昨年末に出版された、グーグル本の最新刊『グーグル ネット覇者の真実』(スティーブン・レヴィ著)を購入し、さっそく読んでみたので、その感想を少し。
本書は、これまでのグーグル本とは違って、初めて、インサイダーの視点からグーグルの歴史と現状について、多数のインタビューとドキュメントをもとに綴ったものである。630ページにも及ぶ大著で、読み進むのに苦労した。半ば斜め読みした感はいなめない。全体を通す筋は、2人の創業者、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンを中心に、グーグルの発展と挫折の歴史ドキュメントを生き生きと描くことにある。いわゆる「ハウツー本」ではなく、あくまでも、一ジャーナリストによるノンフィクションだという点に注意しておきたい。昨年ベストセラーになった『スティーブ・ジョブズ』にも似て、巨大IT企業の真実に迫る、迫真のドキュメントになっている。
"Google"の誕生
1997年9月、スタンフォード大学の学生であったペイジとブリンは、彼らの開発した検索エンジンに、Googleという名前をつけることにした。その経緯は、次のようなものだった。
最初に候補に挙がったのは、「何?」を意味する「ザ・ホワットボックス」。(中略) 次に候補に挙がったのは、ペイジのルームメイトが提案した「グーゴル(Googol)」という言葉だった。それは10の100乗を表す数字の単位で、天文学的数字を表す「グーゴルプレックス」という言葉にも使われていた。「僕らがやろうとしている仕事の規模にふさわしい名前だと思った」と、ブリンは数年後に説明している。
実際はその単語のスペルをペイジが間違えて登録したのだが、それが怪我の功名になった。「グーゴル」というドメイン名はすでに使用済みだったからだ。だが「Google」はまだ使用可能で、しかも「入力するのが簡単で覚えやすいのも利点だった」とペイジは語っている。(P.53)
興味深いエピソードだ。実際、現在のグーグルは、まさに天文学的単位の情報を検索し、編集しているからだ。
グーグル創業
1998年9月4日、ペイジとブリンは、スタンフォード大学在学(博士課程)のままで、正式に会社設立の手続きを行い、拠点をキャンパスの外に移した。グーグルというIT企業の誕生である。そして、「世界を変える」という野望達成のために、次々に、優秀な頭脳をリクルートした。採用にあたっての基本方針は、「嫌なやつら」は会社に入れるな、だったという。あるべき企業文化についても、こう考えていたのだった。
新入社員には、きわめつけの優れた技術力、ユーザー視点を最優先する姿勢、現実離れしているほどの理想主義を求めた。(p.61)
地球規模の脳の形成
グーグルの知識は、地球規模の脳神経系にも喩えられる。
グーグルは、ユーザーの検索内容から自殺を考えている可能性があるケースを探知し、各種の情報を提供することで救いの手を差し伸べられるプログラムを開発したという。つまり、人間の行動から次の行動を予測する手掛かりを集めたことになる。私たちの脳内でニューロンが新たな神経回路を形成するように、グーグルのバーチャル脳もまた学習を繰り返しているのだ。(p.102)
ブリンも次のように語っている。
「グーグルは究極的には、世界中の知識で脳の機能を補佐し増強するものになる。今の段階では、まだコンピュータで文章を入力する必要があるが、将来的には操作はもと簡単になるはずだ。話しかけるだけで検索する端末とか、周囲の状況を察知して、自動的に有益な情報を教えるコンピュータなどが登場するかもしれない。(p.103)
こうした「人工知能」は、グーグルによって近い将来実現される可能性が高いのではないかと思われる。
続く章では、グーグルの開発した、まったく新しい広告ビジネスモデル(グーグル経済学 莫大な収益を生み出す「方程式」とは)を扱っており、本書の中心ともいえる部分だが、私の関心とは少しずれるので、ここでは省略したい。
グーグルの基本哲学 「邪悪」になるな
アップルのスティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学のスピーチで、「馬鹿になれ」という有名な台詞を残したが、グーグルの基本哲学は、「邪悪になるな」というものだった。この言葉が誕生した経緯は次のようなものだったという。
「この会議の何もかもが私の神経を逆なでしていた」とブックハイトは当時を回想している、、「「そこで、みんなを居心地悪くさせるかもしれないが、もっと興味深い提案を行うことにした。突然、『邪悪になるな(Don't Be Evil)』というスローガンが頭にひらめいたんだ。
これに対する社内の反応は好意的なものだった。
「誰もがそのスローガンに満足してたけれど、とくにエンジニアたちにはその気持ちが強かった。まるで彼らにこう語りかけているかのようだったから。『いいかい、外の世界ではあらゆるタイプの企業が邪悪なことをしているけれども、僕らには常に正しいことだけをする機会が与えられているんだよ』」 (中略) 「邪悪になるな」は、グーグルが他社より「良い」会社であることを社員全員に手っ取り早く自覚させる手段になった。
