『シャーロック・ホームズの冒険』
[toc heading_levels="2,3"]『ストランド』誌に連載された「シャーロック・ホームズ」短編シリーズ
さて、『緋色の研究』、『四つの署名』という2つの長編を出版したとはいえ、1890年までのコナン・ドイルは、まだ医者を本業としていました。1890年8月には、新しい結核治療法を発見したコッホの講演を聞くためにドイツに渡っています。ドイツ滞在中にドイルは眼科医になることを思い立ち、帰国すると11月にはサウスシーの診療所をたたみ、妻とともにロンドンに移り住みました。新しい住所はモンタギュープレイス、眼科として開業した場所はデヴォンシャー・プレイス2番地でした(自伝より。ただし、その後の研究によると、ドイルが開業した場所は、正確には、アッパー・ウィンポール街2番地(2 Upper Wimpole Street)だったようです)。開業したものの、コイルの診療所を訪れる患者はほとんどなく、ドイルはこれを幸いと、空いている時間をもっぱら好きな小説の執筆に費やしたのです。
転機が訪れたのは、ウィーンから帰国後の1891年4月に入ってからです。『ストランド』誌掲載までの経緯を、ドイル『自伝』によって辿ってみたいと思います。
A number of monthly magazines were coming out at that time, notable among which was "The Strand," then as now under the editorship of Greenhough Smith. Considering these various journals with their disconnected stories it had struck me that a single character running through a series, if it only engaged the attention of the reader, would bind that reader to that particular magazine. On the other hand, it had long seemed to me that the ordinary serial might be an impediment rather than a help to a magazine, since, sooner or later, one missed one number and afterwards it had lost all interest. Clearly the ideal compromise was a character which carried through, and yet instalments which were each complete in themselves, so that the purchaser was always sure that he could relish the whole contents of the magazine. I believe that I was the first to realise this and "The Strand Magazine "the first to put it into practice.
Looking round for my central character I felt that Sherlock Holmes, whom I had already handled in two little books, would easily lend himself to a succession of short stories. These I began in the long hours of waiting in my consulting-room. Greenhough Smith liked them from the first, and encouraged me to go ahead with them.
単語と意味:
その頃、多数の月刊誌が次々に創刊されていた(訳注:『ストランド』誌創刊は1891年1月)。なかでも注目すべきは、『ストランド』誌("The Strand")だった。この雑誌の編集長は、その当時も現在もグリノー・スミス(Greenhough Smith)である。これら種々の雑誌に、関連のないストーリーが掲載されているのを見て、私は思いついた。一人の人物が連載形式で登場し、もしそれが読者の注目を引いたとすれば、その読者を特定の雑誌につなぎとめるのではないだろうか、と。他方で、私は長い間、一つの雑誌にとって平凡な連載物は、助けになるどころか障害になるのではないかと思っていた。というのは、遅かれ早かれ、読者は1号読み飛ばしてしまうと興味を失ってしまうだろうから。明らかに、理想的な妥協点は、一人の人物がシリーズを通して登場し、なおかつ1回分でストーリーが完結するというものだ。そうすれば、読者はいつも雑誌の内容をすべて楽しむことができるという確信をもてるはずだ。これを最初に実現したのは私だと信じているし、それを最初に実行に移したのは『ストランド』誌だったと信じている。中心人物について考えを巡らした結果、すでに2冊の本で取り上げたシャーロック・ホームズが短編の連載にもぴったりなのではないかと感じた。私は診察室で客を待っている長い時間に、連載用の短編を書き始めた。グリノー・スミスは最初からこの短編を気に入り、このまま書きするめるよう私を激励してくれた。
こうして、コナン・ドイルの書いたシャーロック・ホームズを主人公とする最初の短編「A Scandal in Bohemia (『ボヘミアの醜聞』)」は、1891年7月号の『ストランド』誌に掲載され、好評を得ました。第2作は8月号掲載の「The Red-Headed League (『赤毛組合』)で、以後1892年6月まで毎号連載されました。連載であることを明記するために、タイトルの最初には「Adventures of Sherlock Holmmes.」という前書きがつけられました。このシリーズは、当初6号で完結する予定だったのですが、好評だったため、12編まで延長されました。そして、完結後、1892年10月には、『シャーロック・ホームズの冒険』(The Adventures of Sherlock Holmes)として出版されています(冒頭のカバー写真を参照)。
『シャーロック・ホームズの冒険』収録作品
『ストランド』誌に1891年7月号から1892年6月号まで連載された作品の一覧は次の通りです。
The Red-Headed League 『赤毛組合』(1891年8月号)
A Case Of Identity 『花婿失踪事件』(1891年9月号)
The Boscombe Valley Mystery 『ボスコム渓谷の惨劇』(1891年10月号)
The Five Orange Pips 『オレンジの種五つ』(1891年11月号)
The Man with the Twisted Lip 『唇のねじれた男』(1891年12月号)
The Adventure of the Blue Carbuncle 『青い紅玉』(1892年1月号)
The Adventure of the Speckled Band 『まだらの紐』(1892年2月号)
The Adventure of the Engineer's Thumb 『技師の親指』(1892年3月号)
The Adventure of the Noble Bachelor 『独身の貴族』(1892年4月号)
The Adventure of the Beryl Coronet 『緑柱石の宝冠』(1892年5月号)
The Adventure of the Copper Beeches 『ぶな屋敷』(1892年6月号)
以下では、物語の舞台がロンドンに複数箇所ある短編のみを取り上げ、その概要と舞台になったロンドン市内のスポットを紹介したいと思います。
ボヘミアの醜聞 A Scandal in Bohemia
舞台は1888年3月のロンドン。シャーロック・ホームズのオフィスがあるベイカー街からほど遠からぬところで展開します。
事件の発端
『四つの署名』事件がきっかけとなって、ワトソンは結婚し、ホームズと別れて幸せな新婚生活を送っていました。1888年3月20日、たまたま往診の帰りに、なつかしいベイカー街を通りかかったとき、ホームズと再会したくなり、ホームズの自宅を訪ねました。相変わらず正確な推理を披露するホームズでしたが、ワトソンに1枚の便箋を見せました。それは、「覆面をした依頼者がある重大な問題について相談するために今夜8時15分前に訪問する」という内容の匿名の手紙でした。
ホームズは紙質や筆跡から、ボヘミアの裕福な人物だという推理を下しました。そうするうちに、件の依頼人が仮面をかぶって現れます。ホームズはワトソンも同席することを相手に承諾させ、フン・クラム伯爵と名乗るこの男性から話を聞きます。男は「事はボヘミア国歴代の君主、オルムシュタイン家にかかわる問題だ」と切り出します。それに対し、ホームズはすぐに依頼人の正体を見破ってこう言いました。
Holmes slowly reopened his eyes and looked impatiently at his gigantic client. "If your Majesty would condescend to state your case," he remarked, "I should be better able to advise you." The man sprang from his chair and paced up and down the room in uncontrollable agitation. Then, with a gesture of desperation, he tore the mask from his face and hurled it upon the ground. "You are right," he cried; "I am the King. Why should I attempt to conceal it?"
