Sherlock Holmes Museum : Photo by givingnot@rocketmail.com

ロンドン聖地巡礼「シャーロック・ホームズ」(準備編)

 

独身の貴族 The Adventure of the Noble Bachelor

(事件の舞台となった場所)

花嫁失踪事件

ワトソンが結婚する2、3週間前、まだホームズとベイカー街で共同生活を起こっていたときのこと。ホームズが午後の散歩から帰ってみると、テーブルの上に彼宛の手紙が置いてありました。封を切ってみると、それはイングランドでも指折りの貴族であるセント・サイモン卿からの依頼状でした。内容は、自分の結婚式をめぐって起きた忌まわしい出来事について相談したい、というものでした。手紙はグローヴナー・マンションズ(Grosvenor Mansions)(地図の19)から出されたものでした。


(セント・サイモン卿からの手紙を読むホームズ
Illustration by Sidney Paget )

サイモン卿に関してワトソンが見つけた最初の新聞記事(The Morning Post紙)は、次のようなものでした。

A marriage has been arranged [it says] and will, if rumour is correct, very shortly take place, between Lord Robert St. Simon, second son of the Duke of Balmoral, and Miss Hatty Doran, the only daughter of Aloysius Doran. Esq., of San Francisco, Cal., U.S.A.

日本語訳:

バルモラル公爵の第二子、ロバート・セント・サイモン卿とアメリカ合衆国サンフランシスコの名士、アロイシャス・ドーラン氏の一人娘、ハッティ・ドーラン嬢との間で、伝えられるところによると、近々結婚式が執り行われる予定とのこと。

ホームズは、さらに詳しい記事を「社交界新聞」で見つけます。

Lord St. Simon, who has shown himself for over twenty years proof against the little god's arrows, has now definitely announced his approaching marriage with Miss Hatty Doran, the fascinating daughter of a California millionaire. Miss Doran, whose graceful figure and striking face attracted much attention at the Westbury House festivities, is an only child, and it is currently reported that her dowry will run to considerably over the six figures, with expectancies for the future. As it is an open secret that the Duke of Balmoral has been compelled to sell his pictures within the last few years, and as Lord St. Simon has no property of his own save the small estate of Birchmoor, it is obvious that the Californian heiress is not the only gainer by an alliance which will enable her to make the easy and common transition from a Republican lady to a British peeress.
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )

単語と意味:

festivitiesdowryfigureheiresspeeress
祝宴
(新婦一家から新郎への)持参金
桁。「6桁」とは、「10万ポンド」の意味。
(大財産を受ける)女相続人
貴族の夫人;有爵婦人
日本語訳:

セント・サイモン卿は20年以上にわたって小さなキューピッドの矢を寄せつけてこなかったが、ついに最近、カリフォルニアの億万長者の魅力的な令嬢ハッティ・ドーランとの婚儀が近づいていることを明言した。ドーラン嬢は、ウェストベリーの祝宴で優美な容姿と際立つ美貌で大いに注目されたが、一人娘であり、彼女の持参金は10万ポンドを超えるもので、将来さらに増えるものと予想されている。バルモラル公爵は過去数年間、所蔵する絵画を売却せざるを得ないほど窮迫していることは、いまや公然の秘密であり、サイモン卿もバーチムーアのわずかな所領しか持っていないので、カリフォルニアの女相続人が結婚によって共和国の淑女からイギリスの貴族夫人の座を射止めることになっても、決して彼女だけが利益を得るわけではないことは明らかである。

ところが、ワトソンが見つけたその後の消息記事には、この花嫁が結婚式のあと失踪したという新聞記事がありました。前日の朝刊は、「豪華な結婚式のあとの奇怪な出来事」という見出しで次のように伝えていました。

