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ロンドン聖地巡礼「シャーロック・ホームズ」(準備編・目次入り)

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シャーロック・ホームズの思い出

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コナン・ドイルは、『シャーロック・ホームズの冒険』を1891年7月から『ストランド』誌に連載し始めましたが、当初は6編で打ち切りにするつもりでした。しかし、読者から大好評だったため、ストランド誌の編集者はぜひ連載を継続してくれるようドイルに強く依頼しました。その結果、ドイルは折れる形で1892年6月号まで計12編の『冒険』シリーズを掲載することになりました。しかし、このシリーズの最後の号で、シャーロック・ホームズを「殺す」、つまりシリーズを最終的に打ち切ろうと考えていました。ドイルは、母親にこのことを打ち明けました。すると、シャーロック・ホームズシリーズの愛読者であった母親がこれに猛反対し、自分がドイルに話した金髪の少女が失踪するというアイディアで書くよう強く薦めました。その結果できたのが「ぶな屋敷」という短編で、ホームズは殺されずに済みました。

しかし、コナン・ドイルにとってシャーロック・ホームズの物語は、自分のめざす歴史小説などのハイブラウな小説に比べると低級なもので、いずれは終わらせたいという気持ちは変わりませんでした。1892年2月に、ドイルはストランド誌からホームズシリーズの続編執筆を依頼されていましたが、当時は他の小説の執筆で忙しく、また乗り気でもなかったので、なかなか応じなかったのですが、「新シリーズに1000ポンド出すか」という無理とも思える要求を出したところ、意に反してストランド誌はこれを受け入れたため、いやいやながらも新シリーズの執筆に応じることになったのでした。しかし、シリーズ完結編の「最後の事件」では、ホームズはついに死んでしまうことになります。ホームズが生還して再び登場するまでには、10年の歳月を待たねばなりませんでした。

1892年12月号から連載された新シリーズは、『ストランド』誌の1892年12月号から1893年12月号まで連載されました。

The Adventure of Silver Blaze 白銀号事件(1892年12月号)
The Adventure of the Cardboard Box ボール箱(1893年1月号)
The Adventure of the Yellow Face 黄色い顔(1893年2月号)
The Adventure of the Stockbroker's Clerk - 株式仲買店員(1893年3月号)
The Adventure of the "Gloria Scott" グロリア・スコット号事件(1893年4月号)
The Adventure of the Musgrave Ritual マスグレーヴ家の儀式(1893年5月号)
The Adventure of the Reigate Squire ライゲートの大地主(1893年6月号)
The Adventure of the Crooked Man 背中の曲がった男(1893年7月号)
The Adventure of the Resident Patient 入院患者(1893年8月号)
The Adventure of the Greek Interpreter ギリシャ語通訳(1893年9月号)
The Adventure of the Naval Treaty 海軍条約文書事件(1893年10月号・11月号)
The Adventure of the Final Problem 最後の事件(1893年12月号)

連載終了後、短編集は単行本『シャーロック・ホームズの思い出』("The Memories of Sherlock Holmes")として1893年に出版されました。

以下では、『シャーロック・ホームズの冒険』と同様、主な舞台がロンドンである短編に限定して、その内容とロンドン市内の関連スポットを紹介したいと思います。

白銀号事件 The Adventure of Silver Blaze

(事件に関連したロンドン市内の場所)

車中での推理

(パディントンからダートムアへ向かう列車の中で、ホームズは事件の概略を話した
Illustration by Sydney Paget )

ウェセックス杯の本命馬、白銀号(Siver Blaze)が謎の失踪を遂げ、調教師が惨殺されるという事件が起きたあと、ホームズとワトソンは事件を解明すべく、パディントン駅(地図の2)からダートムア行きの列車に乗り込みました。車中、ホームズはワトソンにこれまでに分かっている事件の概要を詳しく説明しました。

  "Silver Blaze," said he, "is from the Isonomy stock, and holds as brilliant a record as his famous ancestor. He is now in his fifth year, and has brought in turn each of the prizes of the turf to Colonel Ross, his fortunate owner. Up to the time of the catastrophe he was the first favourite for the Wessex Cup, the betting being three to one on him. He has always, however, been a prime favourite with the racing public, and has never yet disappointed them, so that even at those odds enormous sums of money have been laid upon him. It is obvious, therefore, that there were many people who had the strongest interest in preventing Silver Blaze from being there at the fall of the flag next Tuesday.

"The fact was, of course, appreciated at King's Pyland, where the Colonel's training-stable is situated. Every precaution was taken to guard the favourite. The trainer, John Straker, is a retired jockey who rode in Colonel Ross's colours before he became too heavy for the weighing-chair. He has served the Colonel for five years as jockey and for seven as trainer, and has always shown himself to be a zealous and honest servant. Under him were three lads; for the establishment was a small one, containing only four horses in all. One of these lads sat up each night in the stable, while the others slept in the loft. All three bore excellent characters. John Straker, who is a married man, lived in a small villa about two hundred yards from the stables. He has no children, keeps one maid-servant, and is comfortably off. The country round is very lonely, but about half a mile to the north there is a small cluster of villas which have been built by a Tavistock contractor for the use of invalids and others who may wish to enjoy the pure Dartmoor air. Tavistock itself lies two miles to the west, while across the moor, also about two miles distant, is the larger training establishment of Mapleton, which belongs to Lord Backwater, and is managed by Silas Brown. In every other direction the moor is a complete wilderness, inhabited only be a few roaming gypsies. Such was the general situation last Monday night when the catastrophe occurred.
(from Conan Doyle, "The Adventure of Siver Blaze")

単語と意味:

stockturfstableladinvalidmoorroam
血統
競馬、競馬場
厩舎
少年、若者
病弱者、病人
原野
放浪する

日本語訳:

シルヴァー・ブレイズはアイソノミーの血統を引いていて、有名な先祖と同様に輝かしいレコードを持っている。彼はいま五歳馬で、幸運な馬主であるロス大佐のためにすべての競馬レースで賞金を獲得してきた。悲劇的な事件が起きるまでは、ウェセックス杯レースで一番人気で、掛け率は3対1だった。彼はいつもレース観衆の間で一番の人気馬であり、観衆を決して失望させなかったので、オッズが低くても莫大な掛け金が投じられ、彼に莫大な金が入った。したがって、シルヴァー・ブレイズを次の火曜日のレースに出場させないことに利害関心をもつ人が多くいたことは明らかである。   このことは、もちろん大佐の厩舎があるキングス・パイランドでも分かっていた。この人気馬を守るための対策が講じられていた。調教師のジョン・ストレイカーは、体重超過で失格になるまでは5年間ロス大佐の馬に騎手として乗っていたが、引退後は7年間調教師をつとめ、つねに熱心かつ真面目に仕事を勤めてきた。彼の下で働いていたのは3人の若者だった。というのは、厩舎は小さく、馬は4頭しかいなかったからである。このうちの一人が厩舎で寝ずの番をし、ほかの2人は2階で眠った。3人とも素晴らしい資質を備えていた。ジョン・ストレイカーは結婚していたが、厩舎から約200ヤード離れたところの小さな家に住んでいた。子供はなく、女中を一人雇っていたが、暮らし向きは悪くない。この辺の地域は寂しいところだが、北に1マイルも行くと、タヴィストックの土建業者が建てた村があり、ダートムアのきれいな空気を楽しみたい病人などが利用している。タヴィストックの町は西方1マイルのところにある。一方、原野をはさんで約2マイル離れたところには、バックウォーター卿の所有するメイプルトンの大きな厩舎があり、サイラス・ブラウンが管理している。あとは、どこを向いても荒れ地ばかりで、いくらかの放浪するジプシー達が住んでいるばかりだ。これが先週の月曜日夜に惨劇が起きたときの状況だ。

ホームズは、その夜の出来事を次のように話しました。「その日の夜9時すぎ、メイドのメーディス・バクスターは、ランタンを持って警備のために厩舎に残ったネッド・ハンターに夕食を運んだ。厩舎まで30ヤードのところまで来た時、一人の男が暗闇から現れ、白い紙切れを厩舎の男に渡すよう頼んだ。ネッドが逃げると、厩舎まで行き、ハンターにレースの情報を聞き出そうとした。ハンターはこれに怒り、犬を放しに奥へ行っている間に、男は逃げてしまった。ハンタはそのことを調教師のストレイカーに報告した。ストレイカーはこれを聞いて興奮したようすだった。午前1時頃、ストレイカー夫人が目を覚ますと、ストレイカーは服を着替えていた。尋ねると、馬のことが心配で眠れないのだという。そして、安全かどうか確かめるために厩舎に行くのだと答えた。彼女がやめるように懇願したにもかかわらずストレイカーは出かけて行った。
ストレイカー夫人は翌朝7時に目を覚ましたが、夫はまだ戻っていなかった。厩舎に急ぐと、ドアが開いていて、ハンターが意識不明で倒れていた。シルヴァーブレイズの厩舎は空っぽで調教師の姿もなかった。二人の若者はぐっすり眠っていて何も聞いてはいなかった。ストレイカー夫人と二人の若者は、調教師と馬を探しに出かけたが、厩舎から約4分の1マイル先で、調教師の死体が発見された。死体の頭は鈍器で殴られたような傷があり、腿には鋭い刃物で切られたような切り傷があった。馬の行方は、それ以来まったく不明である。」

(ストレイカーは鈍器のようなもので頭を強く殴られて死んでいた
Illustration by Sydney Pading )

これが車中にホームズの話した怪死事件の概要でした。また、警察の捜査状況については、次のように説明しました。「事件を担当するグレゴリー警部は、現地に到着するや、容疑者としてフィッツロイ・シンプスンという男を逮捕した。彼の賭け帳を調べたところ、大金をシルヴァー・ブレイズ以外の馬に賭けていたことが分かった。また、ダートムアにやってきたのは、二番人気の馬についての情報を得るためで、事件当夜にストレイカーの厩舎に来たことも認めたという。」以上が、車中でホームズが話した事件の経緯でした。

現場検証と新たな疑惑

事件が怒ったタヴィストックに着いたホームズとワトソンはロス大佐とグレゴリー警部の出迎えを受けました。ストレイカーの死体が安置されている場所で、ホームズは、死体が握っていた珍しいナイフを念入りに調べました。また、遺体のポケットに入っていた、ボンド・ストリートのマダム・レスリエという夫人帽子屋からの高額な請求書にも注意しました。

ホームズは、失踪した馬の行方を捜して、レースで二番人気の馬がいるケイプルトンの厩舎へと跡をたどって行きました。馬の足跡は、メイプルトン厩舎の前まで続いていました。調教師のサイラス・ブラウンと話し合った結果、彼がシルヴァー・ブレイスを隠していことを認めました。

(ホームズはサイラスに会い、馬を隠していることを白状させた
Illustration by Sydney Paget )

ホームズは、再びグレゴリー警部に会うと、自分はロンドンに戻ること、大佐の馬は必ずレースに出場することを伝え、タヴィストックをあとにしました。

ストレイカー殺害の犯人は?