単語と意味:
日本語訳:
Illustration by Sydney Paget)
アイリーン・アドラーとの女性問題
相談の内容は次のようなものでした。ボヘミア王は5年ほど前にワルシャワ滞在した折、アイリーン・アドラーという女性と知り合い、愛人関係になった。彼女はオペラでプリマドンナをつとめていたが、現在はロンドンに住んでいる。ボヘミア王は近々結婚することになっているが、アイリーンは二人で撮った写真を持っており、もし国王が婚約すれば写真を送りつけて結婚を妨害する、と脅迫している、というのです。そこで、ボヘミア国王は結婚を滞りなく行うためにも、ぜひアイリーンの持っている写真を盗み出さねばならず、困り果ててホームズに相談を持ちかけたのです。
サンタ・モニカ教会でのハプニング
ホームズはこの依頼を引き受け、さっそくアイリーンの住所を探します。ボヘミア王によると、住所はセントジョンズ・ウッド、サーベンタイン・アベニュー(地図の2)のブライオニー・ロッジだいうことでした。ホームズの調査によれば、アイリーンはめったに外出しないが、ゴドフリー・ノートンという弁護士がちょくちょく訪ねてくるということでした。この調査の結果をワトソンに話したとき、ホームズは大きな思い出し笑いをしました。それは、サンタ・モニカ教会(地図の3)で思いがけない出来事に遭遇したからでした。以下は、その一部始終です。
As he stepped up to the cab, he pulled a gold watch from his pocket and looked at it earnestly, 'Drive like the devil,' he shouted, 'first to Gross & Hankey's in Regent Street, and then to the Church of St. Monica in the Edgware Road. Half a guinea if you do it in twenty minutes!'
"Away they went, and I was just wondering whether I should not do well to follow them when up the lane came a neat little landau, the coachman with his coat only half-buttoned, and his tie under his ear, while all the tags of his harness were sticking out of the buckles. It hadn't pulled up before she shot out of the hall door and into it. I only caught a glimpse of her at the moment, but she was a lovely woman, with a face that a man might die for. "'The Church of St. Monica, John,' she cried, 'and half a sovereign if you reach it in twenty minutes.' "This was quite too good to lose, Watson. I was just balancing whether I should run for it, or whether I should perch behind her landau when a cab came through the street. The driver looked twice at such a shabby fare, but I jumped in before he could object. 'The Church of St. Monica,' said I, 'and half a sovereign if you reach it in twenty minutes.' It was twenty-five minutes to twelve, and of course it was clear enough what was in the wind. "My cabby drove fast. I don't think I ever drove faster, but the others were there before us. The cab and the landau with their steaming horses were in front of the door when I arrived. I paid the man and hurried into the church. There was not a soul there save the two whom I had followed and a surprised clergyman, who seemed to be expostulating with them. They were all three standing in a knot in front of the altar. I lounged up the side aisle like any other idler who has dropped into a church. Suddenly, to my surprise, the three at the altar faced round to me, and Godfrey Norton came running as hard as he could towards me. "Thank God," he cried. "You'll do. Come! Come!" "What then?" I asked. "Come, man, come, only three minutes, or it won't be legal." I was half-dragged up to the altar, and before I knew where I was I found myself mumbling responses which were whispered in my ear, and vouching for things of which I knew nothing, and generally assisting in the secure tying up of Irene Adler, spinster, to Godfrey Norton, bachelor. It was all done in an instant, and there was the gentleman thanking me on the one side and the lady on the other, while the clergyman beamed on me in front. It was the most preposterous position in which I ever found myself in my life, and it was the thought of it that started me laughing just now. It seems that there had been some informality about their license, that the clergyman absolutely refused to marry them without a witness of some sort, and that my lucky appearance saved the bridegroom from having to sally out into the streets in search of a best man. The bride gave me a sovereign, and I mean to wear it on my watch-chain in memory of the occasion."
(from Conan Doyle, "A Scandal in Bohemia")
単語と意味:
馬車に乗り込みながら、彼(ゴドフリー・ノートン弁護士)はポケットから金時計を引き出してじっと見つめていたが、「全速力で走ってくれ」と叫んだ。「まずリージェント街のグロス&ハンキーの店に寄ってから、エッジウェア・ロードのサンタモニカ教会へ行ってくれ。20分以内に着けば半ギニーくれてやるぞ!」
「彼らは走り去った。僕が彼らのあとを追いかけるべきかどうか迷っていたとき、路地から小型の四輪馬車がやってきた。見ると、御者はボタンが半分しかついていないコートを羽織り、耳の下からネクタイをつけ、馬具の革紐は留め金からとび出していた。その馬車が止まるか止まらないかのうちに、彼女が玄関ホールから飛び出してきて、馬車に乗り込んだ。僕は彼女をちらっとしか見ていないが、男なら夢中になりそうなほど魅力的な女性だったよ。
「ジョン、サンタモニカ教会までお願い」。彼女はそう叫んだ。「20分以内に着いたら半ポンドあげるわ」。
「こんな好機を逃すわけにはいかなかったよ、ワトソン。僕は、馬車を追って走るか、それとも馬車の後ろにしがみつくか迷っていたが、ちょうどそのとき通りから一台の馬車がやってきた。御者はみすぼらしい身なりの僕を見て躊躇したが、僕は彼が拒否するより前に馬車に跳び乗っていた。「サンタモニカ教会へ行ってくれ。20分以内に着いたら、半ポンドやろう」と僕は言った。12時25分前だった。もちろん、これからどんなことが起こりそうかの察しはついていたよ。」
「僕の乗った馬車は速かった。これ以上ないという速さだった。でも、彼らのほうが先を行っていた。僕が着いたとき、両方の馬車は、息を切らしている馬とともに教会の扉の前にいた。僕は御者に料金を支払って、急ぎ足で教会の中に入った。中には僕が追ってきた二人と、びっくりした様子の牧師以外にはだれもいなかった。牧師は何やら彼らを諭しているようだった。3人は祭壇の前に立ったまま集まっていた。僕はたまたま教会に立ち寄った無精者といった風情でゆっくりと横の通路を歩いていた。すると突然、驚いたことに、祭壇のところにいた3人が僕の方をふり向いたかと思うと、ゴドフリー・ノートンがものすごい勢いで走ってきたんだ。
「ああ、助かった」と彼は叫んだ。「そこにいるあなた。来て下さい、来て下さい!」
「いったい何ですか?」と僕は尋ねた。
「たった3分間で済みますから、来て下さい。でなければ法的に無効になってしまいますから。」
「僕は半分引きずられるような格好で祭壇に上げられ、どこにいるかも分からないうちに、僕の耳元でささやかれる応答をつぶやき、僕が何も知らないことを保証すると言い、要するに未婚女性であるアイリーン・アドラーを独身男性であるゴドフリー・ノートンに結びつける立会人の役を務めたというわけだった。それはほんの一瞬の間に行われた。そして、一方の側には僕に感謝する紳士、もう一方の側には淑女が一人、正面にはにこにこと僕に微笑みかける牧師がいた。それは生涯でもっとも奇妙きわまりない立場におかれた出来事だった。いまそれを思い出すと、笑い出しそうになるのさ。
アイリーン邸でホームズが打った一芝居
その夜、ホームズは牧師に変装して、ワトソンとともにアイリーンの住むサーペンタイン・アベニューに行き、アイリーンの帰宅を待ち伏せしました。ホームズは、自分がアイリーン宅に運び込まれ、それから数分後に窓が開いて片手が上がるのを見たら、窓から発煙筒を投げ込み、「火事だ!」と叫んでくれ、と頼みます。やがて、アイリーンの乗った馬車が自宅に着きました。(ホームズが事前に手配した)浮浪者の一団が馬車に突進し、騒ぎを起こしました。アイリーンはその騒ぎに巻き込まれてしまいましたが、そこに牧師姿のホームズが飛び込んでいき、アイリーンにもう少しで届くところで叫び声を上げて倒れてしまいました。顔からは血が噴き出していました。
予定通り、牧師に変装したホームズは、介抱のため邸内に運び込まれ、居間の寝椅子に横にされました。ホームズが息苦しそうな動作をすると、家人は窓に駆け寄って開けてくれました。それと同時に、ホームズは手をあげて合図を送り、ワトソンは発煙筒を投げ込んで「火事だ!」と叫びました。現場は騒然となりましたが、いつの間にかホームズはアイリーン邸を抜け出してワトソンと合流していました。そして、アイリーンが隠していた写真のありかが分かったと告げるのでした。以下は、そのからくりの一部始終です。
"Then they carried me in. She was bound to have me in. What else could she do? And into her sitting-room, which was the very room which I suspected. It lay between that and her bedroom, and I was determined to see which. They laid me on a couch, I motioned for air, they were compelled to open the window, and you had your chance."
