Tarcott Parsonsと並んで、構造機能主義社会学の大御所といわれた、Robert Merton。彼は一時期、マス・コミュニケーション研究にも手を染めていたことがある。初期のマスメディア効果論の代表作の一つ『大衆説得』(Mass Persuasion)は、Mertonが主導して行った調査研究であった。その過程では、Paul Lazarsfeldが深くかかわっていた。この間の経緯と「大衆説得」研究の概要、マス・コミュニケーション研究における位置づけを、Scannell(2007)などに依拠しながら振り返ってみることにしたい。
「大衆説得」研究までの経緯
Merton の生い立ちと社会学研究
Robert Merton (1910~2003)の両親は、ロシア系の移民で、フィラデルフィアに移り住んだ。Mertonの博士論文は、「17世紀イングランドにおける科学、技術、社会」という歴史社会学に関する研究であった。1930年代には、ハーバード大学で、Talcott Parsonsらとポスト博士課程を過ごし、交友を深めた。
その頃のMertonは、Parsonsとともに、ヨーロッパ社会学に深く傾倒していた。Parsonsがウェーバーをドイツ語から英語に翻訳したのに対し、Mertonはデュルケームをフランス語から英語に翻訳し、アメリカの社会学会にヨーロッパ社会学の成果を広めるのに貢献した。その後、両者は構造機能主義的な社会学理論を展開し、アメリカ社会学における金字塔を打ち立てたのである。
Lazarsfeldとの出会い
Mertonとマス・コミュニケーション研究の関わりは、戦時中の一時期に限られている。そのきっかけは、1941年に彼がコロンビア大学に籍を置くようになり、Lazarsfeldの同僚となったことにあった。彼は、1942年から71年にかけて、Lazarsfeldの創設した応用社会学研究所(Bureau of Applied Social Research)の所長を務め、多くの社会学的な業績を残した。かの有名な「大衆説得」研究は、彼の所長時代に行われたものである。そのきっかけは、Lazarsfeldの着想にあった。Lazarsfeldは、戦時債権の募集キャンペーンのためのマラソン放送が、短時間のうちにきわめて大きな影響を及ぼしたことに注目し、これを類まれな「メディア・イベント」として研究することを提案した。実際の事例研究はMertonをリーダーとして実施され、『大衆説得』(Mass Persuasion)という書物に結実することになった。
ケイト・スミスとマラソン放送
研究対象となったマラソン放送とは、1943年9月にCBSラジオで放送された、18時間連続のキャンペーン番組である。番組のホストを務めたケイト・スミスは、アメリカの生んだ国民的な歌手であり、当代随一の人気を誇るラジオ・タレントであった。
放送当時、彼女は30代で、その人柄から国民から広く親しまれていた。1938年には「God Bless America」を録音し、それはアメリカ賛歌としての地位を確立したのであった。翌年にはホワイトハウスに招かれて、初来米した英国のエリザベス女王の前で歌を披露するという栄誉にあずかったほどである。ルーズウェルト大統領は席上、ケイト・スミスを「これがケイト・スミスです。これがアメリカです」と紹介したという。
第二次大戦中、ケイトは2つのラジオ番組に定期出演し、1000万人もの聴取者の人気を博した。こうした文脈の中で、CBSは戦時債権募集のキャンペーン放送のホスト役として、ケイト・スミスに白羽の矢を立てたのであった。
アメリカの戦時債権は、1945年末までに1850億ドルもの売り上げを記録し、戦争遂行に大きな役割を果たした。アメリカ政府や企業は、各種の広告を通じて債権の販売促進を行ったが、それに加えて、ラジオのキャンペーン放送を通じて、さらに戦時債権の募集を行った。最初のキャンペーン放送は1942年11月に開始され、第3回のキャンペーンは1943年9月に実施された。9月8日にルーズヴェルト大統領の演説が行われたあと、2週間後にCBSラジオはケイト・スミスとともに、聴取者に直接訴えかけるキャンペーン放送を行ったのである。それは、スミスとCBSにとっては3回目のラジオ債権キャンペーンであった。しかし、今回は18時間にわたって、スミスが15分ごとに生出演するという「マラソン放送」であった。彼女の努力によって、多くのリスナーがラジオ局に直接電話をかけたり、手紙を書いたりして、戦時債権を積極的に購入し、4000万ドルもの売り上げを記録したのであった。
「大衆説得」研究とその成果
研究の概要
Lazarsfeldはこの放送を一大メディア・イベントとして捉え、ラジオの影響力を示す格好の出来事として、Mertonを説得して、調査研究に取り組むよう進言した。最初はあまり乗り気ではなかった学究肌のMertonではあったが、結局この研究に引き込まれ、フォーカス・グループ調査など先駆的な手法を駆使した独創的な研究を展開することになったのである。この研究は、(1)ケイト・スミスの放送に関する内容分析、(2)放送を聞いた約100名のリスナーに対するインテンシブなフォーカスグループ・インタビュー、(3)約1000名を対象とする世論調査、の3つから成っていた。