4日後、ホームズとワトソンはウェセックスの競馬レースを観戦するために、再びタヴィストックを訪れた。すると、思いがけなくシルヴァー・ブレイズへの賭け金額が跳ね上がっていた。出走表にもシルヴァー・ブレイズ号がリストアップされていた。さて、レースの結果とストレイカー殺害の犯人はどうなったのでしょうか? 少し長くなりますが、ストーリーのクライマックスを原文で読んでみることにしましょう。

From our drag we had a superb view as they came up the straight. The six horses were so close together that a carpet could have covered them, but half way up the yellow of the Mapleton stable showed to the front. Before they reached us, however, Desborough's bolt was shot, and the Colonel's horse, coming away with a rush, passed the post a good six lengths before its rival, the Duke of Balmoral's Iris making a bad third.
"It's my race, anyhow," gasped the Colonel, passing his hand over his eyes. "I confess that I can make neither head nor tail of it. Don't you think that you have kept up your mystery long enough, Mr. Holmes?"
"Certainly, Colonel, you shall know everything. Let us all go round and have a look at the horse together. Here he is," he continued, as we made our way into the weighing enclosure, where only owners and their friends find admittance. "You have only to wash his face and his leg in spirits of wine, and you will find that he is the same old Silver Blaze as ever."
"You take my breath away!"
"I found him in the hands of a fakir, and took the liberty of running him just as he was sent over."
"My dear sir, you have done wonders. The horse looks very fit and well. It never went better in its life. I owe you a thousand apologies for having doubted your ability. You have done me a great service by recovering my horse. You would do me a greater still if you could lay your hands on the murderer of John Straker."
"I have done so," said Holmes quietly.
The Colonel and I stared at him in amazement. "You have got him! Where is he, then?"
"He is here."
"Here! Where?"
"In my company at the present moment."
The Colonel flushed angrily. "I quite recognise that I am under obligations to you, Mr. Holmes," said he, "but I must regard what you have just said as either a very bad joke or an insult."
Sherlock Holmes laughed. "I assure you that I have not associated you with the crime, Colonel," said he. "The real murderer is standing immediately behind you." He stepped past and laid his hand upon the glossy neck of the thoroughbred.
(from Conan Doyle, "The Adventure of Silver Blaze" )

単語と意味:

dragshoot one's boltmake head or (nor) tail of O.spirittake one's breath awayfakirflushglossy
4頭立て馬車
最善を尽くす;不成功を暗示する
(物・事)を理解する
蒸留酒、アルコール
(人を)はっとさせる
苦行僧、托鉢僧、驚くべきことを行う人
(怒り、興奮などでさっと)顔が赤くなる、紅潮する
(なめらかで)光沢のある、つやつやした
日本語訳:

私たちの乗っている四頭立ての馬車からは、彼らが直線コースを走ってくる様子がよく見えた。6頭の馬はきわめて接近して走っていたので、1枚の絨毯で覆うことができるほどだった。しかし、半分ほど走ってきたところで、マイプルトン厩舎の黄色の印をつけた馬がトップに立った。けれども、彼らが私たちの近くに来たときには、デズバラが力尽き、ロス大佐の馬が猛然とスパートをかけて追い抜き、ゴールポストでは対抗馬に6馬身の差をつけて勝利した。バルモラル公爵のアイリス号は3着に沈んだ。「ともかく、このレースはものにしたんだが」と大佐は手で目をふきながら、あえぐように言った。「いったい何がどうなっているのか、さっぱり分からないんだ。ホームズさん、あなたは長いことこのミステリーについて黙っているおつもりなんですか?」

「もちろんです、大佐殿。いまからすべてをお話ししましょう。みんなで行って、馬をみてきましょう。ああ、ここにいました。」 オーナーとその友人しか入ることを許されない計量所の中に入りながら、ホームズは話を続けた。「馬の顔と足を蒸留酒で洗うだけでいいんです。そうすれば、この馬が以前と変わりないシルヴァー・ブレイズ号だということがお分かりになるでしょう。」

「びっくりしましたなあ!」

「私はこの馬があるペテン師のもとにあるのを見つけ、元通りの姿で自由に走らせることができました。」

「親愛なるホームズさん、あなたはまさに奇跡を起こされました。馬はとても元気で調子よさそうです。これまででもっとも好調といってもいいくらいです。私はあなたの能力を疑ってことに対し、なんとお詫びを申し上げたらいいかわkりません。私の馬を取り戻してくださることにたいへんご尽力いただきました。この上は、ジョン・ストレイカー殺害犯を挙げていただければ、なおありがたいのですが。」

「すでに挙がっていますよ」とホームズは静かに言った。

大佐と私は驚いて彼を見つめた。「あなたが犯人を挙げたと! では、いったいどこにいるんですか?」

「ここにいますよ」

「ここですと! どこに?」

「いまこの瞬間、私たちのなかにいます」

大佐は怒って顔を真っ赤にした。「ホームズさん、たしかに私はあなたに恩義を受けていることは十分承知していますが、あなたがいま言われたことはたちの悪い冗談か侮辱と言わざるを得ませんぞ」

シャーロック・ホームズは笑った。「あなたがこの犯罪に関わっていないことは保証しますよ。本当の殺害犯はあなたのすぐ後ろに立っています。」 彼はつかつかと歩み寄って、サラブレッドの艶やかな首に手を置いた。

(ホームズはシルヴァー・ブレイズの艶やかな首に手を置いた
Illustration by Sydney Paget )

なんと、ストレイカー殺害の犯人は、名馬シルヴァー・ブレイズだったというのです。事件が解決した後、ホームズとワトソンとロス大佐がロンドンに戻る途中、ホームズは事件の顛末を詳しく語りました。

いくつかの状況証拠から、ホームズは、その晩、ストレイカーが馬を荒野に連れ出したことを突き止めました。ストレイカーが馬に細工を施してレースに勝てないように仕組んだのです。しかし、自分に危害が加えられることを本能的に察知したシルヴァー・ブレイズは、とっさに暴れ出し、蹄でストレイカーの頭部を激しく蹴り、その結果ストレイカーは死亡したのです。ストレイカーが馬に細工しようとした動機は、彼がロンドンにもう一人の妻を持ち、二重生活を送っており、借金返済を迫られていたことにありました。その手がかりは、ボンド・ストリート(地図の)の帽子屋の高額請求書にありました。ロンドンに戻ったホームズは、請求書の宛先のダービシャという上得意客がストレイカーであることを突き止めたのです。

そうこうしているうちに、列車はクラファム・ジャンクション(Clapham Junction)(地図の)を通り、ヴィクトリア駅(Victoria Station)(地図の)に近づいていました。

(Victoria Station : photo by amethystjazz Flickr CC )

(『白銀号事件』 おわり)

ボール箱 The Adventure of the Cardboard Box

(物語に関連するロンドン市内の場所)

ホームズの驚くべき読心術

焼けるように暑いある夏の日のこと。ワトソンはベイカー街の自宅(地図の1)で椅子に深く座り、ぼんやりと瞑想にふけっていました。そのとき、突然ホームズが「その通りだよ、ワトソン! それは紛争を解決をはかるもっとも不合理なやり方だ。」と言いました。自分の考えていることを見破ったホームズの読心術に、ただただ驚くワトソンでした。

(私が椅子に寄りかかったとき、突然ホームズの声で私の瞑想は破られた
Illustration by Sydney Paget )

送りつけられた2つの耳

これに続いて、ホームズは、ある異様な事件についての最近の新聞記事を見せました。それによると、クロイドンのクロス街(地図の6)に住むミス・スーザン・クッシングに自宅にボール箱が郵送されてきたが、中には切り取られたばかりの人間の耳が2つ、塩づけにされて入っていたというのです。この事件については、レストレード警部からも捜査協力の依頼が来ていました。

そこで、ホームズはワトソンを誘って、事件現場であるクロス街住むクッシング夫人宅に向かいました。到着すると、ホームズはさっそく黄色のボール箱と2つの耳を入念に調べました。

(耳を入念に調べるホームズ
Illustration by Sydney Paget )

2つの耳は切れないナイフで切断されていました。また、同じ人物の耳ではなく、一人は女性のもの、もう一つは男性のものでした。送られてきた小包はミス・S・クッシング宛てのものでした。また、ミス・クッシングには最近まで同居していたセアラという妹とメアリという妹がいました。メアリはジム・ブラウナーという船乗りと結婚していました。セアラは一時メアリ夫婦と仲良くしていたが、けんか別れをしたということでした。

ホームズはウォリイントンにあるセアラの自宅(地図の8)を訪ねましたが、病気で会えませんでした。警察に行く途中、ホームズは食事をしながら、トテナム・コート通り(地図の9)にある質屋で安く購入したストラディヴァリウスのヴァイオリンの自慢話をし続けました。警察でホームズはレストレード警部に会い、犯人の名前を書いた名刺を渡しました。ホームズが書いた犯人の名前は、ジム・ブラウナーでした。

(犯人のジム・ブラウナー
Illustration by Sydney Paget)

犯行の経緯

ホームズはワトソンに、犯人がジム・ブラウンであることを突き止めた経緯を話しました。

"In the first place, her sister's name was Sarah, and her address had until recently been the same, so that it was quite obvious how the mistake had occurred and for whom the packet was meant. Then we heard of this steward, married to the third sister, and learned that he had at one time been so intimate with Miss Sarah that she had actually gone up to Liverpool to be near the Browners, but a quarrel had afterwards divided them. This quarrel had put a stop to all communications for some months, so that if Browner had occasion to address a packet to Miss Sarah, he would undoubtedly have done so to her old address.
"And now the matter had begun to straighten itself out wonderfully. We had learned of the existence of this steward, an impulsive man, of strong passions-you remember that he threw up what must have been a very superior berth in order to be nearer to his wife-subject, too, to occasional fits of hard drinking. We had reason to believe that his wife had been murdered, and that a man-presumably a seafaring man-had been murdered at the same time. Jealousy, of course, at once suggests itself as the motive for the crime. And why should these proofs of the deed be sent to Miss Sarah Cushing? Probably because during her residence in Liverpool she had some hand in bringing about the events which led to the tragedy. You will observe that this line of boats call at Belfast, Dublin, and Waterford; so that, presuming that Browner had committed the deed and had embarked at once upon his steamer, the May Day, Belfast would be the first place at which he could post his terrible packet.
(from Conan Doyle, " The Adventure of the Cardboard Box" )