"How did that help you?"
"It was all-important. When a woman thinks that her house is on fire, her instinct is at once to rush to the thing which she values most. It is a perfectly overpowering impulse, and I have more than once taken advantage of it. In the case of the Darlington substitution scandal it was of use to me, and also in the Arnsworth Castle business. A married woman grabs at her baby; an unmarried one reaches for her jewel-box. Now it was clear to me that our lady of to-day had nothing in the house more precious to her than what we are in quest of. She would rush to secure it. The alarm of fire was admirably done. The smoke and shouting were enough to shake nerves of steel. She responded beautifully. The photograph is in a recess behind a sliding panel just above the right bell-pull. She was there in an instant, and I caught a glimpse of it as she half-drew it out. When I cried out that it was a false alarm, she replaced it, glanced at the rocket, rushed from the room, and I have not seen her since. I rose, and, making my excuses, escaped from the house. I hesitated whether to attempt to secure the photograph at once; but the coachman had come in, and as he was watching me narrowly it seemed safer to wait. A little over-precipitance may ruin all."
"And now?" I asked.
"Our quest is practically finished. I shall call with the King to-morrow, and with you, if you care to come with us. We will be shown into the sitting-room to wait for the lady; but it is probable that when she comes she may find neither us nor the photograph. It might be a satisfaction to his Majesty to regain it with his own hands."
単語と意味:
「それ(発煙筒を投げ入れたこと)が君にとってどんな役に立ったんだい?}
「それが実に重要なことだったんだ。ある女性がいて、もし彼女の家が火事になっているのを知ったとすれば、彼女は本能的に自分のいちばん大事にしているものを取りに走るだろう。それは抗しがたい衝動なんだ。ぼくはこれまでにも一度ならずこのことを利用させてもらっている。ダーリントン替え玉スキャンダル事件や、アーンズワース城の事件などがそれだ。既婚の女性なら赤ちゃんをすぐ抱き上げるし、未婚女性なら大切な宝石箱を取りに行く。いまの場合だったら、当の女性にとってこの上もなく大切なものは、僕らが探しているもの以外にはないはずだ。彼女はそれの老いてあるところへ駆けつけ、安全を確保するだろう。火災警報は見事に効果を発揮した。煙と叫び声は、彼女の鋼のような神経も震わせた。彼女はまさに思惑通りの反応を示した。写真は右側あの呼び鈴の真上にある引き戸の奥の方にしまってあった。彼女はあっという間にそこへ行き、ぼくは彼女が半分ほど写真を引っ張り出すのをちらっと見た。僕が火事の警報が間違いだ、と叫んだとき、彼女はそれを元に戻し、発煙筒をちらっと見てから、部屋から飛び出していった。それっきり、彼女の姿はなかった。ぼくは起き上がって、言い訳をしながらこの家を退散したというわけだ。ぼくはそのとき、すぐにも例の写真を確保しようと試みようかとも思った。しかし、御者が入ってきて、僕をじっと見ていたので、ここは待つに如くはないという気がした。せいては事をし損じるというからね。」
「それで、これからどうするんだね?」
「ぼくらの調査は終わったも同然だ。ぼくはあすボヘミア王と一緒にアイリーン宅を訪問するつもりだ。よかったら君も一緒に来ないか。ぼくらはきっと、居間に通されてレディーを待つことになるだろう。だが、彼女が来たときには、ぼくらは写真とともに消えている可能性が高いだろう。ボヘミア国陛下は写真を取り戻してさぞご満悦だろう。
意外な結末
翌朝、ホームズ、ワトソン、ボヘミア王が連れ立ってアイリーン宅に行ってみると、なんとアイリーンはすでに出て行った後でした。彼らがアイリーンの居間で見つけた写真は、ボヘミア王とのツーショットではなく、アイリーンの写真でした。ボヘミア王は嘆息をもらします。ホームズのとった策略は見破られ、見事に裏をかかれたのでした。詳しい結末は小説をごらんください。
(『ボヘミアの醜聞』 おわり)
赤毛組合 The Red-Headed League
赤毛の依頼人
ある日のこと、ワトソンが友人シャーロック・ホームズを訪ねたところ、赤い髪をした年配の男がホームズと話し込んでいました。ジェイベズ・ウィルソンと名乗るその男は、持参した新聞の広告欄をワトソンに見せました。そこには、一風変わった内容の広告記事が載っていました。
TO THE RED-HEADED LEAGUE: On account of the bequest of the late Ezekiah Hopkins, of Lebanon, Pennsylvania, U.S.A., there is now another vacancy open which entitles a member of the League to a salary of £4 a week for purely nominal services. All red-headed men who are sound in body and mind and above the age of twenty-one years, are eligible. Apply in person on Monday, at eleven o'clock, to Duncan Ross, at the offices of the League, 7 Pope's Court, Fleet Street.
(from Conan Doyle, "The Red-Headed League")
単語と意味:
それは、2ヶ月前の『モーニング・クロニクル』紙に載った広告記事でした。
広告に釣られた赤毛男
ウィルスンがホームズとワトソンに語って聞かせたことは、つぎのようなものでした。彼はシティに近いコーバーグ・スクエア(地図の5)で質店を営んでいるのですが、ある日、ヴィンセント・スポールディングと名乗る男が、「給料は半額でもいいから雇ってくれ」といって店員になりました。とても気の利く店員でしたが、店内でしょっちゅう写真を撮っては、地下室で現像をしていました。
このヴィンセントがウィルスンに見せたのが、例の新聞広告でした。そして、ウィルソンにぜひ応募するように熱心に勧めたため、ウィルソンは200ポンドもらえるということもあり、心を動かされ、ヴィンセントとともに赤毛組合(地図の4)に行ってみました。組合の事務所には大勢の赤毛の応募者が集まっていましたが、ウィルスンは運良くマネージャーであるダンカン・ロスとの面接に合格し、めでたく赤毛組合の会員になることができました。
ウィルスンがダンカンから託された任務は、10時から2時までの4時間、組合の事務所にいて『大英百科事典』を筆写するだけという簡単な作業でした。これで、週4ポンドもらえるというのです。ウィルスンは喜んでこの仕事を引き受け、さっそく翌日から作業を開始しました。1週間たつと、ダンカン・ロスが来て約束通り4ポンド支払ってくれました。こうして8週間が過ぎました。
ところが、今朝ほどのこと。突然仕事が終わってしまったのです。
"To an end?"
"Yes, sir. And no later than this morning. I went to my work as usual at ten o'clock, but the door was shut and locked, with a little square of cardboard hammered on to the middle of the panel with a tack. Here it is, and you can read for yourself."
