Sherlock Holmes Museum : Photo by givingnot@rocketmail.com

ロンドン聖地巡礼「シャーロック・ホームズ」(準備編)

緋色の研究 A Study in Scarlet


記念すべき「シャーロックホームズ」シリーズ第1作『緋色の研究』(A Study in Scarlet)は、アフガニスタンでの戦争に軍医として参加したワトソン博士が、ロンドンに帰還後、友人の紹介でシャーロック・ホームズに出会い、ベイカー街221Bの住居(地図の1)で共同生活を始めるところから始まります。

ロンドンに到着後、ワトソンはしばらくの間、ストランド街にあるプライベート・ホテルで暮らしていましたが、ホテルを引き払って金のかからない質素な住居に住もうと決心しました。まさにその日、彼はピカデリー・サーカスにある「クライテリオン・バー」(Criterion Bar)(地図の2)に立っていました。すると、うしろから旧知のスタンフォード青年が声をかけてきました。私は再会を喜び、ホルボーン(Holborn)(地図の6)で一緒に昼食をとりました。会話の中で、ワトソンが「いま下宿を探してるんだ」というと、スタンフォードは、「不思議ですね、別の人が同じことを言っていました」と言います。「その人は、家賃が高すぎるので、一緒に部屋をシェアしてくれる人がいないんで困っている」というのです。ワトソンはすぐにその話に飛びつきます。その相手こそ、シャーロック・ホームズだったのです。

ベイカー街の住居でホームズとワトソンが共同生活をすることになった場面は、すでに「予告編」で紹介した通りです。

シャーロック・ホームズの職業

最初、ホームズのことを友人もいない変人かと怪しんでいたワトソンでしたが、やがてさまざまな種類の人々がベイカー街のホームズを訪ねて来るようになり、ようやく彼の職業が分かってきたのでした。

Presently, however, I found that he had many acquaintances, and those in the most different classes of society. There was one little sallow rat-faced, dark-eyed fellow who was introduced to me as Mr. Lestrade, and who came three or four times in a single week. One morning a young girl called, fashionably dressed, and stayed for half an hour or more. The same afternoon brought a grey-headed, seedy visitor, looking like a Jew pedlar, who appeared to me to be much excited, and who was closely followed by a slip-shod elderly woman. On another occasion an old white-haired gentleman had an interview with my companion; and on another a railway porter in his velveteen uniform. When any of these nondescript individuals put in an appearance, Sherlock Holmes used to beg for the use of the sitting-room, and I would retire to my bed-room. He always apologised to me for putting me to this inconvenience. "I have to use this room as a place of business," he said, "and these people are my clients." Again I had an opportunity of asking him a point blank question, and again my delicacy prevented me from forcing another man to confide in me. I imagined at the time that he had some strong reason for not alluding to it, but he soon dispelled the idea by coming round to the subject of his own accord.
(from "A Study in Scarlet"

単語と意味:

sallowseedypedlar(=peddler)slip-shodpoint blankconfide in ...allude to ...dispel
(顔色が)青白い、土気色した
みすぼらしい、見苦しいなりの
行商人
(人、服装などが)だらしない、ぞんざいな
率直に、単刀直入に
(人)に秘密を打ち明ける
...をそれとなく言う、暗にほのめかす
...を追い散らす、(心配など)を一掃する

けれども、今では彼は多くの知り合いがおり、しかも社会の異なる階級の人々と知り合いであることがわかった。その中の一人は、背が低く、青白くネズミのような顔と黒い目をしていたが、私に対してはレストレード氏と紹介されていた。彼は週3,4回もやってきた。ある朝、おしゃれな服装をした若い女性が訪れ、30分以上も話し込むこともあった。同じ日の午後、みすぼらしい格好をした白髪の訪問者があったが、彼はユダヤ人の行商人のようにみえ、興奮しているように見えた。その直後には、だらしない格好をした年配の女性がやってきた。またあるときには、白髪の紳士が面会に来た。また、ビロードの制服を着た鉄道員が訪れることもあった。こうした得体の知れない人々が現れるたびに、シャーロック・ホームズは居間を使わせてほしいと頼むので、私は自分の寝室に引っ込むのだった。彼はいつも私に、迷惑をかけて済まないと詫びた。「僕はこの部屋を仕事で使わなくちゃならないんでね。」と彼は言った。「それに、これらの人たちは僕のお客さんなんだ。」再び、私は彼に単刀直入に質問する機会を得たのだが、他の人に無理強いして秘密を打ち明かせることへの遠慮から、その機会を失ってしまった。私はそのとき、彼はなにか深いわけがあって仕事のことをほのめかすことができないのだろうと思ったが、やがて彼のほうからその件について触れることになり、そうした懸念は払拭されたのである。