単語と意味:

stewardberthembark
(客船、旅客機などの)旧字、ボーイ、客室乗務員
(船員の)仕事
乗船する

日本語訳:

「まずわかったのは、彼女の妹の名前がサラであり、最近まで同じ住所にいたということだった。だから、なぜこの小包が間違って送られてきたかという理由が明らかになった。次にわかったのは、この船員が3番目の妹と結婚し、ミス・サラとも一時親しく付き合っており、サラが実際にリヴァプールまで行って、ブラウナーの近くで暮らしていたこと、そのあと仲違いして別れてしまったことだ。この喧嘩によって何ヶ月も連絡がなかったから、もしブラウナーがミス・サラに小包を送りつけたとしたら、彼女の古い住所宛だったはずだ。「そして今や事態はきわめて明白になった。われわれは、この衝動的で感情の激しい船員の存在を知った。彼は妻のもとにいたいがために、立派な仕事も投げ打ってしまったのだ。また、酒を飲んだくれもしていた。殺されたのは彼の妻と、おそらくは船に関連した仕事をもつ男だったと思われる。いうまでもなく、犯罪の動機は嫉妬だったと考えられる。ではなぜこうした犯罪の証拠品がミス・サラ・クッシングに送りつけられてきたのか?たぶん、彼女がリヴァプールにいた間、彼女がこの悲劇を引き出すような出来事を招いたからではないかと思われる。船の寄港地がベルファースト、ダブリン、ウォーターフォードだということがわかるだろう。したがって、ブラウナーが犯行に及んでから、直ちに蒸気船『メイデイ』に乗船したと仮定すると、ベルファーストがあの恐るべき小包を投函することにできた最初の港ということになる。」

ホームズの推理は正しいことがわかりました。まもなく、レストレード警部から事件の詳しい報告が届いたからです。ブラウナーは、犯行までの経緯を詳しく自供しました。セアラへの憎しみと、浮気をした妻と愛人への憎しみが犯行の動機だったのです。(詳しくは小説をごらんください)

(『ボール箱』 おわり)

入院患者 The Adventure of the Resident Patient

(物語に登場するロンドン市内の場所)

(ホームズはワトソンを誘って、夜のロンドンの街を散策した
Illustration by Sydney Paget )

深夜の訪問者

とある秋の夜のこと。ホームズとワトソンがストランド街(地図の12)からフリート街(地図の13)にかけてのロンドンを散策して、ベイカー街の自宅に戻ってくると、パーシー・トレヴェリアンと名乗る医師が訪問していました。最近ブルック街(地図の14)の自宅で奇妙なことが立て続けに起きたというのです。トレヴェリアンは大学を卒業後、キングズ・カレッジ病院で専門研究を続け、カタレプシーの研究で受賞するなど、前途有望だとみられていました。ただ、医者として成功するには、キャヴェンディッシュ・スクエア地区(地図の15)に開業することが必要でした。しかしそのための資金がありませんでした。

ところがある日、ブレシントンと名乗る男が訪問し、自分の金を投資して、ブルック街(地図の14)で開業させてくれるというのです。条件は、診察で得た報酬の4分の3をブレシントンがもらうというものでした。トレヴィアンはこの提案に応じ、ブルック街で開業しました。ブレシントンは2階の部屋に住むことになりました。以後、ブレシントンは毎晩診療室に来て、売り上げの4分の3をもらうと、2階の金庫にしまい込むという生活を続けました。医者は繁盛し、ブレシントンもお金持ちになりました。

数週間前のこと、ブレシントンが取り乱した様子でやってきて、強盗が押し入ったといって騒ぎ立てました。さらに、2日前のこと、ロシア人でカタレプシーの発作に悩まされているという年配の男と息子を名乗る若い男がやってきて、診察を依頼しました。トレヴィアン医師が薬をとりに研究室に下りて行き、再び診療室に戻ると、2人ともいなくなっていました。ところが、今日の夕方、再び2人が診察室に現れました。彼らが診察を終わって帰ったあと、ブレシントンが帰宅し、2階に上がって行きました。すると、血相を変えて診察室に来て、「誰かが自分の部屋に侵入した!」と言って大騒ぎしました。この奇妙な出来事のためにトレヴィアン医師はホームズに相談に来たのです。

(ブレシントンが血相を変えて診察室に飛び込んできた。
Illustration by Sydney Paget )

殺人事件の発生

ホームズとワトソンは、トレヴィアン医師の自宅に行くと、ブレシントンが迎え、あり金をすべて金庫に入れているのだと説明すると、ホームズは「私をだまそうとするなら、アドバイスできませんね。」と言い、「おやすみなさい」と言い残して立ち去りました。二人はオクスフォード街(地図の16)を横切ってハーレイ街(地図の17)を歩いて帰りました。

帰りながら、ホームズはワトソンに説明しました。「ブレシントンという男を狙っている2人の男がいる。仮病を使ってトレヴィアン医師の家に入り込み、ブレシントンの部屋に忍び込んだことは間違いない」。

ホームズの推理は不幸にも当たってしまいました。翌朝、ホームズはトレヴェリオン医師からの緊急呼び出しを受けたのです。

"Any fresh news?"
"Tragic, but ambiguous," said he, pulling up the blind. "Look at this -a sheet from a note-book, with 'For God's sake come at once - P.T.,' scrawled upon it in pencil. Our friend, the doctor, was hard put to it when he wrote this. Come along, my dear fellow, for it's an urgent call."
In a quarter of an hour or so we were back at the physician's house. He came running out to meet us with a face of horror.
"Oh, such a business!" he cried, with his hands to his temples.
"What then?"
"Blessington has committed suicide!"
Holmes whistled.
"Yes, he hanged himself during the night."
We had entered, and the doctor had preceded us into what was evidently his waiting-room.
"I really hardly know what I am doing," he cried. "The police are already upstairs. It has shaken me most dreadfully."
"When did you find it out?"
"He has a cup of tea taken in to him early every morning. When the maid entered, about seven, there the unfortunate fellow was, hanging in the middle of the room. He had tied his cord to the hook on which the heavy lamp used to hang, and he had jumped off from the top of the very box that he showed us yesterday."
Holmes stood for a moment in deep thought.
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Resident Patient" )

単語と意味:

scrawl
なぐり書きする
日本語訳:

「何か新しいニュースがあったのかね?」
「悲劇らしい。だが、詳しいことは分からない。」 ブラインドを引き上げながら、彼はそう言った。「これを見たまえ。ノートをちぎった紙片に「お願いですから、すぐに来て下さい--P.T.」と鉛筆で殴り書きをしている。わが友なる医師はこれを書いたとき、やっとの思いだったんだろう。一緒に来てくれ。緊急事態なんだ。」
約15分で私たちは医者の家に舞い戻った。彼は恐怖の表情で私たちに走り寄った。
「おお、たいへんなことです!」と彼はこめかみに手を当てて叫んだ。
「いったい何だというのですか?」
「ブレシントンが自殺したんです!」
ホームズは口笛を吹いた。
「ええ、彼は夜のうちに首をつったんです。」
私たちは中に入り、医師は私たちを先導して待合室へ案内した。
「私は本当にどうしたらいいか分からないんです。」と彼は叫んだ。「警察の方はすでに2階にいます。私はもう恐ろしくて、震えがとまりません。」
「いつごろ発見したのですか?」
「彼はけさ早く、紅茶を持ってこさせていました。7時頃メイドが部屋に入ると、かわいそうな仲間が部屋の真ん中で首をつっていたのです。彼は元々重いランプがつるされていたフックにコードを結びつけて、昨日私たちに見せてくれた金庫の上から飛び降りたのです。」
ホームズは立ったまま、しばらく深い瞑想にふけっていた。

しかし、ホームズがブレシントンの部屋を詳しく検証した結果、これは自殺ではなく、巧妙に仕組まれた殺人だと断定します。

  "Noticed anything peculiar about the room?" asked Holmes.
"Found a screw-driver and some screws on the wash-hand stand. Seems to have smoked heavily during the night, too. Here are four cigar-ends that I picked out of the fireplace."
"Hum!" said Holmes, "have you got his cigar-holder?"
"No, I have seen none."
"His cigar-case, then?"
"Yes, it was in his coat-pocket."
Holmes opened it and smelled the single cigar which it contained.
"Oh, this is a Havana, and these others are cigars of the peculiar sort which are imported by the Dutch from their East Indian colonies. They are usually wrapped in straw, you know, and are thinner for their length than any other brand." He picked up the four ends and examined them with his pocket-lens.
"Two of these have been smoked from a holder and two without," said he. "Two have been cut by a not very sharp knife, and two have had the ends bitten off by a set of excellent teeth. This is no suicide, Mr. Lanner. It is a very deeply planned and cold-blooded murder."

(from Conan Doyle, "The Adventure of the Resident Patient")

日本語訳:

「この部屋で何か変わったことに気づきませんでしたか?」とホームズは尋ねた。
「洗面台の上にネジ回しが1本とネジが数本ありました。それに、一晩中濃い煙が部屋に充満してたようです。ここにあるのは、私が暖炉から拾い上げたたばこの吸い殻4本です.
「フム!」とホームズは言った。「彼のパイプはありましたか?」
「いいえ、見ませんでした。」
「では、煙草入れはどうですか?」
「はい、彼のコートのポケットにありました。」
ホームズはそれを開け、その中の1本を取り出して、匂いを嗅いだ。
「おお、これはハバナだ。それから、他の煙草は東インドの植民地からオランダ人によって輸入された特別な種類のものだ。これらはふつう、麦わらで包装されていて、他のブランドより細いんだ。」彼は4本の吸い殻を取り上げ、携帯用拡大鏡で調べた。
「この吸い殻のうち2つはパイプで吸ったもので、あとの2つはパイプなしで吸っている。」と彼は言った。「2つはあまり鋭くないナイフで切ってあり、あとの2つは丈夫な歯でかみ切っている。これは自殺ではありませんよ、ラナー警部。これは緻密に計画された冷血漢による殺人だ。」

(ホームズは葉巻のにおいを嗅いだ
Illustration by Sydney Paget

ホームズは、「犯行には3人の男が関与している」といい、事件の経緯をこう推理しました。

"Oh, there could be no question as to the superimposing of the footmarks. I had the advantage of learning which was which last night. They ascended, then, to Mr. Blessington's room, the door of which they found to be locked. With the help of a wire, however, they forced round the key. Even without the lens you will perceive, by the scratches on this ward, where the pressure was applied.
"On entering the room their first proceeding must have been to gag Mr. Blessington. He may have been asleep, or he may have been so paralysed with terror as to have been unable to cry out. These walls are thick, and it is conceivable that his shriek, if he had time to utter one, was unheard.
"Having secured him, it is evident to me that a consultation of some sort was held. Probably it was something in the nature of a judicial proceeding. It must have lasted for some time, for it was then that these cigars were smoked. The older man sat in that wicker chair; it was he who used the cigar-holder. The younger man sat over yonder; he knocked his ash off against the chest of drawers. The third fellow paced up and down. Blessington, I think, sat upright in the bed, but of that I cannot be absolutely certain.
"Well, it ended by their taking Blessington and hanging him. The matter was so prearranged that it is my belief that they brought with them some sort of block or pulley which might serve as a gallows. That screw-driver and those screws were, as I conceive, for fixing it up. Seeing the hook, however, they naturally saved themselves the trouble. Having finished their work they made off, and the door was barred behind them by their confederate."