'The ceremony, which was performed at St. George's, Hanover Square, was a very quiet one, no one being present save the father of the bride, Mr. Aloysius Doran, the Duchess of Balmoral, Lord Backwater, Lord Eustace, and Lady Clara St. Simon (the younger brother and sister of the bridegroom), and Lady Alicia Whittington. The whole party proceeded afterwards to the house of Mr. Aloysius Doran, at Lancaster Gate, where breakfast had been prepared. It appears that some little trouble was caused by a woman, whose name has not been ascertained, who endeavoured to force her way into the house after the bridal party, alleging that she had some claim upon Lord St. Simon. It was only after a painful and prolonged scene that she was ejected by the butler and the footman. 'The bride, who had fortunately entered the house before this unpleasant interruption, had sat down to breakfast with the rest, when she complained of a sudden indisposition and retired to her room. Her prolonged absence having caused some comment, her father followed her, but learned from her maid that she had only come up to her chamber for an instant, caught up an ulster and bonnet, and hurried down to the passage. One of the footmen declared that he had seen a lady leave the house thus apparelled, but had refused to credit that it was his mistress, believing her to be with the company. On ascertaining that his daughter had disappeared, Mr. Aloysius Doran, in conjunction with the bridegroom, instantly put themselves in communication with the police, and very energetic inquiries are being made, which will probably result in a speedy clearing up of this very singular business. Up to a late hour last night, however, nothing had transpired as to the whereabouts of the missing lady. There are rumours of foul play in the matter, and it is said that the police have caused the arrest of the woman who had caused the original disturbance, in the belief that, from jealousy or some other motive, she may have been concerned in the strange disappearance of the bride.'"
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )

単語と意味:

bridegroomendeavouredejectindispositionulster apparelledmistresstranspiredfoul
花婿、新郎
...しようと努める
追い出す
気分が悪いこと
ベルト付きオーバー
服装をした
(古)女主人
知れわたる
不正な、悪い
日本語訳:

  ハノーヴァー・スクエアのセント・ジョージ教会(地図の20)で行われた結婚式はきわめて慎ましいものだった。花嫁の父アロイシャス・ドーラン氏、バルモラル公爵夫人、バックウォーター卿、ユースタス卿とクララ・セント・サイモン嬢(新郎の弟妹)、アリシア・ウィッティントン嬢以外に出席者はいなかった。その後、参会者全員はランカスター・ゲート(地図の21)にあるアロイシャアス・ドーラン邸に移動した。そこでは、披露宴の準備が整えられていた。その際に、一人の姓名不詳の女性が、結婚式のあと邸に押し入ろうとして一悶着を起こした模様である。伝えられるところによると、この女はセント・サイモン卿に何事かを申し立てたようである。長く続いたいざこざの末に、女は執事と下男によって追い出された。

 幸い、花嫁はこの不愉快な妨害がある前に邸宅に入っていたので、 他の人とともに披露宴の席についた。ところが、彼女は突然気分が悪いと言って自室に引き下がった。彼女がなかなか戻ってこなかったので、参会者の話題になり、父親が様子を見に行ったところ、女中の言うには、花嫁は部屋にはちょっとの間だけ寄っただけで、外套と帽子をとって急いで通路に下りていったという。下僕の一人は、そうした服装の女性が邸を出るのを見たが、それがまさか女主人だとは思いも寄らなかったと述べた。というのは、彼女はてっきり披露宴の席にいると思っていたからである。令嬢の失踪を確認したあと、アロイシャス・ドーラン氏は花婿と一緒にただちに警察に通報し、目下精力的な捜査が行われているところであり、このきわめて奇怪な事件はスピーディに解明されるだろう。しかしながら、昨夜までのところ、失踪した令嬢の行方について何らの情報もえられていない。この事件に関しては、不正が行われているという風説がある。それによると、警察当局は、最初の騒ぎを起こした婦人が、嫉妬心かその他の動機で花嫁の不可解な失踪に関わっているとの容疑から、逮捕に動いているということである。

そうしているうちに、依頼人が現れました。

セント・サイモン卿の来訪

セント・サイモン卿は、サンフランシスコでドーラン嬢と知り合ってから婚約するまでの経緯を話しました。そして、ドーラン嬢がロンドンを来訪してから交際を深め、婚約し、結婚することになったのだと説明しました。


(ホームズ宅を来訪したサイモン卿 Illustration by Sydney Paget )