He held up a piece of white card-board about the size of a sheet of notepaper. It read in this fashion:
単語と意味:
「そうです。それも、つい今朝のことです。私はいつものように10時に仕事場にでかけました。しかし、ドアは閉まっており、鍵がかかっていました。ドアのパネルの真ん中に小さな正方形の厚紙が画びょうで留めてありました。これです。ご自分でお読みになって下さい。
「いったい何がおかしいんですか。」 依頼人の男は顔を真っ赤にしながら叫びました。
Illustration by Sydney Paget)
この掲示を見てびっくりしたジェイベズは、すぐにまわりの事務所を尋ねまわったが、それについて知る者はいませんでした。最後に1階に住む会計士の家主のところに行きました。そして赤毛組合はどうなったのか尋ねてみました。彼はそのような団体は聞いたことがないと言い、ダンカン・ロスという名前も初耳だと言いました。赤毛の男には心当たりはないか聞くと、「彼の名前はウィリアム・モリスで、弁護士だが、きのう引っ越して行った」という返答でした。移転先の住所は、キング・エドワード街17番地(地図の6)だということでした。さっそくその住所に行ってみると、そこは膝当ての工場で、そこの人は誰もウィリアム・モリスとかダンカン・ロスといった人のことは知りませんでした。
ジェイベズは困り果てて、良いアドバイスをくれると評判のホームズに相談すべく、ベイカー街の事務所を訪ねてきたのでした。
サックス=コーバーグ・スクエアでの現場検証
ホームズは依頼人に、広告のことを最初に教えた店員について詳しく聞き、疑惑を深めた様子でした。依頼人が去ったあと、ホームズはワトソンに、午後セント・ジェームズ・ホール(地図の7)で行われる予定のサラサーテ演奏会に誘い、その前に依頼人の住所であるサックス=コーバーグ・スクエア(地図の5)に行って、詳しい現場検証を行いました。
Illustration by Sydney Paget )
ホームズがジェイベス・ウィルソンの店のドアをノックすると、若い店員が現れました。ホームズは店員のズボンの膝が汚れているのを見逃しませんでした。ワトソンとホームズが裏ぶれたサックス=コーバーグ・スクエアから角を曲がると、打って変わって動脈のような大通りに出ました。そこには、City and Suburban Bankやレストランなどのビルが建ち並んでいました。ホームズはそれらをすべて頭にたたき込んでから、ワトソンに、食事とコンサートに行こうと言いました。その日の午後いっぱい、ホームズはセント・ジェームズ・ホール(地図の7)の特等席で心ゆくまで音楽鑑賞に浸っていました。
Illustration by Sydney Paget )
深夜の張り込みと犯人逮捕
コンサートが終わったあと、ホームズはワトソンに午後10時から重大な犯罪捜査が始まることを知らせ、10時に拳銃持参でベイカー街に持ってくるよう依頼しました。ワトソンが約束の時間にホームズ宅を訪ねると、ホームズの他にピーター・ジョーンズ刑事、シティ&サウス銀行頭取のメリウェザー氏が待っていました。そして、敵はジョン・クレイという手強い犯罪者であることを説明します。四人は銀行に着くと、地下で銀行強盗を待ち伏せました。この銀行には、大量のフランス金貨が保管されていたのです。部屋を真っ暗にして待つこと1時間15分。ジョンとその仲間が床石の下から現れ、刑事とホームズは犯人に飛びかかって逮捕しました。
Illustration by Sydney Paget )
犯行の種明かし
翌朝早く、ホームズはワトソンに事件の顛末を説明しました。
"You see, Watson," he explained in the early hours of the morning as we sat over a glass of whisky and soda in Baker Street, "it was perfectly obvious from the first that the only possible object of this rather fantastic business of the advertisement of the League, and the copying of the Encyclopaedia, must be to get this not over-bright pawnbroker out of the way for a number of hours every day. It was a curious way of managing it, but, really, it would be difficult to suggest a better. The method was no doubt suggested to Clay's ingenious mind by the colour of his accomplice's hair. The £4 a week was a lure which must draw him, and what was it to them, who were playing for thousands? They put in the advertisement, one rogue has the temporary office, the other rogue incites the man to apply for it, and together they manage to secure his absence every morning in the week. From the time that I heard of the assistant having come for half wages, it was obvious to me that he had some strong motive for securing the situation."
"But how could you guess what the motive was?"
"Had there been women in the house, I should have suspected a mere vulgar intrigue. That, however, was out of the question. The man's business was a small one, and there was nothing in his house which could account for such elaborate preparations, and such an expenditure as they were at. It must, then, be something out of the house. What could it be? I thought of the assistant's fondness for photography, and his trick of vanishing into the cellar. The cellar! There was the end of this tangled clue. Then I made inquiries as to this mysterious assistant and found that I had to deal with one of the coolest and most daring criminals in London. He was doing something in the cellar-something which took many hours a day for months on end. What could it be, once more? I could think of nothing save that he was running a tunnel to some other building.
"So far I had got when we went to visit the scene of action. I surprised you by beating upon the pavement with my stick. I was ascertaining whether the cellar stretched out in front or behind. It was not in front. Then I rang the bell, and, as I hoped, the assistant answered it. We have had some skirmishes, but we had never set eyes upon each other before. I hardly looked at his face. His knees were what I wished to see. You must yourself have remarked how worn, wrinkled, and stained they were. They spoke of those hours of burrowing. The only remaining point was what they were burrowing for. I walked round the corner, saw the City and Suburban Bank abutted on our friend's premises, and felt that I had solved my problem. When you drove home after the concert I called upon Scotland Yard and upon the chairman of the bank directors, with the result that you have seen."
(from Conan Doyle, "The Red-Headed League"より)
単語と意味:
日本語訳:
「ねえ、ワトソン」。翌朝早く、ベイカー街のオフィスでウィスキー・ソーダのグラスを片手に座っていたとき、ホームズは説明し始めた。「初めから分かっていたんだが、赤毛組合の広告とか、百科事典の筆写などといった何となくいかがわしい仕事の目的は、このあまり賢いとはいえない質屋の主人を毎日何時間ものあいだ、家から遠ざけておくことにあったんだよ。おかしなやり方ではあったが、実際、それよりいい方法を思いつくのは難しかっただろうね。クレイの天才的な頭脳にその方法がひらめいたのは、疑いなく共犯者の赤い髪の毛だった。週4ポンドという報酬は彼を引きつけるための餌だった。それは彼らが手に入れる数千ポンドにくらべれば何でもなかった。彼らは広告を出す。悪漢のうちの一人が臨時の事務所を借りる。もう一人が質屋の男をそそのかして応募させる。そして二人で、毎朝主人に店を留守にさせることに成功した。この助手が半分の給料でやってきたことを聞いたときから、ぼくにはこの男が仕事にありつきたいという強い動機をもっていたことが明らかだったよ。」
「しかし、どんな動機を持っていたのか、どうやって突き止めたんだい?」
「家に女性でもいれば、ただの色恋沙汰だとしか思わなかっただろう。しかし、それは問題外だった。質屋のやっている仕事は慎ましいものだったし、あれほど手の込んだ準備をし、あれほどの出費をするほどの値打ちのあるものは、何もなかった。それならば、家の外に何かあるに違いない。それはいったい何だろうか?ぼくはこの店員の写真好きなところと、習慣のように地下室に降りていくところを思い浮かべた。地下室だ!このもつれ合った手がかりの端にあったのはこれだった。それからぼくはこの謎の店員について調べた結果、この男がロンドンでもっとも冷徹で大胆な犯罪者であることが分かった。彼は地下室で何かをしていた。それは1日に何時間もかかり、終わるまで何ヶ月もかかるようなことだ。それは一体どんなことなのか、もう一度考えてみた。彼はどこか他のビルに通じるトンネルを掘っていたとしか考えられなかった。
そこまでのことは、ぼくたちが現場に行くまでに分かっていた。ぼくが杖で舗道を叩いたんで君は驚いていたね。実は地下道が正面の方に通じているのか、それとも後ろに向かっているのかを確かめようとしていたんだ。それは正面のほうに向かっていた。それから僕は呼び鈴を鳴らし。そして望んだとおり、店員が応答した。この男とは以前に多少の小競り合いをしたことはあるが、まだ一度も顔を合わせたことはなかった。ぼくは彼の顔をほとんど見なかった。彼の膝はぼくが期待した通りだった。君は彼の膝がどれくらいしわくちゃで汚れていたかに気づいたはずだ。残された点は、彼らが何のために掘り進めているのかどいうことだった。ぼくは角をまわってみたが、そこには
質屋と隣接してシティ&サバーバン銀行があった。それで、ぼくは問題がすべて解決したと感じた。コンサートの後、君が帰宅したとき、ぼくはスコットランド・ヤードと銀行の頭取を訪ねた。結果は君の見たとおりだ。
(『赤毛組合』おわり)
花婿失踪事件 A Case of Identity
The Arthur Conan Doyle Encyclopediaより)
サザランド嬢の来訪
例によって、ベイカー街のホームズ宅でワトソンがホームズと雑談していたとき、メアリー・サザランドと名乗る大柄な女性が来訪しました。用件は、失踪したホズマー・エンジェルという男性の行方を突き止めてほしいというものでした。
Illustration by Sydney Paget )
ウィンディバンクという継父がフランスに出かけている間に、母親と舞踏会に行ったときに、ホズマーと知り合い、婚約をしたというのです。ホズマーはレドンホール街の会社に勤めているということ以外は分かりませんでした。ホズマーは、継父が留守のときにサザランド嬢を訪ねてきて、父が戻らないうちに結婚式をあげようということになり、金曜日に式を挙げることを約束しました。ところが、思いがけないことが起こります。
"Your wedding was arranged, then, for the Friday. Was it to be in church?"
