Lazarsfeldは1930年代末から40年代にかけてもっとも精力的に活動したマス・コミュニケーション研究のリーダーであった。それは、ちょうどラジオがニューメディアの覇者として全盛期にあり、『火星からの侵入』『ラジオと印刷物』『大衆説得』などの研究は、ラジオのもつ圧倒的な力を証明するもののように思われた。
この延長上で、Lazarsfeldの関心は、大統領選挙での有権者の投票行動と、マスメディアの影響に関する新たな研究へと向かったのである。1940年の大統領選挙は、その格好のターゲットとなった。1年近くに及ぶ選挙期間中に、有権者はマスメディアからの情報に大量に接触する。したがって、マスメディアは有権者による投票の意思決定に対して、直接的な影響力を及ぼすものと想定された。オハイオ州エリー郡で行われた一連の調査は、このような文脈のもとで実施されたものである。
ピープルズ・チョイス
パネル調査
『ピープルズ・チョイス』(People's Choice)は、「いかにして有権者が大統領選挙において意思決定を行うか?」という問題意識のもとで実施された、先駆的な業績である。Lazarsfeldとともに調査に当たったスタッフは、Bernard BerelsonとHelen Gaudetという若手の研究者であった。この研究は、その後の「投票行動」に関する研究の嚆矢をなすものであると同時に、方法論の上でも画期的なものであった。
研究の目的は、「有権者が長いキャンペーンの期間中に、どのようにして投票意図を形成しているのか?」という、ダイナミックなプロセスを探求することにあった。そのためには、1回限りの調査を実施するのでは十分ではなかった。同じ対象者に繰り返し調査を実施することによってはじめて、こうしたダイナミックスを明らかにすることができると考えられた。そこで考案されたのが、「パネル調査」(Panel Method)と呼ばれる調査手法であった。これは、同じ有権者に繰り返し、「誰に投票するつもりか」を複数回にわたって質問し、投票意図の変化を追跡する調査方法であった。
オピニオン・リーダーの発見
フォローアップ・インタビューの中で、まだ投票意図を決めかねている人、無関心な人はしばしば、他の人々が最終的な意思決定に影響を与えているという実像が浮かび上がってきた。こうした人々は、家族であったり、友人であったり、知人であったりした。また、特定の人々が「オピニオン・リーダー」になっていることも判明した。彼らは、選挙に対する関心が高く、新聞やラジオで情報をフォローしていた。彼らは、選挙について明確な意見をもっていた。しかし、こうしたオピニオン・リーダーは、必ずしも高所得層や高学歴層など上位の階層に所属しているというわけではなかった。彼らは、異なる社会階層やコミュニティに「水平的」に分布しているように思われた。
オピニオン・リーダーは、いわばメディア(政治的情報源)と有権者の間を媒介する位置にあった。それゆえ、コミュニケーションはメディアから政治的関心の高い個人に流れ、彼らから家族、友人、知人に流れるように思われた。つまり、「観念はしばしばラジオや印刷物からオピニオン・リーダーに流れ、彼らから関心度の低い人々へと流れる」という仮説が立てられたのである。これは、本研究における最大の発見の一つであった。
ディケーター研究
『ピープルズ・チョイス』の研究が一段落したあと、すぐに上記の「コミュニケーションの2段階の流れ」仮説を検証するための新たな調査研究が企画された。それが、「パーソナル・インフルエンス」に関する研究である。この調査研究の成果は、調査実施から10年後の1955年に、『パーソナル・インフルエンス』(Personal Influence)として刊行されている(邦訳は、さらに10年後の1965年に刊行されている)。本書は理論編(人々が果たしている役割:マスメディア効果研究に対する新しい視点)と調査編(ある中西部の町における日常的影響の流れ)の二部構成となっている。このうち、第一部はElihu Katzの博士論文を要約したものである。第二部は、KatzとLazarsfeldによる現地調査の報告となっている。ここでは、LazarsfeldとKatzの共同研究に焦点を当てるために、第二部のみを取り上げることにしたい。
研究デザイン