(from Conan Doyle, "The Adventure of the Resident Patient")

単語と意味:

wardgagparalyseshriekwickeryonderpulleygallowsmake off(=make away)confederate
〔異なる鍵を阻止する〕鍵穴の突起、〔鍵穴の突起に対応する〕鍵の刻み目
...にさるぐつわをはめる
麻痺する
8恐怖、苦痛などで)悲鳴を上げる
(籐などの)枝編み加工
向こう側に
滑車
絞首台
急いで逃げる、立ち去る
(犯罪の)共謀者
日本語訳:

「ああ、足跡の重なり具合を見れば、(3人が上った順序について)疑問の余地はないよ。ぼくは昨夜、どの足跡がだれのものか確かめておいたんだ。それから、彼らはブレシントン氏の部屋まで上ったが、ドアに鍵がかかっていることを知った。そこで、ワイヤーの助けを借りて、鍵をこじ開けた。拡大鏡を使わなくても、この鍵穴の突起部についているひっかき傷を見れば、そこに圧力が加えられていることがわかるだろう。」
「部屋に入ったとき、彼らがすぐにとった行動は、ブレシントン氏にさるぐつわをはめることだったに違いない。彼はぐっすりと眠っていたか、それとも恐怖で麻痺したために、叫び声を上げることができなかった。ここの壁は厚いので、たとえ悲鳴をあげることができても、他へは届かなかっただろうね。」
「彼を縛り上げたあと、なんらかの相談がなされた形跡がある。たぶん、それは一種の裁判のような性格のものだっただろう。それはしばらくの間続いたに違いない。というのは、煙草はそのときに吸ったものだからだ。年配の男はそこの籐椅子に座っていた。パイプを使っていたのは彼だ。若い男は向こう側に座っていた。彼は引き出しに煙草の灰を押しつけて落としている。第3の男は、部屋の中を行ったり来たりしていた。ブレシントンはベッドに直立して座っていたと思うが、それについて確信はもてない。」
「さて、相談の結果、ブレシントンを絞首刑にすることになった。その手はずはあらかじめ準備してあったので、彼らは絞首台になるようなブロックか滑車のようなものを持ってきたのだろうと思う。ネジ回しとネジは、この台を固定するためのものだったのだろう。けれども、フックがあるのを見て、彼らは当然のことながら手間を省いたというわけさ。犯行を終えた後、彼らはすぐに現場を立ち去った。ドアは共犯者が後ろからロックしたのです。」

やがて、警部が犯人の一味である給仕を捕らえ、ホームズも調査を終えて現場に戻りました。そして、ホームズは、殺害されたブレシントンと、彼を殺害した3人の男が、有名な銀行強盗事件の犯人グループであることを告げました。3人は出所後、仲間を裏切ったブレシントンに復讐するために犯行に及んだのでした。

(「捕まえたんですか!」私たちは叫んだ。
Illustration by Sydney Paget )

(『入院患者』 おわり)

ギリシャ語通訳 The Adventure of the Greek Interpreter

(物語に登場するロンドン市内の場所)

マイクロフト・ホームズ

ある夏の夕方、ホームズはワトソンに初めて実兄について話をしました。そして、懐中時計を引き出しながら、「これから兄のマイクロフトを紹介するよ」と言うのでした。

(ホームズは懐中時計をひきだして言った。
Illustration by Sydney Paget )

「兄はぼくよりも観察力が鋭いんだよ」とホームズは言いました。「君より年下なのか?」「7つ年上だ」「ではなぜ、彼は無名なんだい?」「いや、彼は内輪のサークルでは有名だよ」「それはどこにあるんだい?」「例えば、ディオゲネス・クラブだよ」。
「ディオゲネス・クラブというのは、ロンドンでも指折りの風変わりなクラブで、マイクロフトも風変わりな男の一人だ。彼はいつも午後5時15分前から8時20分前までそこにいるんだ。いま6時だ。もしよかったら、天気もいいことだし、この奇妙なクラブと奇妙な人物を紹介しよう。」とホームズがワトソンに言いました。

それから5分後には、ホームズとワトソンは通りに出て、リージェント・サーカス(地図の19)に向かって歩いていました。ホームズが言うには、マイクロフトは観察力と推理力には長けているが、その方面の野心とエネルギーには欠けていました。しかし、数字にはめっぽう強く、政府のある部署で会計検査の仕事をしているとのことでした。マイクロフトはポール・モール(地図の21)に住んでおり、毎朝、勤務先のホワイトホール(地図の18)に行き、毎晩帰宅するという生活をしていました。自宅の真後ろにあるディオゲネス・クラブ(地図の21)が彼の出向く唯一の場所でした。

ディオゲネス・クラブは、ロンドンでもっとも社交嫌いの人たちのために設立されました。ここでは、他の会員に関心を払ってはいけないことになっています。接客用の部屋以外では話すことも禁じられていました。マイクロフトはこのクラブの発起人の一人でした。

ホームズとワトソンは、セント・ジェームズ街(地図の20)を南下して、ポールモール街に入りました。そして、カールトン・クラブ(地図の22)から少し距離をおいた所にある建物の前で立ち止まり、話をしないようにと私に注意してから、先に立ってホールに入っていきました。

ホームズは、ワトソンを小さな部屋で待たせたあと、兄のマイクロフト・ホームズを伴って戻ってきました。マイクロフトは、がっしりした体つきの背の高い男で、シャーロックと同じような鋭い顔つきをしていました。

(マイクロフト・ホームズ
Illustration by Sydney Paget )

ギリシャ人通訳の恐怖の体験談

ひとしきり歓談したあと、マイクロフトがシャーロックに奇怪な事件の話を持ち出しました。ホームズが興味を示したのを見て、マイクロフトはメラスというギリシャ系の通訳を呼び出し、驚くべき体験談を聞かせました。メラス氏はロンドンで一番のギリシャ語通訳といわれる有名人でした。2日前の月曜日の夜、ラティマーと名乗る若い男がメラス氏を訪ねてきて、ギリシャの友人が仕事でギリシャ語の通訳を必要としているので、ケンジントンまで一緒に来てほしいと頼みました。メラス氏は、せき立てられるように辻馬車に乗せられ、チャリング・クロス(地図の26)を抜け、シャフツベリ通り(地図の28)を走って行きました。そこからオクスフォード街(地図の29)に出たので、不審に思い、ケンジントンへ行くには回り道ではないかと尋ねると、向かいに座ったラティマーは威嚇するように棍棒を取り出し、両側の窓を引き上げて、外が見えないようにしてしまいました。

(男は窓を引き上げ、外が見えないようにした。 Illustration by Sydney Paget )

2時間ほど走ったところで、馬車は止まり、屋敷に通されました。中にいた中年男にメラスは用件を尋ねました。

"'What do you want with me?' I asked.
"'Only to ask a few questions of a Greek gentleman who is visiting us, and to let us have the answers. But say no more than you are told to say, or -' here came the nervous giggle again-'you had better never have been born.'
"As he spoke he opened a door and showed the way into a room which appeared to be very richly furnished, but again the only light was afforded by a single lamp half-turned down. The chamber was certainly large, and the way in which my feet sank into the carpet as I stepped across it told me of its richness. I caught glimpses of velvet chairs, a high white marble mantel-piece, and what seemed to be a suit of Japanese armour at one side of it. There was a chair just under the lamp, and the elderly man motioned that I should sit in it. The younger had left us, but he suddenly returned through another door, leading with him a gentleman clad in some sort of loose dressing-gown who moved slowly towards us. As he came into the circle of dim light which enables me to see him more clearly I was thrilled with horror at his appearance.
He was deadly pale and terribly emaciated, with the protruding, brilliant eyes of a man whose spirit was greater than his strength. But what shocked me more than any signs of physical weakness was that his face was grotesquely criss-crossed with sticking-plaster, and that one large pad of it was fastened over his mouth.

(from Conan Doyle, "The Adventure of the Greek Interpreter" )

単語と意味:

gigglearmourcladtab4emaciatedprotrudecriss-crosssticking-plaster
くすくす笑い、忍び笑い
よろいかぶと、甲冑
着た、(...に)覆われた
content4
(病気、栄養不足などで)やつれた
((...から)突き出る、はみ出る、(目が)とび出ている
(...に)十文字(の模様)を書く、縦横に線を引く
(英)ばんそうこう(=plaster)

「私に何をしてほしいのですか?」と私は尋ねました。
「私どもを訪ねて来ているさるギリシャの紳士にいくつか質問をしていただき、返答をもらうだけです。ただし、こちらの話す以上のことを言ってはなりません。さもないと...」 −ここでまたもや神経質な忍び笑いをしながら、「生まれてこなければよかったと思いますぞ。」
「こう言うと、彼はドアを開け、豪華に装飾された部屋に招き入れました。この部屋にもランプは一つだけで、しかも半分しかついていませんでした。部屋はたしかに大きく、私が歩いて行くと、足が絨毯に沈み込むので、豪華なものだということが分かりました。ビロードを張った椅子や背の高い白大理石のマントルピースや日本製の甲冑のようなものが目に入りました。ランプの下には椅子があり、年配の男が身振りで私に座れと言いました。若い男は離れて行きましたが、突然別のドアから一人の紳士を伴って戻ってきました。この紳士はだぶだぶのガウンを羽織り、ゆっくりと私たちの方に近づいてきました。彼が弱い光の輪の中に入ってきたとき、彼の顔がはっきり見えたのですが、その容貌を見て、私は恐怖のあまり戦慄しました。
彼は死んだように青ざめ、恐ろしくやつれており、体力よりも精神力の方が勝っているというように、目がとびだし、きらきらと光っていました。けれども、私がなによりもショックを受けたのは、彼の体力が弱っているという兆候以上に、顔中に絆創膏がグロテスクな形で縦横に貼られていて、口の上にも大きな絆創膏が張ってあったことでした。