"Yes, sir, but very quietly. It was to be at St. Saviour's, near King's Cross, and we were to have breakfast afterwards at the St. Pancras Hotel. Hosmer came for us in a hansom, but as there were two of us he put us both into it and stepped himself into a four-wheeler, which happened to be the only other cab in the street. We got to the church first, and when the four-wheeler drove up we waited for him to step out, but he never did, and when the cabman got down from the box and looked there was no one there!
The cabman said that he could not imagine what had become of him, for he had seen him get in with his own eyes. That was last Friday, Mr. Holmes, and I have never seen or heard anything since then to throw any light upon what became of him."
(from Conan Doyle, "A Case of Identity" )
単語と意味:
「はい、でもごく内輪で。それはキングクロス駅近くの聖サヴィア教会の予定でした。式を挙げたあと、セント・パンクラス・ホテルで朝食会を開くことになっていました。ホズマーさんは二人乗りの2輪馬車で私たちを迎えに来ました。でも、私は母と二人だったので、彼は私たちを二輪馬車に乗せて、ご自分はたまたま通り合わせた世論馬車に乗り込みました。私たちは先に教会に着きました。そして、四輪馬車が着いた時、私たちは彼が出てくるのを待ちました。けれども、彼はついに姿を見せませんでした。御者が馬車から降りて中を確かめると、そこには誰もいなかったのです!御者は彼の身に何が起こったのか見当もつかない、なぜなら彼が乗り込むのをこの目で見ていたからだ、と言いました。ホームズさん、これが先週金曜日の出来事です。どれ以来、彼の消息はまったく分からないのです。
Illustration by Sydney Paget )
ホズマーエンジェル失踪の鍵を握る証拠は、ホズマーからサザランド嬢宛ての手紙と、ウィンディバンクがホームズ宛によこした手紙にありました。両方の手紙ともタイプライターで打たれていましたが、ホームズは両者が同一人物によるものだと喝破します。
"It is a curious thing," remarked Holmes, "that a typewriter has really quite as much individuality as a man's handwriting. Unless they are quite new, no two of them write exactly alike. Some letters get more worn than others, and some wear only on one side. Now, you remark in this note of yours, Mr. Windibank, that in every case there is some little slurring over of the 'e,' and a slight defect in the tail of the 'r.' There are fourteen other characteristics, but those are the more obvious."
"We do all our correspondence with this machine at the office, and no doubt it is a little worn," our visitor answered, glancing keenly at Holmes with his bright little eyes.
"And now I will show you what is really a very interesting study, Mr. Windibank," Holmes continued. "I think of writing another little monograph some of these days on the typewriter and its relation to crime. It is a subject to which I have devoted some little attention. I have here four letters which purport to come from the missing man. They are all typewritten. In each case, not only are the 'e's' slurred and the 'r's' tailless, but you will observe, if you care to use my magnifying lens, that the fourteen other characteristics to which I have alluded are there as well."
Mr. Windibank sprang out of his chair and picked up his hat. "I cannot waste time over this sort of fantastic talk, Mr. Holmes," he said. "If you can catch the man, catch him, and let me know when you have done it."
"Certainly," said Holmes, stepping over and turning the key in the door. "I let you know, then, that I have caught him!"
"What! where?" shouted Mr. Windibank, turning white to his lips and glancing about him like a rat in a trap.
(by Conan Doyle, "A Case of Identity" )
単語と意味:
「私の会社では皆、このタイプライターで打っていますから、多少の傷がついているのは当然でしょう」。わが訪問者は小さな輝く目でホームズを鋭く見ながら言った。
「そこで、ウィンディバンクさん、実に興味深い研究成果をご覧に入れましょう。」とホームズは続けた。「これについて、タイプライターと犯罪の関係についての小論文を近いうちにもう一本書こうかと思っているんですよ。かねてから、このテーマに関しては多少の関心を寄せてきたものですから。私がここに持っている4つの手紙は、失踪した男から届いたとされているものです。これらはすべてタイプライターで書かれています。どの手紙でも、"e"がかすれており、"r"の尻尾が欠けています。しかも、もし私の拡大鏡をつかっていただければわかりますが、私がさきほど申し上げた他の14箇所の特徴も備えています。」
ウィンディバンク氏は椅子からとび上がって帽子をつかんだ。「ホームズさん、私はこんな馬鹿げた類いの話を聞いている暇などありませんぞ。」と彼は言った。「もしその男を捕まえるのなら、捕らえてみるがいい。そして、首尾よく捕まえたら私に知らせてください。」
「もちろんですとも」とホームズは言い、ドアに向かってつかつかと歩み寄り、鍵をかけてしまった。「それではあなたにお知らせしよう。いまその男を捕まえました!」
「何ですって!どこにいるのですか?」とウィンディバンク氏は叫んだが、唇は青ざめ、罠にかかった兎のように、あたりを見まわした。
ウィンディバンクは観念したように椅子にうずくまりました。ホームズは、半ば独り言のように、事件の顛末を話すのでした。
Illustration by Sidney Paget )
青い柘榴(ざくろ)石 The Adventure of the Blue Carbuncle
ホームズとワトソンが事件を解き明かすために歩いたルート。)
鵞鳥から出てきた青い柘榴石
あるクリスマスの朝、知り合いのメッセンジャーをしているピーターソンがよく肥った1羽の鵞鳥と帽子をホームズ宅に持ち込みました。なんでも、午前4時頃にトテナム・コート・ロードでひとりの背の高い男が鵞鳥をかついでいたが、とつぜん狼藉者たちに襲われたのを目撃し、助けようと駆け寄ったところ、男も狼藉者も鵞鳥を放り出して逃げてしまったのだということでした。持ち主が分からなかったため、ホームズのところに持ち込んだというわけでした。鵞鳥についていたカードの宛名と送り主のイニシャルとから、ホームズは持ち主がヘンリー・ベイカーだと推測しました。
Illustration by Sydney Paget )
ワトソンとホームズがそんな推理をしていたとき、ピーターソンが部屋に飛び込んできました。なんと、自宅に持ち帰って妻が調理しようとした鵞鳥の餌袋から、大きな青い柘榴石が出てきたのです。ワトソンはそれを見て思わず「モーカー伯爵夫人の青い柘榴石じゃないか!」と叫びました。ホームズは、そうだと言い、賞金1000ポンドが出ている宝石で、5日前に盗まれたものだ、と説明しました。
Illustration by Sydney Paget )
ホームズは事件当時の新聞を探し出し、読み上げました。
"Hotel Cosmopolitan Jewel Robbery. John Horner, 26, plumber, was brought up upon the charge of having upon the 22nd inst., abstracted from the jewel-case of the Countess of Morcar the valuable gem known as the blue carbuncle. James Ryder, upper-attendant at the hotel, gave his evidence to the effect that he had shown Horner up to the dressing-room of the Countess of Morcar upon the day of the robbery in order that he might solder the second bar of the grate, which was loose. He had remained with Horner some little time, but had finally been called away. On returning, he found that Horner had disappeared, that the bureau had been forced open, and that the small morocco casket in which, as it afterwards transpired, the Countess was accustomed to keep her jewel, was lying empty upon the dressing-table. Ryder instantly gave the alarm, and Horner was arrested the same evening; but the stone could not be found either upon his person or in his rooms. Catherine Cusack, maid to the Countess, deposed to having heard Ryder's cry of dismay on discovering the robbery, and to having rushed into the room, where she found matters as described by the last witness. Inspector Bradstreet, B division, gave evidence as to the arrest of Horner, who struggled frantically, and protested his innocence in the strongest terms. Evidence of a previous conviction for robbery having been given against the prisoner, the magistrate refused to deal summarily with the offence, but referred it to the Assizes. Horner, who had shown signs of intense emotion during the proceedings, fainted away at the conclusion and was carried out of court.
