取り上げることになっていた。 しかし、この脚色は、ハロウィーン前夜にふさわしい、一風変わったストーリーに仕立てられていた。通常の番組にみせかけて、音楽や天気予報を流している間に、「臨時ニュース」を流し、あたかも火星人が地球に来襲し、アメリカ中心部に攻め込んできたかのような、実況中継を繰り返し流すという趣向のドラマだったのである。  主演および演出を務めたのは、当時23歳、売りだし中の若きオーソン・ウェルズ(Orson Welles)であった。

 

「マーキュリー劇場」に出演するオーソン・ウェルズ

番組の冒頭、ウェルズはおごそかな口調で次のようなセリフから始めた。「20世紀前半の今日、われわれの世界は人類よりも頭脳明晰な生命から監視されているのです」。続いて、ドラマが始まるのだが、それは通常のラジオ番組のような雰囲気であった。天気予報が読み上げられたあと、アナウンサーが「それではみなさんをニューヨークのダウンタウンにあるホテル・パークプラザのメリディアン・ルームにご案内します。Ramon Raquelloと彼のオーケストラをお楽しみいただきましょう」と語りかけた。  しばらく後、通常の番組とは違った臨時ニュースが挿入された。「みなさん、ここでダンス音楽を中断して、「インターコンチネンタルラジオニュース(Intercontinental Radio News)からの臨時ニュースをお伝えします。8時20分前、イリノイ州シカゴにあるジェニングス山天文台のファレル教授が、火星で高温ガスが連続的に爆発しているとのレポートを発表しました」。このあと、番組はもとのダンス音楽の演奏に戻った。  その後、音楽はしばしば臨時ニュースによって中断されるようになり、火星の異常現象についての最新情報が次々と放送された。ニュースレポートは、プリンストン天文台に移り、「カール・フィリップ記者」が「リチャード・ピアソン教授」と、不可思議な天文学上の異常現象について語り合った。通常番組に戻ってからしばらくして、再び「インターコンチネンタルラジオニュース」が入り、アナウンサーがこう告げた。「みなさん、最新ニュースをお伝えします。午後8時50分、ニュージャージー州トレントンから22キロ離れたグローヴァーズミル(Grover's Mill)近郊の農場に、隕石と思われる巨大な燃える物体が落下しました。・・・」  再び通常の音楽が続いたあと、隕石墜落現場からの臨時ニュースが入ってきた。「隕石」と思われた物体は、「金属製の円筒型物体」と分かり、アナウンサーは、この金属物体から巨大な足が伸び、中から火星人と思われる異様な生物が現れ、光線銃から火炎放射を浴びせ始め、これに抵抗する人々を殺戮する様子を、効果音などを使って、緊迫感をもって伝えた。さらに、グローヴァーズミルの現場(ウィルマス農場)付近で、州兵6名を含む少なくとも40名が死亡したと伝え、さらなる惨事を次々に伝え続けた。「臨時ニュース」はますますエスカレートしていった。現場のアナウンサーは、ついに火星人の来襲を告げる。

みなさん、重大な発表を申し上げます。信じられないことではありますが、科学的観測と実際に現場でみたところによりますと、ニュージャージー州の農場に着陸しました奇妙な生物は、火星からの侵入軍の先遣隊であると考えざるを得ません。グローバーズミルで今夜行われた戦闘は、現代の陸軍がかつて受けたことのない壊滅的な敗北によって終止符が打たれました。ライフルと機関銃で武装した7千人の兵隊が、火星からの侵入者のたった一つの武器を相手に戦いました。わずか1020人が生き残っただけであります。・・・(中略)・・・通信はペンシルバニア州から大西洋岸まで不通であり、鉄道も分断され、アレンタウンとフェニックスビル経由の線を除いては、ニューヨークからフィラデルフィアへの鉄道はふつうになっております。北部、南部、および西部へのハイウェイは、狂乱状態の人々でいっぱいで大混乱を呈しています。(『火星からの侵入』(邦訳22ページ)

 

火星からの侵入者は、次第にニューヨークへと向かい、多数の金属円筒型兵器が地上に落下し、米軍の攻撃を退けて、ニュージャージーだけではなく、バッファローやシカゴ、セントルイスなどにも進攻していることが報告された。火星人と州兵の激しい戦闘状況が、刻々と緊迫感をもって伝えられた。  この頃には、番組をドラマではなく、実際の臨時ニュースと勘違いした少なからぬリスナーが、これに驚き、車で避難したり、なかには自殺をはかった者もいたという。この放送の反響について、のちに詳しい実態調査を行ったキャントリルは、次のように表現している。

 この放送が終了するずっと前から、合衆国中の人びとは、狂ったように祈ったり、泣き叫んだり、火星人による死から逃れようと逃げ惑ったりしていた。ある者は愛する者を救おうと駆け出し、ある人びとは電話で別れを告げたり、危険を知らせたりしていた。近所の人びとに知らせたり、新聞社や放送局から情報を得ようとしたり、救急車や警察のクルマを呼んだりしていた人びともあった。少なくとも6百万人がこの報道を聞き、そのなかで少なくとも百万人がおびえたり、不安に陥ったりしていた。(『火星からの侵入』邦訳47ページ)

新聞による「パニック」報道

翌日(10月31日)の新聞各紙は、CBSラジオドラマが引き起こした「パニック」について、センセーショナルに報道した。

たとえば、『ニューヨーク・タイムズ』紙は、翌日の朝刊で、「Radio Listeners in Panic,Taking War Drama as Fact (ラジオ聴取者がパニックに:戦争ドラマを事実と勘違いして)」と題して、1面で大きく伝えた。

昨夜午後8時15分から9時30分の間に、H.G.WellesのSF小説『宇宙戦争』のドラマ化が放送されたとき、何千人ものラジオ聴取者がマス・ヒステリー状態に陥った。何千人もの人々が、侵略した火星人との宇宙間戦争に巻き込まれ、彼らのまき散らす致死性ガスでニュージャージー州とニューヨークを破壊しつくしていると信じた。  家庭を混乱に陥れ、宗教礼拝を妨げ、交通渋滞を引き起こし、通信障害を招いたこの番組は、オーソン・ウェルズによって制作されたものである。今回の放送によって、少なくとも数十名の成人がショックとヒステリー症状で治療を受けることになった。   ニューアークでは、20以上の家族がウェットハンカチとタオルを顔にかけて家を飛び出し、毒ガス攻撃を受けたと思い込んだ地域から逃亡をはかった。家事道具を持ちだした者もいた。ニューヨーク中で多くの家族が家を後にし、近くの公園に避難した者もいた。数千人が警察や新聞社やラジオ局に電話をかけ、アメリカの他の都市やカナダでも、ガス攻撃への対策にアドバイスを求める人々が相次いだ。

 

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