調査対象地域は、デモグラフィック特性がもっとも標準的であるという視点から、アメリカ中西部のイリノイ州ディケーター郡が選ばれた。調査の対象者は、各層を代表する約800名の女性とし、彼らの日常生活において他の女性からの影響がもっとも大きいと考えられる4つの領域(ショッピング、ファッション、時事問題、映画観覧)がテーマとして選ばれた。調査の主要目的は、日常生活における「オピニオン・リーダー」の析出と、かれらの特性を明らかにすること、それを通じて、「コミュニケーションの2段階の流れ」仮説を検証することにあった。
オピニオン・リーダーの析出
本研究で「オピニオン・リーダー」と呼ばれる人々は、「フォーマルな集団のリーダーであるよりもむしろインフォーマルな集団のリーダーであり、影響領域の広いリーダーであるよりもむしろ対面的な集団のリーダー」(邦訳138ページ)である。この種のリーダーは、人びとの行動を直接に指導するというよりは、むしろ人々の意見とその変容にあたって案内役となる人々と考えられる。
時事問題の領域についてみると、オピニオン・リーダーは、次の3つの側面から析出した。
- 時事問題について、この人の言うことなら信頼できるし、いろいろなことを知っているはずだと思われる人たち(一般的影響者あるいはエキスパート)
- 時事的な問題について、ある意見を変えたときに実際に影響を受けた相手(特定意見への影響者)
- ラジオで聴いたり新聞で読んだりした事柄についてよく話し合う相手(日常的相談相手)
日常的相談相手としてもっとも多かったのは、「家族成員」(84%)、とくに「夫」(53%)であった。特定意見への影響者としては、「家族成員」(64%)がもっとも多く、「夫」(32%)が半数を占めていた。一般的影響者については、「家族成員以外」(51%)がもっとも多く、「家族成員」(48%)がこれに続いていた。
これとは別に、対象者自身の「オピニオン・リーダー」としの自己評価についても質問を行った。具体的には、「あなたは最近これこれのことについて誰かから助言を求められたことがありますか?」という問いである。
具体的に、どのような人から影響を受けたのか(影響者)、どのような人に助言を与えたのか(被影響者)について、名前を聞き出し、そのうちの634名に対して追跡調査を行った。
さまざまな影響のインパクトに対する評価
日常的な購買行動について、意思決定に影響を与えた源を新聞、ラジオ、雑誌、セールスマン、インフォーマルな接触に分けて、それぞれの役割の相対的な力を評価したところ、パーソナルな働きかけを受けた人々に「効果的な接触」がもっとも多いことがわかった。その次に重要性をもっていtのは、ラジオCMであった。映画観覧行動についてみると、最近見に行った映画を決めたのはどうしてかという質問に対する情報源としては、新聞がもっとも多かったが、効果という点ではパーソナルな接触が大きかった。日用品の購買行動に関しては、「人 の話を聞いて」「人のしていることを見て」というパーソナルな影響が大きいという結果が得られた。
いずれにしても、日常生活におけるさまざまな意思決定において、マスメディアよりもパーソナルな影響の方が大きいという一般的な知見が得られたのである。
異なる領域におけるオピニオン・リーダーの特性
日用品の購買行動におけるリーダー
従来のオピニオン・リーダー研究によれば、日常的な影響の流れは、社会の上位層から下位層という垂直的な方向性をもっていると考えられてきた。しかし、本調査の結果、被影響者は異なった地位の人よりも彼女自身と同じ地位の影響者から助言を受けていることがわかった。つまり、購買行動における影響は同じ地位をもった女性同士の間で交換されることが多かったのである。また、購買行動のリーダーは、コミュニティのどの社会的地位にもほぼ均等に散在していることも明らかになった。さらに、社交性の高さも、オピニオン・リーダーの特性の一つであることも確認された。
ファッションに関するリーダー
化粧品など、ファッションに関する事柄については、ライフサイクル的な要因が関連していることがわかった。一般に、未婚の女性は、他の女性にくらべるとファッション・リーダーになる割合が高かった。未婚女性がこの領域でオピニオン・リーダーとなりやすいことの背景には、彼らのファッションに対する関心度の高さがある。また、未婚女性の間では、情報や影響の流れは一方向的なものではなく、双方向で行われていることも明らかになった。さらに、ファッションにおけるリーダーシップは、社交性の高さとも正の関連をもっているという調査結果も得られた。しかし、社会的地位との関連については、高い地位にある者と中くらいの地位にあるものの間にリーダーシップの強さに差はみられなかった。