単語と意味:
ホテル・コスモポリタンで宝石盗難。ジョン・ホーナー(26)配管工、が今月22日、モーカー伯爵夫人の宝石箱から「青い柘榴石」として知られる高価な宝石を盗み出した容疑で告発された。ホテルの上級係員ジェームズ・ライダーの証言によると、盗難のあった当日、ホーナーを伯爵夫人の化粧室に案内し、緩んでいた鉄格子の二番目の棒を修理させた。しばらくホーナーと一緒にいたが、呼び出されたため、最後はその場を立ち去った。戻ってみると、ホーナーの姿はなく、書き物机がこじ開けられており、のちになって分かったのだが、伯爵夫人が日頃から宝石を保管していたモロッコ皮製の小箱が化粧台の上に空のまま置かれていたという。ライダーはただちに警報を鳴らし、ホーナーは同日夕方逮捕された。しかし、宝石は彼の身体からも部屋からも発見されなかった。伯爵夫人の召使い、キャサリン・キューザックは、窃盗を発見して驚きの声を上げたライダーの叫び声を聞き、部屋に飛び込んだが、そこで先の目撃者が記述した通りの状況を見たと証言した。B管区のブラッドストリート警部によると、ホーナーは逮捕時に死に物狂いで抵抗したが、強い調子で自分は無実だと抗議したという。被告に対して盗みの前科があったという証拠が出されると、治安判事はこの事件に対する略式裁判を拒否し、巡回裁判に付した。ホーナーは、公判中激しい感情の起伏を示していたが、裁決のあと失神し、法廷の外に運び出された。
鵞鳥の持ち主の証言
ホームズは、宝石が出てきた鵞鳥の持ち主と思われるヘンリー・ベイカー氏を見つけ、彼がこの事件と関わっているかを確かめることにした。そこで、ヘンリー・ベイカー氏宛に、ベイカー街221B番地まで来てくれるようにという新聞広告を載せました。いったん仕事で自宅に戻ったワトソンが午後6時半頃ホームズ宅に行くと、ちょうどヘンリー・ベイカーが訪れたところだった。ベイカーは帽子と鵞鳥が自分のものだと認めたが、「鵞鳥は食べてしまいました」というホームズの言葉に驚きの表情を見せました。しかし、ホームズが戸棚の上においた別の鵞鳥を示して、「これはあなたがなくしたものとまったく同じ重さの新鮮な鵞鳥なので、これで納得していただけると思いますが」と言うと、ベイカー氏は安堵したように「ええ、もちろんですとも」と答えました。これで、ベイカー氏は盗難事件とは無関係であることがはっきりしたというわけです。
ホームズはベイカー氏に帽子と鵞鳥を渡した後、「なくした鵞鳥はどこで手に入れたのですか」と尋ねました。ベイカー氏は、次のように答えました。
"Certainly, sir," said Baker, who had risen and tucked his newly gained property under his arm. "There are a few of us who frequent the Alpha Inn, near the Museum-we are to be found in the Museum itself during the day, you understand. This year our good host, Windigate by name, instituted a goose club, by which, on consideration of some few pence every week, we were each to receive a bird at Christmas. My pence were duly paid, and the rest is familiar to you. I am much indebted to you, sir, for a Scotch bonnet is fitted neither to my years nor my gravity." With a comical pomposity of manner he bowed solemnly to both of us and strode off upon his way.
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Blue Carbuncle" )
単語と意味:
「かしこまりました。」ベイカー氏は立ち上がって、新しく所有したガチョウを腕にはさんで言った。「私どもの仲間数人が、昼間は大英博物館で過ごしているのですが、博物館の近くにあるアルファ・イン(Alpha Inn)によく出入りしておりましてね。今年に入って、ウィンディゲイトという名前の人のいい店の主人が鵞鳥クラブというのを作りました。それに入ると、毎週数ペンスを積み立てるだけで、クリスマスに鵞鳥をもらえるんです。私は約束通りきちんと支払いまして、そのあとのことはご存じの通りです。帽子を返していただいたことには大変感謝申し上げております。といいますのは、スコッチのベレー帽は私の年齢にも真面目な性格にも合っておりませんので。」滑稽なほど尊大な態度で、彼は私たち二人にうやうやしくお辞儀をして大股で歩いて部屋を出て行った。
Illustration by Sydney Paget )
事件の手がかりを求めて
ベイカーが立ち去ったあと、ホームズとワトソンは事件を解決する手がかりを求めて、アルファ・インに向かいました。ベイカー街からアルファ・インまでの道のりは、およそ上の地図(赤い線)に示す通りです。アルアファ・イン(地図の16、17)に着くと、ホームズは店の主人にビールを注文してからこう言いました。
"Your beer should be excellent if it is as good as your geese," said he.
"My geese!" The man seemed surprised.
"Yes. I was speaking only half an hour ago to Mr. Henry Baker, who was a member of your goose club."
"Ah! yes, I see. But you see, sir, them's not our geese."
"Indeed! Whose, then?"
"Well, I got the two dozen from a salesman in Covent Garden."
"Indeed? I know some of them. Which was it?"
"Breckinridge is his name."
"Ah! I don't know him. Well, here's your good health landlord, and prosperity to your house. Good-night."
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Blue Carbuncle" )
日本語訳:
「うちの鵞鳥ですって!」男は驚いたようだった。
「ああ、ぼくはたった30分前に、君のところの鵞鳥クラブの会員だというヘンリー・ベイカー氏と話していたんだ。」
「ああ、そうでしたか。でも旦那、そいつはうちの鵞鳥じゃないんですよ。」
「そうかね!じゃ、誰のなんだね?」
「あのね、うちはコヴェント・ガーデンの店主から2ダース仕入れたんですよ。」
「本当に?連中の何人かは知っているんだが。それは誰だったんだい?」
「ブレッキンリッジって名前の男だよ。」
「ああ!そんな男は知らないな。さてと、ご主人の健康とお店の繁盛を祈って乾杯するか。ではご機嫌よう!」
アルファ・インを出たホームズとワトソンは、コヴェント・ガーデン・マーケット(地図の18)へ向かいました。ブレッキンリッジに会い、「アルファ・インに届けた鵞鳥をどこから仕入れたのか」と尋ねると、フレッキンリッジは急に怒りだし、仕入れ先をどうしても教えようとしません。ホームズは一計を案じ、ブレッキンリッジに「アルファ・イン」に届けた鵞鳥がホームズがいうように田舎育ちか、それともブレッキッジのいうように町育ちなのか賭けをしようと言いました。ブレッキンリッジはこれに応じ、仕入れ先の帳簿を持ち出し、鵞鳥が町育ちであることを証明しようとします。
"That's the list of the folk from whom I buy. D'you see? Well, then, here on this page are the country folk, and the numbers after their names are where their accounts are in the big ledger. Now, then! You see this other page in red ink? Well, that is a list of my town suppliers. Now, look at that third name. Just read it out to me."