(ベイカー街のホームズ事務所には、さまざまな人々が訪れてきた。
Illustration by George Hutchinson.)

(『緋色の研究』の舞台となった場所)
ついに、ワトソンはシャーロック・ホームズ自身の口から職業の詳細を知ることになります。

"Yes, I have a turn both for observation and for deduction. The theories which I have expressed there, and which appear to you to be so chimerical are really extremely practical—so practical that I depend upon them for my bread and cheese." "And how?" I asked involuntarily. "Well, I have a trade of my own. I suppose I am the only one in the world. I'm a consulting detective, if you can understand what that is. Here in London we have lots of Government detectives and lots of private ones. When these fellows are at fault they come to me, and I manage to put them on the right scent. They lay all the evidence before me, and I am generally able, by the help of my knowledge of the history of crime, to set them straight. There is a strong family resemblance about misdeeds, and if you have all the details of a thousand at your finger ends, it is odd if you can't unravel the thousand and first. Lestrade is a well-known detective. He got himself into a fog recently over a forgery case, and that was what brought him here."
(from "A Study in Scarlet")

単語と意味:

turnchimericalinvoluntarilymisdeedunravelforgery
素質、才能
想像上の、奇想天外な、空想にふける
思わず
悪口、悪事、犯罪
(難問などを)解明する
偽造

「そうだ。ぼくには観察と推理の才能があるんだよ。その新聞記事で開陳した理論は、君には机上の空論にしか見えないかもしれないが、実際にはとても実用的なものなんだ。ぼくはそのおかげで生計を立てているくらいだからね。」
「で、どうやって?」と私は思わず訊いた。
「実はね、ぼくはある仕事をしているんだ。たぶん世界でぼくだけだと思うんだが。ちょっと分かりにくかもしれないが、諮問探偵というやつなんだ。ここロンドンにはたくさんの公立の探偵や民間の探偵がいるよね。こうした連中は捜査に行き詰まるとぼくのところにやって来るのさ。そして、ぼくが彼らに正しい方向を示してやるんだ。彼らはあらゆる証拠を並べてくれるから、ぼくは犯罪史に関するすべての知識を動員して、たいてい正しく解決してやれるんだ。犯罪ってやつには十中八九どこかに類似性があるんだよ。レスタードというのは有名な刑事だ。彼は最近、不可解な事件を担当したんだが、捜査に行き詰まって、ここに来たというわけなんだ。」

このあと、いよいよホームズとワトソンを巻き込んでの事件の捜査が始まります。

ローリストン・ガーデンズでの事件発生

事件は、テムズ川南東のローリストン・ガーデンズ(地図の)で起きました。第一報を伝えるメッセージが、スコットランド・ヤードのグレグソン警部からもたらされます。

MY DEAR MR. SHERLOCK HOLMES,
There has been a bad business during the night at 3, Lauriston Gardens, off the Brixton Road. Our man on the beat saw a light there about two in the morning, and as the house was an empty one, suspected that something was amiss. He found the door open, and in the front room, which is bare of furniture, discovered the body of a gentleman, well dressed, and having cards in his pocket bearing the name of 'Enoch J. Drebber, Cleveland, Ohio, U.S.A.' There had been no robbery, nor is there any evidence as to how the man met his death. There are marks of blood in the room, but there is no wound upon his person. We are at a loss as to how he came into the empty house; indeed, the whole affair is a puzzler. If you can come round to the house any time before twelve, you will find me there. I have left everything in statu quo until I hear from you. If you are unable to come I shall give you fuller details, and would esteem it a great kindness if you would favour me with your opinion.
Yours faithfully,

TOBIAS GREGSON."