時事問題に関するリーダー
政治などの時事問題に関しては、学い歴などの面で社会的地位の高い女性の方が、オピニオン・リーダーになる傾向が強くみられた。彼らは政治や社会問題に関する知識をより豊富にもっているためである。影響の流れも、社会的地位の高い者から低いものへという方向性が強くみられたのである。 また、購買行動やファッションとは違って、時事問題に関する影響源としては、男性が重要な役割を果たしていることがわかった。社交性との関連についてみると、他の領域と同様に、時事問題に関するリーダーシップは、社交性が高くなるにつれて増大するという傾向がみられた。しかし、ライフサイクル的な要因は、時事問題に関するリーダーシップとほとんど関連をもたないという、興味深い結果も得られている。
映画観覧に関するリーダー
映画を見に行くという行動については、25歳未満の若い人々の観覧頻度が他の層よりも高いという統計調査のデータがある。これを反映して、未婚女性が映画観覧について、圧倒的に強いリーダーシップを発揮していることがわかった。また、「年齢が若いこと、未婚であることが、映画館に足を運び、さらには映画のリーダーになるチャンスと結びついている一方、それぞれの年齢層グループ内部において、しばしば映画を見に行く人はあまり行かない人にくらべてリーダーになりやすい」(邦訳303ページ)という注目すべき結果も得られている。
「コミュニケーションの2段階の流れ」仮説の検証
それでは、本研究の主眼であった、「コミュニケーションの2段階の流れ」仮説の検証の結果はどのようなものだったのだろうか?これについては、本書ではわずか1章を割いて簡単に取り上げるにとどまっている。『ピープルズ・チョイス』研究で定式化された仮説は、次のようなものだった。
いろいろな観念はラジオや印刷物からオピニオン・リーダーに流れ、さらにオピニオン・リーダーから活動性の比較的少ない人々に流れることが多い。
本研究を通じて、この仮説は、政治的行動だけではなく、他のさまざまな日常的領域においても成立することが検証された、としている。
マスメディアへの接触率の高さという点でみると、それぞれの領域において、オピニオン・リーダーはそれ以外の女性たちに比べて、雑誌閲読数が多いという結果が得られた。雑誌以外のメディアに関しても、リーダーは非リーダーよりも多く接触しているという一般的傾向がみられた。また、彼女らのリーダーシップと密接に関連した内容によく接触しているという傾向もみられた。たとえば、映画観覧におけるリーダーは、他の女性に比べて映画雑誌をよく読んでいた。
マスメディアの影響力という点からいうと、ファッションの場合には、オピニオン・リーダーは非リーダーと比べると、マスメディアから影響を受ける傾向がみられたのに対し、それ以外の領域については、オピニオン・リーダーでもマスメディアよりパーソナルな源から影響を受けるという、「2段階の流れ」仮説とは異なる結果が得られた。
言い換えれば、日常生活のさまざまな場面において、オピニオン・リーダーと呼ばれる人々は、非リーダーに比べるとマスメディアにより多く接触しているが、意思決定という局面においては、必ずしもマスメディアからの影響を大きく受けるわけではなく、パーソナルなやりとりによって大きな影響を受けていることが判明したのである。
もともと、「コミュニケーションの2段階の流れ」仮説を検証する目的で実施された「パーソナル・インフルエンス」研究であったが、小集団研究を中心に博士論文に取り組んでいたElihu Katzの参加によって、この仮説は、影響の流れが必ずしもマスメディアからオピニオン・リーダーを介して個人に流れるという単線的なものではなく、生活領域によって異なるオピニオン・リーダー像、意思決定段階におけるオピニオン・リーダーの受けるパーソナル・インフルエンスといった新しい発見を導き出し、その後の「イノベーションの普及研究」や「利用と満足研究」などの下地をつくったともいうことができる。
Lazarsfeldらの投票行動調査から始まった、実証的マス・コミュニケーション研究は、Katzらの「パーソナル・インフルエンス」を経て、より社会心理的な媒介変数を重視する、その後の新たなマス・コミュニケーション効果論への大きな橋渡し役を果たしたといえるのかもしれない。
参考文献:
Elihu Katz and Paul Lazarsfeld, 1955, Personal Influence. 竹内郁郎訳『パーソナル・インフルエンス』(1965)