"Mrs. Oakshott, 117, Brixton Road-249," read Holmes. "Quite so. Now turn that up in the ledger." Holmes turned to the page indicated. "Here you are, 'Mrs. Oakshott, 117, Brixton Road, egg and poultry supplier." "Now, then, what's the last entry?" "'December 22d. Twenty-four geese at 7s. 6d.'" "Quite so. There you are. And underneath?" "'Sold to Mr. Windigate of the Alpha, at 12s.'" "What have you to say now?" Sherlock Holmes looked deeply chagrined. He drew a sovereign from his pocket and threw it down upon the slab, turning away with the air of a man whose disgust is too deep for words.
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Blue Carbuncle" )
犯人は?
ホームズは、賭けで誘うことによって、まんまと仕入れ先がオークショット夫人であることを聞き出すことに成功したのです。そのとき、ブレッキンリッジの店で、店主と小男が口論しているのが聞こえました。小男は、オークショット夫人から仕入れた鵞鳥の中に自分のものが混じっていたんだ、と言い張っています。小男が店主に追い出されて、逃げていくのをホームズは追いかけ、彼を捕まえます。この男こそは、真犯人のコスモポリタン・ホテルの上級係員ジェームズ・ライダーでした。ライダーを伴ってベイカー街に戻ったホームズは、男の犯行を暴き、白状させます。ライダーはホームズに許しを乞います。(つづきは原作をお読み下さい)
Illustration by Sydney Paget )
(『青い柘榴石』 おわり)
独身の貴族 The Adventure of the Noble Bachelor
花嫁失踪事件
ワトソンが結婚する2、3週間前、まだホームズとベイカー街で共同生活を起こっていたときのこと。ホームズが午後の散歩から帰ってみると、テーブルの上に彼宛の手紙が置いてありました。封を切ってみると、それはイングランドでも指折りの貴族であるセント・サイモン卿からの依頼状でした。内容は、自分の結婚式をめぐって起きた忌まわしい出来事について相談したい、というものでした。手紙はグローヴナー・マンションズ(Grosvenor Mansions)(地図の19)から出されたものでした。
Illustration by Sidney Paget )
サイモン卿に関してワトソンが見つけた最初の新聞記事(The Morning Post紙)は、次のようなものでした。
A marriage has been arranged [it says] and will, if rumour is correct, very shortly take place, between Lord Robert St. Simon, second son of the Duke of Balmoral, and Miss Hatty Doran, the only daughter of Aloysius Doran. Esq., of San Francisco, Cal., U.S.A.
日本語訳:
ホームズは、さらに詳しい記事を「社交界新聞」で見つけます。
Lord St. Simon, who has shown himself for over twenty years proof against the little god's arrows, has now definitely announced his approaching marriage with Miss Hatty Doran, the fascinating daughter of a California millionaire. Miss Doran, whose graceful figure and striking face attracted much attention at the Westbury House festivities, is an only child, and it is currently reported that her dowry will run to considerably over the six figures, with expectancies for the future. As it is an open secret that the Duke of Balmoral has been compelled to sell his pictures within the last few years, and as Lord St. Simon has no property of his own save the small estate of Birchmoor, it is obvious that the Californian heiress is not the only gainer by an alliance which will enable her to make the easy and common transition from a Republican lady to a British peeress.
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )
単語と意味:
ところが、ワトソンが見つけたその後の消息記事には、この花嫁が結婚式のあと失踪したという新聞記事がありました。前日の朝刊は、「豪華な結婚式のあとの奇怪な出来事」という見出しで次のように伝えていました。
'The ceremony, which was performed at St. George's, Hanover Square, was a very quiet one, no one being present save the father of the bride, Mr. Aloysius Doran, the Duchess of Balmoral, Lord Backwater, Lord Eustace, and Lady Clara St. Simon (the younger brother and sister of the bridegroom), and Lady Alicia Whittington. The whole party proceeded afterwards to the house of Mr. Aloysius Doran, at Lancaster Gate, where breakfast had been prepared. It appears that some little trouble was caused by a woman, whose name has not been ascertained, who endeavoured to force her way into the house after the bridal party, alleging that she had some claim upon Lord St. Simon. It was only after a painful and prolonged scene that she was ejected by the butler and the footman. 'The bride, who had fortunately entered the house before this unpleasant interruption, had sat down to breakfast with the rest, when she complained of a sudden indisposition and retired to her room. Her prolonged absence having caused some comment, her father followed her, but learned from her maid that she had only come up to her chamber for an instant, caught up an ulster and bonnet, and hurried down to the passage. One of the footmen declared that he had seen a lady leave the house thus apparelled, but had refused to credit that it was his mistress, believing her to be with the company. On ascertaining that his daughter had disappeared, Mr. Aloysius Doran, in conjunction with the bridegroom, instantly put themselves in communication with the police, and very energetic inquiries are being made, which will probably result in a speedy clearing up of this very singular business. Up to a late hour last night, however, nothing had transpired as to the whereabouts of the missing lady. There are rumours of foul play in the matter, and it is said that the police have caused the arrest of the woman who had caused the original disturbance, in the belief that, from jealousy or some other motive, she may have been concerned in the strange disappearance of the bride.'"
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )
単語と意味:
ハノーヴァー・スクエアのセント・ジョージ教会(地図の20)で行われた結婚式はきわめて慎ましいものだった。花嫁の父アロイシャス・ドーラン氏、バルモラル公爵夫人、バックウォーター卿、ユースタス卿とクララ・セント・サイモン嬢(新郎の弟妹)、アリシア・ウィッティントン嬢以外に出席者はいなかった。その後、参会者全員はランカスター・ゲート(地図の21)にあるアロイシャアス・ドーラン邸に移動した。そこでは、披露宴の準備が整えられていた。その際に、一人の姓名不詳の女性が、結婚式のあと邸に押し入ろうとして一悶着を起こした模様である。伝えられるところによると、この女はセント・サイモン卿に何事かを申し立てたようである。長く続いたいざこざの末に、女は執事と下男によって追い出された。 幸い、花嫁はこの不愉快な妨害がある前に邸宅に入っていたので、 他の人とともに披露宴の席についた。ところが、彼女は突然気分が悪いと言って自室に引き下がった。彼女がなかなか戻ってこなかったので、参会者の話題になり、父親が様子を見に行ったところ、女中の言うには、花嫁は部屋にはちょっとの間だけ寄っただけで、外套と帽子をとって急いで通路に下りていったという。下僕の一人は、そうした服装の女性が邸を出るのを見たが、それがまさか女主人だとは思いも寄らなかったと述べた。というのは、彼女はてっきり披露宴の席にいると思っていたからである。令嬢の失踪を確認したあと、アロイシャス・ドーラン氏は花婿と一緒にただちに警察に通報し、目下精力的な捜査が行われているところであり、このきわめて奇怪な事件はスピーディに解明されるだろう。しかしながら、昨夜までのところ、失踪した令嬢の行方について何らの情報もえられていない。この事件に関しては、不正が行われているという風説がある。それによると、警察当局は、最初の騒ぎを起こした婦人が、嫉妬心かその他の動機で花嫁の不可解な失踪に関わっているとの容疑から、逮捕に動いているということである。
そうしているうちに、依頼人が現れました。
セント・サイモン卿の来訪
セント・サイモン卿は、サンフランシスコでドーラン嬢と知り合ってから婚約するまでの経緯を話しました。そして、ドーラン嬢がロンドンを来訪してから交際を深め、婚約し、結婚することになったのだと説明しました。
サイモン卿は、ドーラン嬢の態度が挙式のあと変化したと言いました。ホームズはその詳細を聞きただしました。
"Oh, it is childish. She dropped her bouquet as we went towards the vestry. She was passing the front pew at the time, and it fell over into the pew. There was a moment's delay, but the gentleman in the pew handed it up to her again, and it did not appear to be the worse for the fall.
