中千本から如意輪寺へ行く2つのルート
今回は、中千本から、もう一つの「一目千本」桜を楽しめる絶景スポット「如意輪寺」を訪ねる旅の模様をお伝えします。
如意輪寺は、「一目千本」の吉水神社とは谷をはさんで反対側の山の上に位置し、中千本の千本桜を違う角度から楽しめる絶景ポイントとして知られています。ただ、地理的には中千本から離れているので、通常の観光コースからは外れています。それだけに、桜満開の時期でも、訪れる観光客の数が少なく、ゆっくりと一目千本桜を楽しむことができます。また、多宝塔にかかるしだれ桜の美しさは、京都の醍醐寺の五重塔と匹敵するものがあります。
そういうわけで、私にとって如意輪寺は吉野山散策の究極の目的地といってもいいスポットでした。
問題は、中千本からどうやって如意輪寺へ行けばいいのか、ということでした。Goodleマップを見ても、ガイドブックをみても、正確な徒歩ルートを示したものがみあたりません。たいていのガイドブックには、中千本からバス路線を南へ大きくまわるルートだけが示されています。でも、Webサイトでは、中千本から谷に降りて、再び山道を登って行ったという体験談もいくつか見受けられました。このルートの方が近道だし、ハイキングの楽しみを味わうことができそうです。最終的には、この谷に降りてまた登るハイキングルートを選択することにしました。具体的なルートは、下のマイマップに示す通りです。

如意輪寺に向かう道


お昼時になったので、歩きながら、道端にベンチとか芝生みたいなところがないか探しました。その結果、如意輪寺に降りていく道と、上の方に向かう別の道の分岐点に緑のカーペットを敷き詰めたような、見晴らしのいい段差のある芝生を見つけたので、腰を下ろしました。まわりは満開の桜がたくさん咲いています。他に休んでいる人もいません。さっそく、リュックから柿の葉寿司を取り出し、食べ始めました。期待した以上に美味しい味でした。二つ目にさしかかったところで、下の道を通りかかった若い女性が、「桜の眺めを独り占めできていいですね。羨ましい」と声をかけてくれました。私も得意になって、「そう、特等席!」と答えました。彼女は「そうね、ホントに特等席」とうなづきながら去っていきました。ほっと一息つくような、昼食中のエピソードでした。

如意輪寺に近づくにつれて、千年桜の絶景はますます美しくなっていきました。この道を通って正解だった、とつくづく思います。

如意輪寺に至る山道は、石畳が丁寧に敷かれていて、とても歩きやすく整備されています。これはやはり、後醍醐天皇の陵がある如意輪寺のもつ高い格式と権威のおかげではないかと感じました。

如意輪寺に着く頃には、中千本桜の絶景が広がっていました。寺からの眺めに期待が大きく膨らみます。

如意輪寺に到着
分岐点から下りの道をしばらく歩いていくと、左へ谷に降りる道と、如意輪寺に向かう急な登りの道に至りました。登りの道を選び、次第に急になる山道を我慢してゆっくり登っていくと、やがて如意輪寺の山門にいたる石段に着きました。

山門の奥に、本尊の如意輪観世音菩薩を祀る本堂が見えます。

如意輪寺の本堂です。金峯山寺の巨大な本堂に比べると、かなり小さい感じがします。ここにご本尊が祀られています。

如意輪寺について
如意輪寺(にょいりんじ)は、奈良県吉野郡吉野町(吉野山)にある浄土宗の寺院です。楠木正成(まさしげ)・正行(まさつら)父子、そして彼らが仕えた後醍醐天皇に非常にゆかりが深く、南北朝時代の悲劇と忠義の歴史を今に伝える場所として知られています。
1. 楠木正行「辞世の扉」
如意輪寺で最も有名なのが、正行が四條畷の戦いに出陣する直前に残した遺物です。
・矢尻で刻んだ決意:正行は一族郎党140余名とともに、後醍醐天皇の御陵に参拝しました。その際、生きては戻らぬ覚悟を決め、本堂の扉に矢尻(矢の先端)で辞世の句を刻みつけたと伝えられています。
・辞世の句:「かへらじと かねて思へば 梓弓(あずさゆみ) なき数に入る 名をぞとどむる」 (二度と生きて帰るまいと思っているので、すでに死んだ者の数に入っている自分の名を、この扉に留めておこう)
・現在:この扉は「辞世の扉」として宝物殿に保管・公開されており、当時の正行の悲壮な覚悟を直接感じることができます。
2. 後醍醐天皇との深い繋がり
如意輪寺は、後醍醐天皇の勅願寺(天皇が祈りを捧げる寺)でした。
・北向きの御陵:境内の裏山には後醍醐天皇の墓所である「塔尾陵(とうのおのみささぎ)」があります。通常、天皇の陵は南を向いて作られますが、後醍醐天皇は「死してもなお京都(北)にある足利幕府を睨み続ける」という執念から、全国で唯一「北」を向いて作られているのが特徴です。
報国殿と多宝塔の桜
お目当ての多宝塔が見たかったので、拝観料を払って、奥に進みます。まず見えてきたのは、御霊殿です。ここには、後醍醐天皇が自ら彫った木の自身像と、南朝の歴代天皇の位牌が納められています。

御霊殿の横を奥へ進むと、左側に大きな建物があります。宝物殿といい、ここには後醍醐天皇や楠木正行、南朝ゆかりの貴重な品が展示、公開されています。今回は中には入らず、建物の背後の廊下から中千本の絶景を拝見しました。右手に見える建物は、報国殿と呼ばれ、吉野造りで建築されたものです。地上階は大広間になっていて、お茶と和菓子をいただくことができます。最後にここによって、さらに絶景を拝みながら一休みしました。
報国殿から見る千本桜
宝物殿と報国殿の廊下から見た中千本桜は、谷の反対側の中千本から見た桜の山とヒケをとらない、というか、美的な観点からみると、よりフォトジェニックな絶景ではないかという気がしました。

報国殿に入ると、広い座敷の間でお茶とおしるこをいただきながら、一目千本の桜をゆっくりと楽しむことができます。この上なく贅沢な時間でした。

この伝統ある建物の広間から千本桜の絶景を眺めていると、後醍醐天皇の南朝時代にタイムスリップをしたかのような錯覚を覚えてしまいます。



多宝塔としだれ桜
報国殿を出て、急な石段を登ると、お目当ての一つ、多宝塔に到着です。この多宝塔は総欅作りの二重の塔で、塔内には阿弥陀仏が祀られています。正方形の木組と円形の壁面が調和した、実に優美な木造建築物です。その周囲には、これも美しいしだれ桜、塔を引き立てるかのように咲き乱れていました。



如意輪寺から吉野駅までの帰路
如意輪寺からの帰路は、もとの中千本には戻らず、谷の川沿いの道を下るルートを選びました。これだと、ゆるやかな下りの一本道なので楽だと思ったからです。途中、川沿いに吉野温泉という宿がありました。吉野にもこんな温泉があるんですね。次に吉野を訪れるときは、こんな隠れ家みたいな温泉に泊まるのも贅沢な旅かもしれません。(完)