(私は彼の顔を見て、恐怖で戦慄しました。
Illustration by Sydney Paget )

その中年男は、連れて来られた男性に石板と石筆を渡し、メラスに、「こちら言うとおりに彼にギリシャ語で質問をしてください。すると彼はギリシャ語で答えを書きますから」と言いました。そして、まず書類にサインする気があるかどうか尋ねるように言いました。そこからのやりとりは次のようなものでした。

"'Never!' he wrote in Greek upon the slate.
"'On no condition?' I asked, at the bidding of our tyrant.
"'Only if I see her married in my presence by a Greek priest whom I know.'
"The man giggled in his venomous way.
"'You know what awaits you, then?'
"'I care nothing for myself.'
"These are samples of the questions and answers which made up our strange half-spoken, half-written conversation. Again and again I had to ask him whether he would give in and sign the documents. Again and again I had the same indignant reply. But soon a happy thought came to me. I took to adding on little sentences of my own to each question, innocent ones at first, to test whether either of our companions knew anything of the matter, and then, as I found that they showed no signs I played a more dangerous game. Our conversation ran something like this:
"'You can do no good by this obstinacy. Who are you?'
"'I care not. I am a stranger in London.'
"'Your fate will be upon your own head. How long have you been here?'
"'Let it be so. Three weeks.'
"'The property can never be yours. What ails you?'
"'It shall not go to villains. They are starving me.'
"'You shall go free if you sign. What house is this?'
"'I will never sign. I do not know.'
"'You are not doing her any service. What is your name?'
"'Let me hear her say so. Kratides.'
"'You shall see her if you sign. Where are you from?'
"'Then I shall never see her. Athens.'
"Another five minutes, Mr. Holmes, and I should have wormed out the whole story under their very noses. My very next question might have cleared the matter up, but at that instant the door opened and a woman stepped into the room. I could not see her clearly enough to know more than that she was tall and graceful, with black hair, and clad in some sort of loose white gown.
"'Harold,' said she, speaking English with a broken accent. 'I could not stay away longer. It is so lonely up there with only-Oh, my God, it is Paul!' "These last words were in Greek, and at the same instant the man with a convulsive effort tore the plaster from his lips, and screaming out 'Sophy! Sophy!' rushed into the woman's arms.
Their embrace was but for an instant, however, for the younger man seized the woman and pushed her out of the room, while the elder easily overpowered his emaciated victim, and dragged him away through the other door.

(from Conan Doyle, "The Adventure of the Greek Interpreter" )

単語と意味:

biddinggigglevenomoustab4indignantobstinacyailworm something out of someonecladmake a convulsive effortplasteroverpoweemaciated
命令、言いつけ
くすくす笑う
悪意(憎しみに)に満ちた
content4
憤慨した、怒った、立腹した、憤る
頑固さ、強情
...を苦しめる、悩ます
(..から)情報などを引き出す
(...を)着た、(...に)覆われた
必死に努力する
絆創膏
...を征服する、圧倒する
(病気、栄養不足で)やつれた、痩せ衰えた

日本語訳:

「ぜったい嫌だ!」と彼は石板にギリシャ語で書いた。
「どんな条件をつけてもか?」と私は暴君の言われるとおりに尋ねた。
「私が知っているギリシャ人司祭によって彼女が結婚するのを私がこの目で見るのでないかぎり駄目だ。」
「男は憎々しげな表情でニタニタ笑いました。」
「それでは、お前がどうなるか分かっているんだな?」
「私はどうなってもいい。」
「こうした質問と返答のやりとりは、私たちの間で半分は口頭で、半分は筆記で交わされた会話の一例です。何度となく、私は彼に降参して文書にサインするかどうか尋ねなければなりませんでした。そして、その度に、怒りに満ちた返答を受け取りました。けれども、しばらくしていい考えが浮かびました。それぞれの質問のあとに、私の聞きたいことをちょっとだけ付け加えることにしたのです。ただし、最初は一緒にいる男達がそのことに気づくかどうかをテストするために、何気ない質問を入れてみました。けれども、彼らが気づく気配がなかったので、もっと大胆なゲームをすることにしました。私たちの会話はこんな具合に進行しました。:
「そんなに強情を張っていると、ためにならないぞ。あなたはだれですか?
「かまわない。ロンドンに初めて来た者です。」
「お前の運命は、お前次第だぞ。ここにはどれくらいいるのですか?
「なりゆきに任せるだけだ。3週間になります。
「財産はぜったいお前のものにはならないからな。何に困っていますか?
「悪者どもには渡さないぞ。彼らは私を餓死させようとしています。」
「もしサインすれば、放免してやるぞ。この家は何ですか?
「ぜったいにサインはしないぞ。わかりません。」
「そうやっていると、彼女のためにはならないぞ。あなたのお名前は?
「彼女がそう言っているのか聞かせてくれ。クラティデスといいます。」
「お前がサインすれば、彼女に会わせてやる。あなたはどこから来たのですか?
「それなら、私は彼女には会わないつもりだ。アテネです。」
「ホームズさん、あと5分あれば、彼らの鼻先ですべての事情を聞き出せるところでした。まさに次の質問で事態が明らかになったかもしれないのですが、その瞬間、扉が開いて一人の婦人が部屋に入ってきたのです。私はそのとき、彼女の背が高くて上品そうだということ、髪は黒くて、薄手の白いガウンを羽織っていること以外分かりませんでした。「ハロルド」と彼女はカタコトの英語で言いました。「私はこれ以上独りではいられないわ。あそこは本当に寂しいところなんですもの。ああ、よかった、ポールなのね!」「この最後の言葉はギリシャ語でした。それと同時に、その男は必死に努力して唇から絆創膏をはがし、「ソフィー!ソフィー!」と叫びながら婦人の腕に飛び込みました。」
「けれども、彼らの抱擁はほんの一瞬しか続きませんでした。若い方の男が婦人を掴んで部屋の外に押しやり、年配の方の男がこのやつれ果てた犠牲者を圧倒して、別の扉から引きずり出してしまったからです。」

(ソフィー!ソフィー!
Illustration by Sydney Paget )

このあと、中年男はメラス氏に謝礼として5ポンドを渡し、「このことを他の人に話したら、タダでは置かないぞ」と脅した上で、ラティマー氏が馬車でメラス氏を送り返しました。時刻は深夜の12時半になっていました。馬車が止まったところは、遠くの知らない場所で、鉄道の信号が見えるところでした。メラス氏が途方に暮れてあたりを見回していると、暗闇から男が近づいてきました。それは鉄道員でした。「ここはどこですか?」と聞くと、「ワンズウォース・コモン(地図の30)ですよ」と彼は言いました。「町へ行く列車に乗れますか?」と聞くと、「1マイル歩けば、クラファム・ジャンクション駅(地図の31)につきます。ヴィクトリア駅行きの最終列車に間に合うでしょう」ということでした。こうして、メラス氏は無事に帰還し、恐怖の体験談を話し終えました。

暴かれた悪事

マイクロフトは、この事件について、次のような新聞広告を出して、ギリシャ人の行方を突き止めようとしました。

"'Anybody supplying any information to the whereabouts of a Greek gentleman named Paul Kratides, from Athens, who is unable to speak English, will be rewarded. A similar reward paid to any one giving information about a Greek lady whose first name is Sophy. X 2473.'

日本語訳:

「アテネ出身のポール・クラティデスという名前のギリシャ人男性の行方についての情報を提供してくれた方には報酬を差し上げます。この男性は英語を話せません。ソフィーという名前のギリシャ人女性についての情報を提供してくれた方にも同様に報酬を差し上げます。X 2473.」

ホームズとワトソンが歩いてベイカー街の自宅に帰ってみると、マイクロフトが肘掛け椅子に座って待ち受けていました。

(「入りたまえ」とマイクロフトは穏やかに言った
Illustration by Sydney Paget )

マイクロフトは、新聞広告に反応があったことを知らせました。J.ダヴェンポートという名前で、「広告にある若い女性はいま、ベクナム(地図の33)のマートルズ屋敷に住んでいる」というものでした。投書の主はロウワー・ブリクストンから投函していました。

ホームズは、ギリシャ人の兄の命が危機に瀕していると察知して、メラス氏を連れて現場に駆けつけることにしました。しかし、メラス氏はすでに一人の紳士が迎えに来て、出かけたあとでした。ホームズは、大変なことが起こりそうだ直感して、グレグスン警部を伴って、現場に向かいました。ロンドン・ブリッジ駅(地図の34)に着いたのが午後10時15分前、ベクナム駅(地図の35)に着いたときには10時半をまわっていました。そこから馬車で半マイルほど行くと、マートルズ屋敷に着きました。しかし、犯人達はすでに、屋敷を後にしたことをホームズは馬車のわだちで探知しました。

家の扉は閉ざされていましたが、ホームズが窓をこじ開けたので、ホームズたちはこの窓から室内に入って捜索しました。すると、3階からうめき声が聞こえてきます。ホームズは階段を駆け上がり、ドアを開けて飛び込みました。しかし、すぐに喉に手をあてて出てきました。部屋には木炭が充満していたのです。

(「木炭だ!」と彼は叫んだ
Illustration by Sydney Paget )

Peering in, we could see that the only light in the room came from a dull blue flame which flickered from a small brass tripod in the centre. It threw a livid, unnatural circle upon the floor, while in the shadows beyond we saw the vague loom of two figures which crouched against the wall. From the open door there reeked a horrible poisonous exhalation which set us gasping and coughing. Holmes rushed to the top of the stairs to draw in the fresh air, and then, dashing into the room, he threw up the window and hurled the brazen tripod out into the garden. "We can enter in a minute," he gasped, darting out again. "Where is a candle? I doubt if we could strike a match in that atmosphere. Hold the light at the door and we shall get them out, Mycroft, now!" With a rush we got to the poisoned men and dragged them out into the well-lit hall. Both of them were blue-lipped and insensible, with swollen, congested faces and protruding eyes. Indeed, so distorted were their features that, save for his black beard and stout figure, we might have failed to recognise in one of them the Greek interpreter who had parted from us only a few hours before at the Diogenes Club. His hands and feet were securely strapped together, and he bore over one eye the marks of a violent blow. The other, who was secured in a similar fashion, was a tall man in the last stage of emaciation, with several strips of sticking-plaster arranged in a grotesque pattern over his face. He had ceased to moan as we laid him down, and a glance showed me that for him at least our aid had come too late. Mr. Melas, however, still lived, and in less than an hour, with the aid of ammonia and brandy I had the satisfaction of seeing him open his eyes, and of knowing that my hand had drawn him back from that dark valley in which all paths meet.