Yet when I spoke to her of the matter, she answered me abruptly; and in the carriage, on our way home, she seemed absurdly agitated over this trifling cause."
"Indeed! You say that there was a gentleman in the pew. Some of the general public were present, then?"
"Oh, yes. It is impossible to exclude them when the church is open."
"This gentleman was not one of your wife's friends?"
"No, no; I call him a gentleman by courtesy, but he was quite a common-looking person. I hardly noticed his appearance. But really I think that we are wandering rather far from the point."
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )
単語と意味:
「いや、ばかげた話ですがね。(挙式で)私たちが祭服室へ向かおうとしていたとき、彼女は花束を落としたのです。そのとき、彼女は前方の座席を通りかかっていました。そして、花束は座席の方に落ちたのです。一瞬の時間的なずれがありました。しかし、前席にいt紳士がそれを拾い上げて、もう一度彼女に手渡したのです。それで、花束を落としたことは大事に至らずに済んだように見えました。
ところが、私がそのことを彼女に話したところ、彼女は急にぶっきらぼうな答えを返したのです。そして、わが家へ帰る馬車の中では、この些細な出来事について彼女はおかしなほど動揺しているような様子でした。」
「なるほど! あなたは、教会の座席に一人の紳士がいたとおっしゃいましたね。それでは、教会には一般の会衆も混じっていたわけですか?」
「ええ、そうです。教会が開いている時間帯は、彼らを排除することはできませんからね。」
「この紳士はあなたの奥さんの友人だったのではありませんか?」
「いえいえ。私は彼を礼儀上紳士と呼んだまでのことで、実際にはごく普通の格好をした男でしたよ。私は彼の外見にほとんど注意を払いませんでした。だが、われわれの話はどうも横道にずれてしまったように思います。」
Illustration by Sydney Paget )
このあと、披露宴の席でドーラン嬢は急に立ち上がり、部屋を出たきり、戻ってこなかったということでした。その後、フローラ・ミラーと連れだって、ハイド・パークに入っていくのが目撃されていました。フローラは現在拘留中だが、彼女は今朝ほどドーラン邸で一悶着を起こした女だ、とサイモン卿は言いました。
フローラについて、サイモン卿は、ここ数年間、親しく付き合っていた女だが、彼が結婚すると聞いて脅迫的な手紙を送りつけてきたのだということでした。そして、ドーラン氏の邸宅に押しかけてきたというわけだったのです。
残された手がかり
ホームズは、サイモン卿の話を聞いて、事件の全体やドーラン嬢の行方などがわかったようでした。サイモン卿が帰ったあと、入れ替わるようにレストレード警部がやってきました。そして、ドーラン嬢の死体を探すためにハイドパーク内のサーペンタイン池(地図の23)をさらっていたと報告しました。しかし。見つかったのは花嫁衣装と靴、衣装の服のポケットに入っていた名刺入れだけだったのです。
Illustration by Sydney Paget )
しかし、名刺入れから出てきたホテルの勘定書きとメモは、ドーラン嬢の行方を知るための重要な手がかりとなったのです。メモには、走り書きで「準備ができたら会おう。。すぐに来てくれ。F.H.M.」と書かれていました。レストレード警部は、これがフローラからドーラン嬢に宛てたもので、彼女をおびき出すのに使われてと解釈しました。けれども、ホームズは、走り書きの表面の勘定書きに注目していました。
モールトン夫人の告白
レストレードが帰ったあと、午後5時頃ホームズは出かけていき、9時頃に戻ってきた。それからセント・サイモン卿が再び現れ、そのあとから思いがけない人物が現れました。いずれもホームズが招待した人ばかりでした。それは、ドーラン嬢とその夫だったのです。
He opened the door and ushered in a lady and gentleman. "Lord St. Simon," said he "allow me to introduce you to Mr. and Mrs. Francis Hay Moulton. The lady, I think, you have already met."
At the sight of these newcomers our client had sprung from his seat and stood very erect, with his eyes cast down and his hand thrust into the breast of his frock-coat, a picture of offended dignity. The lady had taken a quick step forward and had held out her hand to him, but he still refused to raise his eyes. It was as well for his resolution, perhaps, for her pleading face was one which it was hard to resist.
"You're angry, Robert," said she. "Well, I guess you have every cause to be." "Pray make no apology to me," said Lord St. Simon bitterly. "Oh, yes, I know that I have treated you real bad and that I should have spoken to you before I went; but I was kind of rattled, and from the time when I saw Frank here again I just didn't know what I was doing or saying. I only wonder I didn't fall down and do a faint right there before the altar."
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )
Illustration by Sydney Paget )
ドーラン嬢は、事件の真相をサイモン卿とホームズに話しました。その内容は次のようなものでした。
「彼女とフランク・モールトンは、1981年にアメリカで知り合い、秘かに結婚したが、父親は金鉱を掘り当てて大金持ちになったのに、フランクは鉱脈を掘り当てることができず、一旗揚げて来るといって出かけたきり、帰らなかった。そのうち、フランクがアパッチ族インディアンに襲われて殺されたとの知らせがあり、彼女はてっきりフランクは死んだものと思っていた。そこへサイモン卿がサンフランシスコを訪問し、知り合いとなり、彼女がロンドンを訪問したときに婚約を取り交わした。ところが、新聞記事でドーラン嬢の婚儀のことを知ったフランクが教会に駆けつけたのだった。」
"Still, if I had married Lord St. Simon, of course I'd have done my duty by him. We can't command our love, but we can our actions. I went to the altar with him with the intention to make him just as good a wife as it was in me to be. But you may imagine what I felt when, just as I came to the altar rails, I glanced back and saw Frank standing and looking at me out of the first pew. I thought it was his ghost at first; but when I looked again there he was still, with a kind of question in his eyes, as if to ask me whether I were glad or sorry to see him. I wonder I didn't drop. I know that everything was turning round, and the words of the clergyman were just like the buzz of a bee in my ear. I didn't know what to do. Should I stop the service and make a scene in the church? I glanced at him again, and he seemed to know what I was thinking, for he raised his finger to his lips to tell me to be still. Then I saw him scribble on a piece of paper, and I knew that he was writing me a note. As I passed his pew on the way out I dropped my bouquet over to him, and he slipped the note into my hand when he returned me the flowers. It was only a line asking me to join him when he made the sign to me to do so. Of course I never doubted for a moment that my first duty was now to him, and I determined to do just whatever he might direct.
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )
ドーラン嬢は披露宴を抜け出して、家に戻り、身支度を調えると、フランクの行ったハイド・パーク方面に走り、追いつくと辻馬車でフランクが泊まっていたゴードン・スクエア(地図25)の宿まで行きました。それが彼女にとっての本当の結婚でした。
モールトン夫人はサイモン卿に深く陳謝しましたが、サイモン卿はそれを受け入れたものの、自尊心を深く傷つけられた様子で早々にホームズ宅を後にしたのでした。
Illustration by Sydney Paget
)
(『独身の貴族』 おわり)