1938年10月31日のDaily News紙トップ

メディア研究

「火星からの侵入:パニックの社会心理学」再考

聴取者の4分類と「批判能力」

Cantrilらは、この番組の聴取者を次の4つに分類し、情報確認行動とパニック反応の関連を明らかにしようと試みた。

  1. 番組のなかに手がかりを見つけ出して、本当であるはずがないと考えた人びと(内在的チェックに成功したグループ)
  2. ドラマであることをチェックすることに成功した人びと(外在的チェックに成功したグループ)
  3. うまくチェックできず、ニュースだと信じつづけた人びと(チェックに失敗したグループ)
  4. 放送だから本当だと信じて調べようとしなかった人びと(チェックを試みなかったグループ)

この分類は主として135のインタビュー事例のもとづくものであり、一般化することは難しい。ともあれ、それぞれのグループに含まれる人びとは、どのように反応したのだろうか?

内在的チェックに成功した人びとの反応

このグループの約半数は、かれらが入手した情報をもとに、ドラマと見抜くことができた。なかには、ウェルズの『宇宙戦争』を読んでいて、それを思い出した人もいた。「・・・怪物が姿を現したとき、これはオーソン・ウェルズの番組だということが突然頭に浮かびました。そしてそれが『宇宙戦争』という番組であることを思い出したんです」。また、番組の内容自体に含まれる矛盾に気づいて、ドラマであることに気づいた人もいた。「・・・わたしはアナウンサーがニューヨークから放送しており、火星人がタイムズ・スクエアにあっているのを眺めながら、摩天楼と同じくらいの高さだといっているのを聴きました。それで十分でした。・・・ドラマに違いないと思ったんです」。

外在的チェックに成功した人びとの反応

このグループに属する人びとは、新聞のラジオ番組欄を調べたり、他のラジオ局にダイヤルを回したりして、チェックすることによって、ドラマであることを確認していた。また、友人を呼び出したりしてチェックした人もいた。「・・・本物のように聞こえましたが、WOR局にダイヤルをまわして、同じことが放送されているかどうか確かめました。そうでなかったのでつくり話だとわかりました」。

チェックに失敗した人びとの反応

このグループの人びとは、チェックを試みたものの、それがまったく信頼できるものではなかったという特徴をもっていた。もっともよく使われた方法は、窓から外をみるとか家の外に出てみるといったものであった。なかには、警察や新聞社に電話をかけた人もいた。しかし、他のラジオ局にダイヤルをまわしてみるとか、新聞のラジオ欄をみるなどの外在的チェックをとることには失敗していた。「僕らは窓から外を見ました。ワイオミング街は車でまっくろになっていました。みんな急いで逃げようとしているなど思いました」。「私はすぐに警察に電話して、何がおこっているのか聞きました。警察は、<あなたと同じことしか知りません。ラジオを続けて聞いてアナウンサーの忠告に従ってください>ていうんです。当然、電話をかけた後では前よりもいっそう恐ろしくなりました」。

チェックを試みなかった人びとの反応

このグループの半数以上は、驚きのあまりラジオを聞くのをやめて逆上して走り回ったか、麻痺状態におり言ったとしかいいようのない行動をとった。「わたしたちは聞くことに夢中で、他の中継を聞いてみようなどという考えは全く浮かびませんでした。わたしたちはこわくてしかたがなかったんです」。「あたしは天気予報のときにラジオをつけました。小さな息子といっしょでした。主人は映画に行っていましたから。わたしたちはもうだめだと思いました。子どもしっかり抱いて座りながら泣きました。こちらに向かってくると聞いたときは、もうがまんができなくなり、ラジオをとめて廊下へ走りでました。お隣の奥さんもそこで泣き叫んでいました」。  Cantrilらは、第4のグループの記述にいちばん大きなスペースを割いている。これは、なんらのチェックもせずに、パニック反応を示したグループをある意味では、パニック的反応を誇大に記述するという誤りを犯しているように思われる。そもそも、Cantrilがインタビューの対象者として選び出したのは、番組を聞いて「驚いた」という反応を示した人びとだったという点を、ここで思い出しておきたい。

批判能力の発揮

Cantrilらの研究で、その後もっとも有名になったのは、番組を聞いてパニックに陥った人びとが、総じて「批判能力」を欠いた人びとであり、それが「学歴」などのデモグラフィックな指標と結びついていたという指摘であった。その根拠となっよたデータは、主にCBSが行った調査である。データを分析した結果、「より高い教育を受けた人びとはより多くの人がこの番組をドラマであると考えた」ことがわかった、としている。また、番組をチェックしてドラマだとわかった人は、学歴の高い人に多かったという調査結果も明らかにしている。ただし、教育程度の高い人びとのすべてが冷静であったり、チェックに成功したわけではないし、教育程度の低い人びとの中にも番組がドラマであることをすぐに理解した者もいた、と注釈している。  批判能力というのは、個人が生得的にもっている心理的特性ではなく、特定の環境の影響の結果として生じたものである。批判能力を発揮させなかった条件を明らかにしなければならない、として、Cantrilは「個人的感受性」と「聴取状況」という二つの要因をあげている。  感受性とは、放送番組からの影響を受けやすくしているパーソナリティの一般的特性であり、Lazarsfeldに(1)不安定感、(2)恐怖症、(3)悩みの量、(4)自信の欠如、(5)宿命論、(6)信心深さ、(7)教会へ行く回数の7つによって測定されている。放送に対してうまく適応できた者は、暗示に対する感受性が低いという傾向がみられた。  聴取状況は、人びとの番組に対する反応に一定の影響を与えていた。第一に、他人の行動の補強的効果と他人の恐怖の感染が考えられる。親しい者から聞いたり、ラジオをつけるようにいわれた者は、驚く傾向が強くみられた。「姉さんが電話をかけてきて、あたしはすぐにおびえてしまったの。ヒザがガクガクしました」。ある場合には、ビックリした人々を目撃したり、その声をきいたりしたことが、そうでなければ比較的冷静な者の感情的緊張をまし、その結果、批判能力を低下させてしまった。「電話ボックスから出た時には、店の中はだいぶヒステリックになった人たちでいっぱいでした。僕はこわくなっていましたが、そうした人たちをみて、何か起こったのだなと確信しました」。調査データによると、他人からラジオを聞くようにいわれた人びとは、そうでない人々よりも非合理的な行動をとる率が高いという傾向がみられた。また、CBSの全国調査の結果をみると、ニュージャージーのグローバーズミルの「現場」から離れている人ほど、驚きの程、度が低くなっていた。  このように、一般に、「批判能力」だけではパニック状態に陥るのを防ぐことはできず、個人のもつ感受性や異常な聴取状況が批判能力を低下させることがあることも明らかにされている。

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