単語と意味:

dullflikerbrasstripodlividloomcrouchexhalationgasphurllividdartcongestedprotrudingemaciationmoan
(色などが)明るくない、輝いていない
(灯などが)明滅する、ちらちら見える
真鍮
三脚台
青黒い
ぼんやりと現れる
うずくまる
(煙などを)吐き出すこと、発散
あえぐ、はあはあ息をする
強くほうる、なぐつける、ほうり投げる
青黒い
飛んでいく
うっ血した、充血した
とび出た
やつれ
うめき声
日本語訳:

中をのぞくと、部屋の真ん中に置かれた小さな三脚台のちらちら灯る薄暗く青い炎からの光だけしか見えなかった。それは床に青黒い不自然な円形を投影していた。その奥に私たちは壁にもたれてうずくまっている二人の人物を認めた。開け放ったドアから恐ろしい毒性の気体が漏れ出し、私たちは息が苦しくなり、咳き込んだ。ホームズは梯子をかけ上がって新鮮な空気を入れ、それから部屋に飛び込んで窓を引き上げ、真鍮の三脚台を庭に放り投げた。「すぐに部屋に入れるようになります」と彼はあえぎながら言い、再び部屋から飛び出してきた。「ろうそくはどこにある?あの空気では、マッチをすることもできないかもしれないな。マイクロフト、ドアのところで灯りをかざしておいてくれないか、そうすれば彼らを外に運び出せるだろう。」 私たちはすぐに毒を吸った男達のところへ行き、彼らを明るいホールに引きずり出した。二人とも唇が青ざめ、意識がなかった。顔は膨れて、充血していた。事実、彼らの顔があまりにもゆがんでいたので、黒いひげとがっちりした体つきを見なければ、そのうち一人が、ディオゲネス・クラブでつい数時間前に別れたばかりのギリシャ人通訳であることにきがつかなかったかもしれない。彼の手足は厳重に縛られており、片方の目には殴られた跡があった。もう一人は同じように縛られていたが、背の高い男で、やつれで死にそうな様相を呈しており、顔にはグロテスクな絆創膏がいくつも貼られていた。私たちが彼を床に横たえたときには、うめき声も消え、少なくとも彼の場合は手遅れであることが見て取れた。けれども、メラス氏はまだ生きており、1時間もしないうちに、アンモニアとブランディで私が手当てしたおかげで、彼は目を開けて、死の淵から無事生還したことが確認できた。

メラス氏が語ったところによると、彼はラティアスに再び誘拐され、ベクナムの屋敷で再度通訳をさせたが、ギリシャ人は最後まで屈しなかったので、彼を監禁し、メラス氏には新聞広告の件で裏切ったとして棍棒で殴り、気絶させたということでした。

新聞広告に応じてきた紳士の話によると、監禁されていた女性はギリシャの資産家の娘で、イングランドにいる友人達を訪ねてきたということでした。そして、ハロルド・ラティマーと名乗る青年と知り合い、男は彼女に駆け落ちしようと迫った。アテネにいる彼女の兄はこのことを知り、イングランドに来たが、ラティマーと前科者の仲間の手に落ち、監禁されてしまった、そして、妹の財産を譲るという書類に署名させようとしたのでした。

二人の悪党は娘を連れて逃げ去りました。その後、ワトソンとホームズのもとにブタペストから奇妙な新聞の切り抜きが送られてきました。そこには、女性を連れた2人のイングランド人が悲劇的な死を遂げたという記事がありました。ハンガリーの警察によると、二人は喧嘩となって互いに相手を刺し殺したと推測されるということでした。しかし、シャーロック・ホームズの説は、女性が兄とのことで二人に復讐をはかったのだろうというものでした。

(『ギリシャ語通訳』 おわり)

最後の事件 The Adventure of the Final Problem

これは、『シャーロック・ホームズの思い出』の最終章です。この中で、シャーロック・ホームズは、悪の世界に君臨する宿敵モリアーティを追い詰めますが、スイスのライヘンバッハ滝(Reichenbachfall 地図の52)で最後の対決をしました。

(ホームズとモリアーティが最後の対決をしたライヘンバッハ滝
photo by Tom Edwards from Flickr CC)

(ライヘンバッハ滝の周辺地図)

(シャーロック・ホームズの死
Illustration by Sydney Paget )

ホームズ「最後の物語」

1891年4月24日、フランスから帰ってきたホームズは、久しぶりにワトソンを訪問しました。いつもより顔色が悪く、誰かに追われているようでした。また、指の関節からは血が出ていました。そして、一緒に1週間大陸へ行くことをワトソンに提案しました。「どこに?」というワトソンの質問に、「どこでもいい」とホームズは答えました。いつものホームズらしからぬ提案です。ホームズは自分の置かれた状況を説明しました。

悪の世界の黒幕、モリアーティ

ここで突然、ホームズは、モリアーティ教授なる人物について語り始めました。(訳注:モリアーティ教授への言及は、「ホームズ」シリーズでこれが初めて)。ホームズによれば、モリアーティはロンドンの犯罪世界の最高峰にいる最大の悪人であり、彼を倒すことがホームズの最大の目標だというのです。モリアーティは数学の才能に恵まれ、大学で数学の教授になりました。しかし、彼は遺伝的に犯罪者の形質を受け継いでいたため、彼についての悪い噂が流れ、大学教授を辞めざるを得なくなり、ロンドンに出てきました。その後、犯罪に手を染め、ロンドンの犯罪世界の最大の黒幕になったようです。以下は、ホームズによるモリアーティの実像です。

  "As you are aware, Watson, there is no one who knows the higher criminal world of London so well as I do. For years past I have continually been conscious of some power behind the malefactor, some deep organising power which forever stands in the way of the law, and throws it shield over the wrong-doer. Again and again in cases of the most varying sorts - forgery cases, robberies, murders-I have felt the presence of this force, and I have deduced its action in many of those undiscovered crimes in which I have not been personally consulted. For years I have endeavoured to break through the veil which shrouded it, and at last the time came when I seized my thread and followed it, until it led me, after a thousand cunning windings, to ex-Professor Moriarty of mathematical celebrity.

He is the Napoleon of crime, Watson. He is the organiser of half that is evil and of nearly all that is undetected in this great city. He is a genius, a philosopher, an abstract thinker. He has a brain of the first order. He sits motionless, like a spider in the centre of its web, but that web has a thousand radiations, and he knows well every quiver of each of them. He does little himself. He only plans. But his agents are numerous and splendidly organised. Is there a crime to be done, a paper to be abstracted, we will say, a house to be rifled, a man to be removed-the word is passed to the Professor, the matter is organised and carried out. The agent may be caught. In that case money is found for his bail or his defence. But the central power which uses the agent is never caught-never so much as suspected. This was the organisation which I deduced, Watson, and which I devoted my whole energy to exposing and breaking up.

単語と意味:

malefactorshildwrong-doerforgeryshroudthreadcunningwindingquiverriflebail
悪人、犯人
保護する、守る
悪事を働く人
偽造
覆う、包む、隠す
悪賢い、狡猾な、巧みな
屈曲
振動
(物)を盗む
保釈
日本語訳:

「君も気がついているように、ワトソン、ロンドンの犯罪世界についてぼくほど詳しい者はいない。過去数年間、ぼくは悪人達の背後に何か大きな力があることに気づいていた。それは法律の前に立ちはだかり、悪人たちを守っている組織的な力だ。偽造事件、強盗事件、殺人事件など、きわめて多様な犯罪において、こうした力の存在をぼくは感じていた。そして、ぼくが依頼を受けなかった多くの未解決犯罪の中にこうした力を感じていた。ぼくはそうした犯罪を覆い隠しているベールをはがそうと努めてきた。そして、ついにその尻尾をつかむ時が来たのだ。そして、何千回という紆余曲折の末に、元数学教授モリアーティを捕まえるところまでたどり着いたのだ。」
「ワトソン君、彼は犯罪界のナポレオンだ。彼は悪の世界の半分と、未解決事件のほとんどに関わっている。彼は天才で、哲学者で、抽象的な思考家だ。彼の頭脳は第一級だ。彼は巣の中心にいる蜘蛛のように、じっとして動かない。しかし、その蜘蛛の糸はおびただしい数の糸を張り巡らしていて、それらのすべての動きを熟知している。彼自身はほとんど何もしない。その代わりに、彼の手下が無数にいて、非常によく組織されている。なされるべき犯罪があるとき、盗むべき書類があるとき、強盗に入るべき家があるとき、抹殺すべき人間がいるとき、教授のもとに情報が伝えられ、計画が組織され、実行に移される。その手下は捕まるかもしれないが、保釈や弁護のための金が用意される。しかし、手下を使っている中央の権力者は決して捕まらない。容疑をかけられることすらないのだ。これがぼくの推理した組織であり、それを暴き出し打倒するために全精力を注いできたものなんだよ、ワトソン君。」

しかし、モリアーティはへまを犯し、尻尾をつかまれた、とホームズは言いました。そして、3日後の月曜日には、モリアーティと彼の主立った共犯者達は警察に捕まり、裁判にかけられて、極刑を言い渡されるだろう、と言いました。

ところが、モリアーティはこの動きを察知し、ホームズを脅迫する手段に出ました。今朝ほど、モリアーティ教授が突然ホームズ宅を訪問したのです。

"My nerves are fairly proof, Watson, but I must confess to a start when I saw the very man who had been so much in my thoughts standing there on my thresh-hold. His appearance was quite familiar to me. He is extremely tall and thin, his forehead domes out in a white curve, and his two eyes are deeply sunken in this head. He is clean-shaven, pale, and ascetic-looking, retaining something of the professor in his features. His shoulders are rounded from much study, and his face protrudes forward, and is forever slowly oscillating from side to side in a curiously reptilian fashion. He peered at me with great curiosity in his puckered eyes.