サイモン卿は、ドーラン嬢の態度が挙式のあと変化したと言いました。ホームズはその詳細を聞きただしました。

"Oh, it is childish. She dropped her bouquet as we went towards the vestry. She was passing the front pew at the time, and it fell over into the pew. There was a moment's delay, but the gentleman in the pew handed it up to her again, and it did not appear to be the worse for the fall.
Yet when I spoke to her of the matter, she answered me abruptly; and in the carriage, on our way home, she seemed absurdly agitated over this trifling cause."
"Indeed! You say that there was a gentleman in the pew. Some of the general public were present, then?"
"Oh, yes. It is impossible to exclude them when the church is open."
"This gentleman was not one of your wife's friends?"
"No, no; I call him a gentleman by courtesy, but he was quite a common-looking person. I hardly noticed his appearance. But really I think that we are wandering rather far from the point."
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )

単語と意味:

vestrypewabruptlyagitatedtrifling
(教会の)祭服室
(教会の)座席
ぶっきらぼうに、荒々しく
動揺した
くだらない、つまらない
日本語訳:

  「いや、ばかげた話ですがね。(挙式で)私たちが祭服室へ向かおうとしていたとき、彼女は花束を落としたのです。そのとき、彼女は前方の座席を通りかかっていました。そして、花束は座席の方に落ちたのです。一瞬の時間的なずれがありました。しかし、前席にいt紳士がそれを拾い上げて、もう一度彼女に手渡したのです。それで、花束を落としたことは大事に至らずに済んだように見えました。

  ところが、私がそのことを彼女に話したところ、彼女は急にぶっきらぼうな答えを返したのです。そして、わが家へ帰る馬車の中では、この些細な出来事について彼女はおかしなほど動揺しているような様子でした。」

  「なるほど! あなたは、教会の座席に一人の紳士がいたとおっしゃいましたね。それでは、教会には一般の会衆も混じっていたわけですか?」

  「ええ、そうです。教会が開いている時間帯は、彼らを排除することはできませんからね。」

  「この紳士はあなたの奥さんの友人だったのではありませんか?」

  「いえいえ。私は彼を礼儀上紳士と呼んだまでのことで、実際にはごく普通の格好をした男でしたよ。私は彼の外見にほとんど注意を払いませんでした。だが、われわれの話はどうも横道にずれてしまったように思います。」


(教会の座席にいた紳士が花束をドーラン嬢に手渡した。
Illustration by Sydney Paget )

このあと、披露宴の席でドーラン嬢は急に立ち上がり、部屋を出たきり、戻ってこなかったということでした。その後、フローラ・ミラーと連れだって、ハイド・パークに入っていくのが目撃されていました。フローラは現在拘留中だが、彼女は今朝ほどドーラン邸で一悶着を起こした女だ、とサイモン卿は言いました。

フローラについて、サイモン卿は、ここ数年間、親しく付き合っていた女だが、彼が結婚すると聞いて脅迫的な手紙を送りつけてきたのだということでした。そして、ドーラン氏の邸宅に押しかけてきたというわけだったのです。

残された手がかり

ホームズは、サイモン卿の話を聞いて、事件の全体やドーラン嬢の行方などがわかったようでした。サイモン卿が帰ったあと、入れ替わるようにレストレード警部がやってきました。そして、ドーラン嬢の死体を探すためにハイドパーク内のサーペンタイン池(地図の23)をさらっていたと報告しました。しかし。見つかったのは花嫁衣装と靴、衣装の服のポケットに入っていた名刺入れだけだったのです。


(レストレードが見つけたのは、花嫁衣装、靴、名刺入れだけだった
Illustration by Sydney Paget )

しかし、名刺入れから出てきたホテルの勘定書きとメモは、ドーラン嬢の行方を知るための重要な手がかりとなったのです。メモには、走り書きで「準備ができたら会おう。。すぐに来てくれ。F.H.M.」と書かれていました。レストレード警部は、これがフローラからドーラン嬢に宛てたもので、彼女をおびき出すのに使われてと解釈しました。けれども、ホームズは、走り書きの表面の勘定書きに注目していました。