単語と意味:

on the beatamiss
巡回中の
具合の悪い、まずい
日本語訳:

親愛なるシャーロック・ホームズ殿
昨夜、ブリクストン通りのはずれにあるローリストン・ガーデンズ3番地で凶悪事件が発生しました。午前2時頃、巡回中の警官が空き家に明かりが灯っているのを見つけ、何か不具合なことが起こっているのではないかと不審に思いました。調べたところ、扉が開いており、家具一つない正面の部屋の中できちんとした服装をした紳士の死体を発見したのです。この男のポケットから、「アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランド市 イーノック J. ドレッバー(Enoch J. Drebber )と書いた名刺が見つかりました。盗難に遭った形跡はなく、この男の死因に関するなんらの証拠も見つかりませんでした。部屋には血痕がありましたが、男の体にはなんらの外傷もありません。彼がどのようにしてこの空き家に入り込んだのかまったく見当がつきません。事件のすべては謎に包まれています。もし貴殿が12時前にこの家においで下されば、小生がお迎えいたします。貴殿からご返事をいただくまでの間、現場はそのままにしておきます。もしご都合が悪い場合は、のちほど詳細をお伝えいたします。この件に関し、ご意見を賜れば幸いです。
敬具

トバイアス・グレグスン

 

この手紙を読み終えると、ホームズはワトソンを誘って、辻馬車で事件現場に向かいました。死体は、43、4歳の、肩幅の広い中肉中背の男でした。硬直した顔には恐怖の表情が浮かんでいました。死体を担ぎ上げたとき、女性ものの指輪が床に落ちました。また、所持品の中に、ジョゼフ・スタンガスン宛ての手紙が見つかりました。そのとき、レストレード刑事が壁に血で書かれた文字を発見しました。そこには、"RACHE"という文字が書かれていたのです。レストレード刑事は「RACHEL」という女の名前のことだと解釈しましたが、ホームズは、ドイツ語の"Rache"つまり「復讐」の意味だと喝破します。そして、二人の警部に向かって、「これは他殺で、犯人は男、身長6フィート以上の長身、被害者と一緒に辻馬車でやってきた。そして、殺害方法は毒殺だ」、と断定しました。ホームズの推理はすべて当たっていました。

(ローリストン・ガーデンズの殺人現場で死体を検分するホームズ
Illustration by George Hutchinson

第二の殺人事件発生

その後、グレグスン警部がホームズの事務所にやってきて、犯人を捕らえたことを報告しました。それによると、犯人はシャルパンティエという海軍中尉だったというのです。グレグスンは被害者のドレッバー氏の住所をつきとめ、その下宿先の女主人のシャルパンティエ夫人に事情を聞いたところ、ドレッバーは娘と駆け落ちをしようと無理矢理連れ出そうとしたが、そこに息子のアーサーが入ってきて、ドレッバーに棍棒で殴りかかり、逃げるドレッバーを追いかけて行ったというのです。グレグスン警部は、これをもとにシャルパンティエ青年を逮捕したのでした。

ところが、この話をしている途中で、レストレード警部が現れ、「ドレッバーの秘書のスタンガスン氏がけさ6時に、ハリデイ・プライベート・ホテルで殺された」という情報を伝えたのです。レストレード警部は、ユーストン駅近くのホテルをしらみつぶしに調べた結果、スタンガスンの泊まっているハリデイ・プライベート・ホテル(地図の)を見つけたのでした。そして、第二の殺害現場を発見します。