単語と意味:

asceticoscillatereptilianpuckeredfrontal
禁欲主義の
揺れる
は虫類のような、陰険な
...にしわを寄せる、まゆをしかめる
前額(ぜんがく)の

日本語訳:

ワトソン、ぼくは神経が太いほうだが、それまでずっと考え続けてきたその本人が玄関口に立っているのを見たときは、正直いってビビったよ。彼の容貌はまさに予想したとおりだった。彼は非常に背が高くて痩せている。ひたいは白い曲線を描いて突き出ている。二つの目はこの頭に深く沈み込んでいる。ひげをきれいに剃っており、青白く、禁欲的な顔立ちで、教授らしい威厳のある風采をしていた。彼の肩は長年の研究のせいか曲がっており、顔は前へ突き出ていた。そしては虫類のように常に体を左右に揺らしていた。彼は眉をしかめながら私を興味深そうに見つめていた。」

「君は私が予想していたほど前額が発達していないな。」と彼はとうとう言った。自分のガウンの下で弾の入った銃器に指をかけているのは危険な習慣だよ」。

「実際の所、ぼくは彼が入ってきたとき、すぐに自分がきわめて危険な状況に置かれているのを感じたんだ。

モリアーティはホームズに対し、これ以上彼の組織の邪魔をするな、と脅迫しました。ホームズはこれに応じませんでした。

"He rose also and looked at me in silence, shaking his head sadly. "'Well, well,' said he, at last. 'It seems a pity, but I have done what I could. I know every move of your game. You can do nothing before Monday. It has been a duel between you and me, Mr. Holmes. You hope to place me in the dock. I tell you that I will never stand in the dock. You hope to beat me. I tell you that you will never beat me. If you are clever enough to bring destruction upon me, rest assured that I shall do as much to you.' "'You have paid me several compliments, Mr. Moriarty,' said I. 'Let me pay you one in return when I say that if I were assured of the former eventuality I would, in the interests of the public, cheerfully accept the latter.' "'I can promise you the one, but not the other,' he snarled, and so turned his rounded back upon me, and went peering and blinking out of the room.

単語と意味:

dockcomplimentsnarl
被告席
賛辞、ほめ言葉
...どなるように言う、つっけんどんに言う
日本語訳:

彼も立ち上がり、悲しそうに頭を振りながら、静かにぼくを見た。「そうか、わかった。」彼はとうとう言った。「残念なことだが、私はできるだけのことはした。私には君の手の内は全部わかっている。君は月曜日まで何もできないだろうよ。ホームズ君、これは君と私の間の決闘だ。君は私を被告席につかせたいと願っているが、私は被告席には絶対に立たないだろう。君は私を倒したいと思っているが、君が私を倒すことは絶対にないだろう。君が私を破滅させるだけの頭脳を持っているとしたら、私も同じだけの頭脳を持っているよ。」「モリアーティさん、あなたは私に褒め言葉をくださった。」とぼくは言った。「お返しにこう言わせてもらいましょう。もし最後にあなたを破滅させることができたなら、公共の利益のために、喜んで自分の破滅を受け入れるでしょう。」「あなたの破滅は約束するが、もう一つの方は約束できないね。」と彼はつっけんどんに言うと、ぼくに背を向けて、あたりをキョロキョロ見回しながら、部屋を出て行った。」

(モリアーティは丸い背中をホームズに向けて、部屋を出て行った。
Illustration by Sydney Paget )

モリアーティの脅迫は言葉だけのものではありませんでした。彼の手下がホームズをたびたび襲ってきたのです。

(「最後の事件」に登場するロンドン市内の場所)

"My dear Watson, Professor Moriarty is not a man who lets the grass grow under his feet. I went out about mid-day to transact some business in Oxford Street. As I passed the corner which leads from Bentinck Street on to the Welbeck Street crossing a two-horse van furiously driven whizzed round and was on me like a flash. I sprang for the foot-path and saved myself by the fraction of a second. The van dashed round by Marylebone Lane and was gone in an instant. I kept to the pavement after that, Watson, but as I walked down Vere Street a brick came down from the roof of one of the houses, and was shattered to fragments at my feet. I called the police and had the place examined. There were slates and bricks piled up on the roof preparatory to some repairs, and they would have me believe that the wind had toppled over one of these. Of course I knew better, but I could prove nothing. I took a cab after that and reached my brother's rooms in Pall Mall, where I spent the day. Now I have come round to you, and on my way I was attacked by a rough with a bludgeon. I knocked him down, and the police have him in custody; but I can tell you with the most absolute confidence that no possible connection will ever be traced between the gentleman upon whose front teeth I have barked my knuckles and the retiring mathematical coach, who is, I dare say, working out problems upon a black-board ten miles away. You will not wonder, Watson, that my first act on entering your rooms was to close your shutters, and that I have been compelled to ask your permission to leave the house by some less conspicuous exit than the front door."

単語と意味:

let the grass grow under one's feetfuriouslywhizzlike a flashfractionin(for) a fractionof a secondtopple overroughbludgeoncustodybarkknuckle
(通例否定文)ぐずぐずして機会を失う;気を抜く
怒り狂って、狂ったように、猛烈な勢いで
疾走する、すばやく通り抜ける
あっという間に
一部
あっという間に、つかの間、たちまち
崩れ落ちる
乱暴者、ごろつき
こん棒
監禁、拘置、留置
(体の部分を)すりむく
指の関節
日本語訳:

ねえ、ワトソン。モリアーティ教授は気を緩めてぐずぐずしているような奴ではないよ。ぼくは昼間、用事でオクスフォード街に出かけたんだ。ベンティング街からウェルベック街に通じる角(地図の37)を曲がったときに、1台の二頭立て馬車が猛烈な勢いで走ってきて、あっという間にぼくの近くまで来た。ぼくはとっさに歩道に飛び上がって、間一髪で助かったんだ。馬車はメリルボーン・レーン(地図の38)の角を曲がって、一瞬のうちに姿をくらました。そのあとは、ずっと歩道を歩いたよ、ワトソン。でも、ぼくがヴィア街(地図の39)を歩いていたら、家並みの一つの屋根からレンガが落ちてきて、ぼくの足元で粉々になった。ぼくは警察を呼んで、現場を検証させた。屋根の上には、修理用にレンガがいくつも積んであった。警察の連中は、風によってレンガが崩れ落ちたのだとぼくに信じさせようとした。もちろん、ぼくはそうではないことをよく知っていたが、それを証明することができなかった。そのあと、ぼくは馬車に乗ってポール・モールにある兄の部屋(地図の40)にたどりつき、その日いっぱいそこで過ごしたのだ。そして今、ぼくは君のところに来たわけだが、その途中でも棍棒をもったごろつきに襲われたんだ。ぼくは彼を殴り倒し、警察が彼を留置した。しかし、確信をもって言えることは、ぼくの指の関節に前歯でかみついてきた男と10マイル以上離れたところで黒板を前に問題を解いている元数学教師との間の関連をつきとめることは不可能だということだ。ワトソン、ぼくが君の家(地図の41)に入って最初にとった行動がシャッターを下ろしたこと、帰るときには正面玄関ではなく、こっそりと目立たないところから出ることの許可を君からもらったことに、もう驚かないだろうね。

イギリスからの脱出行

ホームズは、月曜日に警察がモリアーティ一味を逮捕するまでの間、身の安全を確保するために、ワトソンとともにヨーロッパ旅行をすることになりました。

ヨーロッパ行きは翌日ヴィクトリア駅からということになり、ホームズはワトソンに、当日の行動について具体的な指示を与えました。

"Then these are your instructions, and I beg, my dear Watson, that you will obey them to the letter, for you are now playing a double-handed game with me against the cleverest rogue and the most powerful syndicate of criminals in Europe. Now listen! You will despatch whatever luggage you intend to take by a trusty messenger unaddressed to Victoria to-night. In the morning you will send for a hansom, desiring your man to take neither the first nor the second which may present itself. Into this hansom you will jump, and you will drive to the Strand end of the Lowther Arcade, handling the address to the cabman upon a slip of paper, with a request that he will not throw it away. Have your fare ready, and the instant that your cab stops, dash through the Arcade, timing yourself to reach the other side at a quarter-past nine. You will find a small brougham waiting close to the curb, driven by a fellow with a heavy black cloak tipped at the collar with red. Into this you will step, and you will reach Victoria in time for the Continental express." "Where shall I meet you?" "At the station. The second first-class carriage from the front will be reserved for us." "The carriage is our rendezvous, then?" "Yes."

単語と意味:

double-handedroguebroughamcurb
両手の
悪漢、ごろつき
1頭立て4輪馬車
縁石

日本語訳:

それでは、ワトソン、いまから君に指示を与えるが、それをきちんと守ってほしいんだ。というのは、君はぼくと一緒に、もっとも知恵の働く悪漢とヨーロッパでもっとも強力な犯罪組織との間でゲームをプレイしようとしているからなんだよ。さあ、聞いてくれ!君は持って行きたい荷物をすべて今夜中に信用のおけるメッセンジャーに頼んで、名前をつけずにヴィクトリア駅に届けておいてくれ。明日の朝、使用人に辻馬車を呼びにやってくれ。ただし、最初の2台には乗ってはいけない。次に来た馬車に飛び乗って、ラウザー・アーケード(地図の43)のストランド側の端まで行き、行き先を書いた紙切れを御者に渡して、捨てないよう頼んでおくこと。料金をあらかじめ用意しておき、辻馬車が停まったら、アーケードを駆け抜け、タイミングをはかって反対側に9時15分に着くようにする。ちょうど縁石のそばに小型の1頭立て4輪馬車が待っているはずだ。御者は赤いえり先のついた黒いコートを着ている。それに乗り込んでくれ。そうすれば、君はちょうど大陸間急行列車に間に合う時刻にヴィクトリア駅(地図の45)に着くだろう。

翌朝、ワトソンはホームズの指示通りに動き、無事ヴィクトリア駅に着きました。ホームズが予約しておいた客室も見つかりましたが、肝心のホームズの姿が見当たりません。その代わりに、年老いたイタリア人神父を助けて、その客室まで案内しました。列車のドアが閉まり、ホームズが間に合わなかったと思ったその瞬間、神父に変装したホームズがワトソンに声をかけました。ホームズは、モリアーティらの追跡をかわすために、変装をしていたのでした。

しかし、モリアーティはヴィクトリア駅まで追いかけてきていた。そこで、ホームズ達は敵をまくために、カンタベリーで途中下車し、山を越えてニューヘブンへ行き、大陸へ渡ることにした。その晩ブリュッセルまで行き、2日間滞在したあと、ストラスブールへ移動しました。月曜日の朝、ホームズはロンドン警察に電報を打ち、夕方その返信を受け取りました。それによると、悪人達の大部分は捕らえたものの、モリアーティは取り逃がしたということでした。ホームズは、モリアーティが追ってくる危険を察知し、ワトソンにイギリスに戻ることを勧めました。しかし、ワトソンは長年一緒に戦ってきた親友を見捨てることはできず、一緒に旅を続けることになりました。

スイスへの旅

ホームズとワトソンは、ジュネーヴに入り、そこからマイリンゲンをめざしての旅行が続きました。

For a charming week we wandered up the Valley of the Rhone, and then, branching off at Leuk, we made our way over the Gemmi Pass, still deep in snow, and so, by way of Interlaken, to Meiringen. It was a lovely trip, the dainty green of the spring below, the virgin white of the winter above; but it was clear to me that never for one instant did Holmes forget the shadow which lay across him. In the homely Alpine villages or in the lonely mountain passes, I could tell by his quick glancing eyes and his sharp scrutiny of every face that passed us, that he was well convinced that, walk where we would, we could not walk ourselves clear of the danger which was dogging our footsteps.
Once, I remember, as we passed over the Gemmi, and walked along the border of the melancholy Daubensee, a large rock which had been dislodged from the ridge upon our right clattered down and roared into the lake behind us.
In an instant Holmes had raced up on to the ridge, and, standing upon a lofty pinnacle, craned his neck in every direction. It was in vain that our guide assured him that a fall of stones was a common chance in the spring-time at that spot. He said nothing, but he smiled at me with the air of a man who sees the fulfilment of that which he had expected.