モールトン夫人の告白

レストレードが帰ったあと、午後5時頃ホームズは出かけていき、9時頃に戻ってきた。それからセント・サイモン卿が再び現れ、そのあとから思いがけない人物が現れました。いずれもホームズが招待した人ばかりでした。それは、ドーラン嬢とその夫だったのです。

He opened the door and ushered in a lady and gentleman. "Lord St. Simon," said he "allow me to introduce you to Mr. and Mrs. Francis Hay Moulton. The lady, I think, you have already met."

At the sight of these newcomers our client had sprung from his seat and stood very erect, with his eyes cast down and his hand thrust into the breast of his frock-coat, a picture of offended dignity. The lady had taken a quick step forward and had held out her hand to him, but he still refused to raise his eyes. It was as well for his resolution, perhaps, for her pleading face was one which it was hard to resist.

"You're angry, Robert," said she. "Well, I guess you have every cause to be." "Pray make no apology to me," said Lord St. Simon bitterly. "Oh, yes, I know that I have treated you real bad and that I should have spoken to you before I went; but I was kind of rattled, and from the time when I saw Frank here again I just didn't know what I was doing or saying. I only wonder I didn't fall down and do a faint right there before the altar."
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )

 


(モールトン夫妻を前に威信を傷つけられたサイモン卿
Illustration by Sydney Paget )

ドーラン嬢は、事件の真相をサイモン卿とホームズに話しました。その内容は次のようなものでした。

「彼女とフランク・モールトンは、1981年にアメリカで知り合い、秘かに結婚したが、父親は金鉱を掘り当てて大金持ちになったのに、フランクは鉱脈を掘り当てることができず、一旗揚げて来るといって出かけたきり、帰らなかった。そのうち、フランクがアパッチ族インディアンに襲われて殺されたとの知らせがあり、彼女はてっきりフランクは死んだものと思っていた。そこへサイモン卿がサンフランシスコを訪問し、知り合いとなり、彼女がロンドンを訪問したときに婚約を取り交わした。ところが、新聞記事でドーラン嬢の婚儀のことを知ったフランクが教会に駆けつけたのだった。」

"Still, if I had married Lord St. Simon, of course I'd have done my duty by him. We can't command our love, but we can our actions. I went to the altar with him with the intention to make him just as good a wife as it was in me to be. But you may imagine what I felt when, just as I came to the altar rails, I glanced back and saw Frank standing and looking at me out of the first pew. I thought it was his ghost at first; but when I looked again there he was still, with a kind of question in his eyes, as if to ask me whether I were glad or sorry to see him. I wonder I didn't drop. I know that everything was turning round, and the words of the clergyman were just like the buzz of a bee in my ear. I didn't know what to do. Should I stop the service and make a scene in the church? I glanced at him again, and he seemed to know what I was thinking, for he raised his finger to his lips to tell me to be still. Then I saw him scribble on a piece of paper, and I knew that he was writing me a note. As I passed his pew on the way out I dropped my bouquet over to him, and he slipped the note into my hand when he returned me the flowers. It was only a line asking me to join him when he made the sign to me to do so. Of course I never doubted for a moment that my first duty was now to him, and I determined to do just whatever he might direct.
(from Conan Doyle, "The Adventure of the Noble Bachelor" )

ドーラン嬢は披露宴を抜け出して、家に戻り、身支度を調えると、フランクの行ったハイド・パーク方面に走り、追いつくと辻馬車でフランクが泊まっていたゴードン・スクエア(地図25)の宿まで行きました。それが彼女にとっての本当の結婚でした。

モールトン夫人はサイモン卿に深く陳謝しましたが、サイモン卿はそれを受け入れたものの、自尊心を深く傷つけられた様子で早々にホームズ宅を後にしたのでした。


(モールトンの謝罪を受け入れならがも早々に引き上げるサイモン卿
Illustration by Sydney Paget
)

(『独身の貴族』 おわり)

次のページへ >

-未分類