このスローガンは、グーグルの「企業文化」を体現するものでもあった。
「邪悪になるな」に象徴される価値観はグーグルの企業文化にあまりにも深く刻み込まれているため、もはや暗黙的なルールとして内面化されていると、ドーアは考えている。(p.222)
昨年の東日本大震災の直後、いち早く被災者支援のための安否情報サイト「パーソンファインダー」を立ち上げたグーグルは、まさに「邪悪になるな」「良い会社」の価値観が反映されたものと受け止めることができよう。
グーグルのクラウドビジネス
グーグルのクラウドビジネスは、Gメールのプロジェクトから始まった。その生みの親は、ポール・ブックハイト(「邪悪になるな」のスローガンを提唱した人)だった。他のメールシステムと差別化するために、彼は1ギガバイトという巨大なストレージを用意した。それは、競争相手の100倍以上であり、しかも無料だった。しかも、メールに最適化された広告を挿入するという新たなビジネスモデルも併せて開発したのである。
Gメールは、クラウドコンピューティングという新しいウェブサービスであった。
グーグルの潤沢なサーバースペースをメールのストレージとして有効活用するというのが、「私がGメールの開発を正当化させるために使った理由の一つだ」とポール・ブックハイトは語っている。「開発をやめるべきだという意見が出たとき、これはその後に続く新たな製品の基礎部分にすぎないと説明した。今の状況がこのまま続けば、やがてあらゆる情報がオンラインで保存されるようになるのは火を見るより明らかだったから」
それこそ、「クラウドコンピューティング」の核をなす中心的価値観であることを人々はすぐに理解した。それは、従来はパソコンのハードディスクに保存されていたデータがインターネットを経由してどんな場所からでもアクセスできるようになるというものだ。ユーザーにとっては、情報は膨大なデータの「雲(クラウド)」の中に存在するようなもので、実際に物理的にどこに保存されていようと、好きなときに取り出し、また元に戻すことができた。(P.281)
グーグルのクラウドは、1カ所につき10億ドル以上かけて世界各地に設置された巨大なデータセンターの中に格納されており、それぞれのデータセンターにはグーグルの自社製サーバーが大量に詰め込まれている。
グーグルは、その意味では世界最大のコンピュータ企業なのであり、世界最大の「頭脳」でもあるのだ。その後、グーグルは、「ユーチューブ」「ピカサ」「グーグルドキュメント」などのクラウドコンピューティングサービスを次々と提供し続けていることは周知の通りである。さらに、携帯電話のマーケットにも参入し、アンドロイドという新しいモバイルOSを提供し、世界中でユーザーを増やし続けている。そのために、iPhoneを開発したアップル社との友好関係にもヒビが入ってしまったのは残念なことである。
しかし、グーグルの「世界制覇」構想は、中国での思わぬ検閲によってつまづく。そして、2010年1月12日、グーグルは、中国本土からの撤退を表明したのであった。これは、「邪悪になるな」という基本思想に照らしてやむを得ない措置であった。
もう一つの挫折は、フェイスブックの進出と、ソーシャルメディアでの立ち後れであった。
追われる立場から追う立場へ
フェイスブックは、「ソーシャルネットワーク革命の最前線に立ち、人々が生涯にわたって築き上げた個人的なネットワークを通じて彼らを組織化することを目標にしていた」(p.583)。それは、グーグルのジーンとはまったく異なる遺伝子をもって誕生し、発展したウェブサービスである。グーグルは、基本的に、自ら世界中のネットワーク上に蓄積された情報を検索し、あるいは自ら築いた巨大な情報ストレージを提供するビジネスである。そこには、「ソーシャル」な側面が抜け落ちていたのではないだろうか。これに対し、フェイスブックは、ネットワークに埋め込まれた「社会関係資本」という巨大な「金脈」を掘り当て、そこから膨大な個人情報のデータベースを「採掘」し、ユーザーに提供することによって、巨額の収益を得るという、まったく新しいビジネスモデルだった、ということができる。グーグルは、この金脈を当てることができなかったため、フェイスブックの後塵を拝することになったのだ。
グーグルにとって最大の皮肉は、SNSが爆発的成長を遂げる瞬間に居合わせながらみすみすチャンスを逃したことだった。日々の喧噪の中で何度も繰り返された機会損失の典型例だった(p.587)。
いまや、グーグルは追われる立場から、追う立場に変わっているのかもしれない。次の10年間に、グーグルからどのようなサービスが生まれ、それが情報の生態系をどのように作り変えてゆくのか、それは誰にも予想のできないことだろう。フェイスブックが、従来のグーグルとは異なる生態系(エコシステム)を作り出したことだけは確かである。両者の生態系がウェブの世界でどのように棲み分けてゆくのか、注意深く見守ってゆきたいと思う。