内容分析は、放送の客観的な特性を明らかにしてくれた。インタビューは、具体的に説得がどのように行われたかを明らかにするものだった。そして世論調査は、インテンシブなインタビューの結果をクロスチェックする素材を提供してくれた。方法論的にみても、この研究調査は、実証的なマス・コミュニケーション社会学におけるお手本を示すものとなったのである。
このマラソン放送の「時間的な構造」を明らかにすることを通じて、Mertonは、なぜこの番組がかくも多くのリスナーを最後までひきつけ、債権購入に至らせたのかという、巨大なメディア効果を明らかにしたのであった。その中で、ケイト・スミスは、まさにマラソン競争の選手のように、最初から最後までリスナーとともに走り続け、リスナーを番組の虜にしたのであった。
テーマ分析の結果
放送内容を分析した結果、スミスが語ったことの約50%は戦時の犠牲に関するものであり、それが当時のアメリカ人に大きな影響を与えたことがわかった。犠牲を払っていたのは、戦場の兵士、一般市民、そしてケイト・スミス自身の三者であった。
残りの50%のうち3つは、戦争の努力に対する集合的参加、戦争によって引き裂かれた家族、前2回のキャンペーン放送の達成額を超えること、というテーマに当てられた。これらは、内容や行動に関連するものであった。その他の2つのテーマはこれとは違っていた。「パーソナルなテーマ」と「簡便さのテーマ」は関係性あるいはメディア志向的なものだつた。パーソナルなテーマは、このイベントが会話的な特徴を帯びていたことを反映していた。スミスはリスナーに向って、「あなた」「私」という親密なフレーズで語りかけたのである。「簡便性」とは、電話一本で債券を申し込むことができ、放送局の回線はいつでもオープンだということを強調したことである。多くのリスナーは、直接スミスと話すことができると期待して電話機をとったのである。電話は、ケイトースミスとリスナーをパーソナルに結びつける役割も果たしたのである。
それでは、何故この放送はかくも大きな説得力を発揮し得たのだろうか。その最大の要因は、スミスのパーソナリテイと、番組に取り組む真摯な姿勢であった。しかし、それは戦争債券を売り込むという搾取的な目的とは相反するもののように思われる。Mertonは、擬似的ゲマインシャフトという用語を用いて、このパラドクシカルな状況を説明している。放送局の送り手は、ケイト・スミスという国民的なアイコンを利用して、受け手の感情に巧みに訴えかけ、莫大な債券を受り込むことに成功したのである。マートンは、背景にある搾取的な戦時体制のディレンマにも批判的な目を向けたのであった。
マス・コミュニケーションの機能
LazarsfeldとMertonは、同じ大学の同僚として、緊密な関係を続けたが、その間、マス・コミュニケーションの機能に関する重要な論文を共同で執筆している。それは、Lyndon Bryson編集のThe Communication of Ideas (1948)という書物に収録された、「マス・コミュニケーション、大衆の趣味、組織的な社会的行動」 と題する論文である。そのきっかけは、Mertonが『大衆説得』を出版してから数年後、思想のコミュニケーションに関するセミナーでLazarsfeldが発表したメモをMertonが出版することに同意したことにある。Lazarsfeldは、Mertonがまとめた論文に、自分の発表内容に加えて、「マスメディアのいくつかの機能」に関するMerton独自の論考によるページが新たに加えられていることを知り、2人の共同執筆論文として発表することになったのである。この論文は、現代社会におけるマスメディアの影響力について、批判的な視点から分析したものであった。
なかでも、後に有名になったのは、マスメディアのもつ3つの機能に関する部分である。Mertonは今後研究されるべきマスメディアの機能として、次の3つをあげた。
- 地位付与の機能
- 社会的規範の強制
- 麻酔的逆機能
第一に、メディアは公的争点、人物、組織、社会運動などに地位を付与することによって、正当化のエージェントとして作用する。もしこれらが公認され、メディアによって取り上げられると、それは重要な事柄だと認知されるようになり、取り上げられないと、認知されずに終わる。これは、のちに現れる「議題設定機能」とも符合する考え方であった。第二に、メディアは既存の社会的態度や価値観を、規範から逸脱する考え方に否定的な宣伝を行うことによって強制するという機能を有する。これによって、個人的な態度と公的な道徳との間の乖離が縮小する。以上2つがプラスの社会的機能だとすれば、麻酔的逆機能はマイナスの機能といえる。Mertonによればマスメディアは大衆に対し、民主的なプロセスに参加できるという幻想を創り上げることを通じて、政治的無関心を助長し、民主主義をかえって減退させている。擬似的な世論が形成され、それが民主的な意思決定過程への参加を妨げている、というのである。
このように、MertonはLazarsfeldとの共同論文の中で、のちの大きな影響を及ぼすことになる、マス・コミュニケーションの機能に関する卓越した洞察力を示したのであった。
参考文献:
Paddy Scannell, 2007, Media and Communication. Sage Pubication.