ゲンミ峠を越えて、ダウベン湖のほとりを歩いていたとき、突然大きな岩が落ちてきて、ホームズ一行を襲いました。ホームズは警戒心を募らせます。

(大きな岩が落ちてきた。Illustration by Sydney Paget )

下の地図は、ホームズとワトソンがジュネーヴからライヘンバッハまで旅行したルートを、小説の記述に基づいてたどったものです。

(ジュネーヴからライヘンバッハの滝までの旅行ルート)

ホームズは、ここでワトソンに対し、自分が今死ぬことになったとしても後悔しないだろうと、遺言ともとれる暗示的な発言をしています。

"I think that I may go so far as to say, Watson, that I have not lived wholly in vain," he remarked. "If my record were closed tonight I could still survey it with equanimity. The air of London is the sweeter for my presence. In over a thousand cases I am not aware that I have ever used my powers upon the wrong side. Of late I have been tempted to look into the problems furnished by nature rather than those more superficial ones for which our artificial state of society is responsible. Your memoirs will draw to an end, Watson, upon the day that I crown my career by the capture or extinction of the most dangerous and capable criminal in Europe."

単語と意味:

equanimitycrown
(緊急時の)平静、落ち着き
(努力・経歴など)の最後を栄誉で飾る

日本語訳:

「ワトソン、ぼくはこれまで無駄な人生を送ってはこなかったと言ってもいいと思っている。」と彼は言った。
もし僕の探偵としての経歴が今夜終わるとしても、それを冷静に受けいれるだろう。ごくのおかげでロンドンの空気は以前よりもきれいになった。数千件にのぼる事件簿の中でぼくが自分の力を間違って使ったものは一つもない。近頃は、社会の人工的な状況が生み出す表面的な問題よりも、自然現象の問題を調べたいという欲求が強くなっているんだ。ぼくがヨーロッパでもっとも危険かつ有能な犯罪者を捕まえ、根絶やしにすることによって、ぼくの経歴の最後を栄誉で飾る日が来れば、君の回想録も終わりに近いだろう。

ライヘンバッハ滝に消えたホームズ

スイスの小さな村、マイリンゲンに着いたのは5月3日でした。そこで彼らは「イングリッシャー・ホーフ](Englischer Hof)という宿に泊まりました。このホテルは、Parkhotel du Sauvageがモデルになっているといわれています(下の写真を参照)。

(Englischer Hof (Parkhotel du Sauvage)
How Sherlock Holmes and Dr Watson came to Meiringen...)

翌日の午後、山を越えてローゼンラウイの村に泊まる予定でしたが、宿の主人の強い勧めで、ライヘンバッハの滝を見物することになりました。

ライヘンバッハ滝は、折からの雪解け水を集めて、恐ろしい濁流となって、深い底に流れ落ちていました。断崖の上に立って足元をのぞき込むと、思わず足がすくんでしまいます。そこに、一通の手紙を持ったスイス人の若者が走ってきました。ホテルのマークが入っており、宿の主人からワトソンに宛てた手紙でした。それにはこう書かれていました。「末期の結核を患っているイギリスの女性が到着しました。ダヴォス・プラッツで冬の間過ごし、友人とともにルッツェルンに行くところだったですが、突然喀血しました。あと数時間しかもたないかもしれないが、もしイギリスの医者に診てもらえれば大きな慰めになるだろうと言っています...。」 ワトソンはこの緊急の要請を断り切れず、ためらいはあったものの、スイス人の若者をホームズのもとに残して、一人マイリンゲンに戻ったのでした。振り向くとホームズが岩にもたれ、腕組みをして激流を見下ろしていました。それがホームズを見た最後でした。

(ワトソンが最後に見たホームズ
Illustration by Sydney Paget )

1時間ちょっとかかってマイリンゲンの宿屋に戻ってみると、主人が玄関に立っていました。「どうかね、彼女の容態は悪くなっていないだろうね?」とワトソンは言いました。主人の眉がぴくっと震えるのをみて、ワトソンは胸騒ぎを覚え、「ではこの手紙はあなたが書いたんじゃないのですか?」と尋ねた。「このホテルには病気のイギリス人女性はいないんですか?」「ええ、いませんよ!」と彼は叫びました。「しかし、これにはホテルのマークが入っていますね。そうか、これはあなたのあとに入ってきたイギリス人が書いたに違いありません。彼は...」

ワトソンは、その続きを聞かずに、ホテルを飛び出し、ライヘンバッハ滝に向かいました。モリアーティの仕業に違いない、不安に駆られながら急ぎましたが、滝に着いた時には2時間たっていました。そこにホームズの姿はありませんでした。ただ、彼のアルペンストックが1本、岩に立てかけてあるばかりでした。

岩の上に何か光るものがありました。手を伸ばすと、それはホームズが日頃愛用していた銀色のシガレット・ケースでした。それを取り上げると、下に敷いてあった小さな紙片がひらひらと地面に落ちました。紙を広げてみると、それはノートブックから3ページちぎったもので、ワトソン宛の次のような手紙(遺書)でした。

My dear Watson [it said], I write these few lines through the courtesy of Mr. Moriarty, who awaits my convenience for the final discussion of those questions which lie between us. He has been giving me a sketch of the methods by which he avoided the English police and kept himself informed of our movements. They certainly confirm the very high opinion which I had formed of his abilities. I am pleased to think that I shall be able to free society from any further effects of his presence, though I fear that it is at a cost which will give pain to my friends, and especially, my dear Watson, to you. I have already explained to you, however, that my career had in any case reached its crisis, and that no possible conclusion to it could be more congenial to me than this. Indeed, if I may make a full confession to you, I was quite convinced that the letter from Meiringen was a hoax, and I allowed you to depart on that errand under the persuasion that some development of this sort would follow. Tell Inspector Patterson that the papers which he needs to convict the gang are in pigeonhole M., done up in a blue envelope and inscribed "Moriarty." I made every disposition of my property before leaving England, and handed it to my brother Mycroft. Pray give my greetings to Mrs. Watson, and believe me to be, my dear fellow,

Very sincerely yours,

Sherlock Holmes

(from Conan Doyle, "The Adventure of the Final Problem")

(1枚の小さな紙がひらひらと落ちた。
Illustration by Sydney Paget)

「最後の事件」の反響

「シャーロック・ホームズの思い出」シリーズの最後を飾る「最後の事件」は、1893年8月に、アーサー・コナン・ドイルが妻とともにスイス旅行に出かけたときに着想を得たとされています。ドイルの自伝には、次のように書かれています。

It was still the Sherlock Holmes stories for which the public clamoured, and these from time to time I

endeavoured to supply. At last, after I had done two series of them I saw that I was in danger of having my hand forced, and of being entirely identified with what I regarded as a lower stratum of literary achievement. Therefore as a sign of my resolution I determined to end the life of my hero. The idea was in my mind when I went with my wife for a short holiday in Switzerland, in the course of which we saw there the wonderful falls of Reichenbach, a terrible place, and one that I thought would make a worthy tomb for poor Sherlock, even if I buried my banking account along with him. So there I laid him, fully determined that he should stay there - as indeed for some years he did.

from Sir Arthur Conan Doyle. "Memories and Adventures"

単語と意味:

clamour
(...をしてくれと)やかましく要求する

日本語訳:

読者が強く求めているのは、あいかわらずシャーロック・ホームズだったから、私は努力して次々と書き続けた。しかし、2つのシリーズを書いたあとで、私はついに、書きたくもないものを無理矢理書かされていて、文学的にも低い地位の業績に甘んじている自分を見出した。それゆえ、問題解決のしるしとして、私のヒーローの人生を終わらせるという決断を下した。そのアイディアが浮かんだのは、妻と一緒に短いスイス旅行をした折りに、すばらしいライヘンバッハの滝を見たときだった。それは恐ろしい場所だったので、たとえ彼とともに銀行の預金口座を閉じることになったとしても、哀れなシャーロックの墓場にふさわしい所だと思ったのである。こうして、私は彼をそこに永久にとどまらせるべく、そこに彼を横たえた。実際、数年間はその状態が続いたのだった。

しかし、自伝にも書かれているように、「最後の事件」が出版された直後から、小説の中でホームズを死なせてしまったことに対して、多くの読者から強い抗議と非難の声が上がりました。シティでは働く若者達は、シルクハットに喪章をつけたと言われています。ある高貴な婦人は「このひとでなし!」という抗議の手紙をドイル宛てに書いて送りました。ホームズは、多くの読者にとっていまや実在の英雄的人物であり、神話的な偶像でもありました。

読者の熱烈な要望に応えて、シャーロック・ホームズが「生還」するまでには、10年の歳月を待たなければなりませんでした。

マイリンゲン「聖地巡礼」

(Meiringen landscape: photo by Michael Frank Franz from Flickr CC )

マイリンゲンからライヘンバッハにかけては、シャーロック・ホームズ「最後の旅」の終着地ですので、記念物がいろいろとあるようです。ロンドン聖地巡礼とは場所も異なりますが、私自身、機会があればぜひ訪れたいと思っています。そこで、ウェブサイトで知り得る巡礼スポットを、WP Google Mapsで表示しておきたいと思います。

(マイリンゲンのホームズ「聖地巡礼」関連スポット)

(『最後の事件』 おわり)

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