I spent the whole of yesterday evening in making enquiries entirely without avail. This morning I began very early, and at eight o'clock I reached Halliday's Private Hotel, in Little George Street. On my enquiry as to whether a Mr. Stangerson was living there, they at once answered me in the affirmative. "'No doubt you are the gentleman whom he was expecting,' they said. 'He has been waiting for a gentleman for two days.' "'Where is he now?' I asked. "'He is upstairs in bed. He wished to be called at nine.' "'I will go up and see him at once,' I said. "It seemed to me that my sudden appearance might shake his nerves and lead him to say something unguarded. The Boots volunteered to show me the room: it was on the second floor, and there was a small corridor leading up to it. The Boots pointed out the door to me, and was about to go downstairs again when I saw something that made me feel sickish, in spite of my twenty years' experience. From under the door there curled a little red ribbon of blood, which had meandered across the passage and formed a little pool along the skirting at the other side. I gave a cry, which brought the Boots back. He nearly fainted when he saw it. The door was locked on the inside, but we put our shoulders to it, and knocked it in. The window of the room was open, and beside the window, all huddled up, lay the body of a man in his nightdress. He was quite dead, and had been for some time, for his limbs were rigid and cold. When we turned him over, the Boots recognised him at once as being the same gentleman who had engaged the room under the name of Joseph Stangerson. The cause of death was a deep stab in the left side, which must have penetrated the heart. And now comes the strangest part of the affair. What do you suppose was above the murdered man?"
I felt a creeping of the flesh, and a presentiment of coming horror, even before Sherlock Holmes answered. "The word Rache, written in letters of blood," he said. "That was it," said Lestrade, in an awe-struck voice; and we were all silent for a while.

単語と意味:

without availbootssickishcurlmeanderskirtinghuddlestab
無益に、甲斐なく
(ホテルの)靴磨き
気分が悪い
曲がりくねる
曲がりくねる
(壁下の)幅木
(恐怖で)体を丸める
刺し傷
日本語訳:

「私はゆうべ一杯かかって探し回ったのですが、無駄骨折りに終わりました。今朝ははやくから捜索を再開しましたが、8時にリトル・ジョージ街のハリデイ・プライベート・ホテルにつきました。そこで、「スタンガスン氏は滞在しているか?」との問いに、ホテルの係はうなずいてこう答えました。
「それでは、あの方が待っておいでだったのは、あなたでしたか。」「彼はある紳士を2日も待っていらっしゃいました。」
「彼はいまどこにいるのかね?」と私は尋ねました。
「彼は2階のお部屋でお休みです。9時に起こしてほしいと言っていらっしゃいました。」
「それでは、いますぐ行って、会ってこよう」と私は言いました。
「私の突然の来訪で、きっと彼は神経質になり、不用意な発言をするかもしれないと思われたからです。ホテルの靴磨き係が部屋の案内を買ってでました。スタンガスンの部屋は2階にあり、狭い階段で通じていました。靴磨き係は部屋のドアを指さしました。彼が1階に戻ろうとしたとき、私は20年の刑事経験があったにもかかわらず、思わず気分が悪くなりました。ドアの下から血がとぐろをまいて流れ出していたのです。それは曲がりくねって、廊下の反対側の壁の下に沿って小さな血の池を作っていました。私は叫び声をあげ、それを聞いた靴磨き係が戻ってきました。血の海を見て、彼は気を失いかけました。鍵は内側からかけられていましたが、我々は肩から体当たりしてドアを蹴破りました。窓は開いており、その傍らに寝間着姿の男の死体が横たわっていました。彼の手足は硬直し、冷たくなっていたので、私語数時間は経っていました。死体をひっくり返したとき、靴磨き係は、それがジョゼフ・スタンガスンの名前で部屋をとった男であることを確認しました。死因は、体の左側にある深い刺し傷で、心臓を貫いていたに違いありませんでした。そして、これからが、この事件のいちばん不可解な所です。死体の上に何があったと思いますか?」

私は、シャーロック・ホームズが答える前にもう、血が凍るような恐怖の感情にとらわれていた。

「血で書かれた"Rache"という文字があったのでしょう?」と彼は答えた。

「その通りです」とレスタードは感嘆のまなざしで言った。私たちは皆、しばらくの間沈黙した。

事件はますます謎を深めていくかに思われました。しかし、死体のそばに丸薬が2錠見つかったとき、ホームズは、「最後の環が見つかった!!これで事件は解決だ」と叫んで小躍りします。このあと、ホームズは少年を使ってある御者を呼び出し、この男こそは真犯人だと告げるのでした。

『緋色の研究』第二部は、犯人が2人の男を殺害するに至った背景を、アメリカ開拓史にまでさかのぼって解き明かします。この部分は、独立した歴史小説としても興味深く読むことができます。

(『緋色の研究』 終わり)

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