情報デモクラシー メディア研究

「情報破壊」の時代

はじめに

最近、YouTube動画にハマっている。夢中になってみているのは、いわゆるエンタメ系ではなく、「知識」「教養」「ハウツー」系のチャンネルだ。とは言っても、本当に興味深いのは、番組の中身だけではなく、どんな人がどんなテクニックを使って、どんな意図でこれらの番組を作っているか、それが社会にどんな(プラスとマイナスの)インパクトを及ぼしているかという点だ。いわば、インターネット社会学の視点から、YouTubeの切り開く新世界を解明したいと思っているのだ。

最強マニュアルとしてのYouTube

今回の考察のきっかけとなったのは、仕事上の必要から、動画編集ソフトPremiere Proの使い方を本格的にマスターしたいと思い、YouTube上で最適な教材を探し始めたことにある。いろんなキーワードで検索を繰り返した結果、たどり着いたのは、「りゅうすけ | 動画編集から社長へ」というYouTubeチャンネルだった。チャンネル登録者数は 8780人で、それほど多いわけではないが、教材としてのコンテンツのクオリティの高さは抜群で、Premierre Proを実践的に学ぶには最適だと感じた。

なによりも、プロのユーチューバーが知っておくべき動画編集のテクニックのすべてを、初心者にもよくわかるように懇切丁寧に教えてくれている点に好感が持てる。高度な編集テクニックを隠すことなく無料で公開する度量の大きさにも感心する。これなら、ほぼ1週間あれば、高品質のYouTube動画作成に必要なPremiere Proのテクニックをマスターすることができそうだ。2023年版の最新Premiere Proにもしっかり対応している所も気に入っている。Premiere Proの動画編集方法を解説するYouTube動画の中には、2年前、3年前に作られたために、アップデートされた最新バージョンに対応しておらず、参考にならないものが結構あるからだ。

YouTubeが開く新しい情報デモクラシー

なぜこのような、内容の濃い動画が無料で広く公開されているのだろうか?その秘密を解くには、この動画チャンネルの開設者である「りゅうすけ」さんの経歴を知るのが大きな鍵となる。

りゅうすけさんは現在まだ20代後半の若者だが、動画編集事業の会社を経営し、オンラインの動画クリエーター養成スクールを運営もしている。きっかけは、早稲田大学3年生の時に動画編集に出会い、フリーランスとして活動を始め、1年で月収100万円を突破したことだという(りゅうすけ「YouTube動画チャンネル」より)。大学4年になると、普通に就職活動も行い、大手企業数社から内定ももらったが、フリーランスとして動画編集の道に進むか、他の学生と同じように一流企業に就職して安定した人生を歩むかで大いに迷った末に、将来的に不安要素はあっても、好きな動画編集で月収100万以上を稼げるフリーランスの道を選んだのだという。つまりは、人生のキャリアとして、安定や社会的地位よりも、自由と創造の世界で生きることを選択したのだと思う。そのための最大のプラットフォームがYouTubeだったのである。

YouTubeは誰でも無料で無制限に多くの動画を発信することができ、無料で無制限に好きな動画を選んで視聴することができるメディアである。また、キーワードで検索すれば、どのような内容の動画でも、公開されてさえいれば探し当てることができる仕組みになっている。つまり、他のメディアに比べると、きわめて自由度が高く、デモクラティックな性格を強く持っているといえる。また、動画に広告を入れることもできるので、広告収入で稼ぐことができる。動画制作や編集の仕事を受注することによって大きな収入を得ることもできる。りゅうすけさんや、その他のユーチューバーが動画制作、編集、配信の仕事で生計を立てることができるのは、こうしたYouTubeの特性のおかげである。

もう一つは、YouTubeによる情報発信の「垣根」の低さである。ここ10年の間に、iPhoneやAndroidなどのスマートフォンは、急速に一般大衆の間に普及した。これらのスマホには、今や高性能のビデオカメラが内蔵されており、手軽に高画質の動画を撮影することができるようになった。しかも、スマホには動画編集アプリがプリインストールされており、スマホだけで動画を編集し、YouTubeに即アップロードすることも簡単にできるようになった。いわば、一億総YouTuberの時代が訪れたのである。

これは、WordPressなどのCMSを使って高品質のホームページを作るのとは、決定的に異なる点である。WordPressでHPを作成しようと思ったら、サーバーの登録、管理、HTMLやCSSの知識などが最低限必要になる。これは、一般大衆によっては意外と大きな壁になっている。また、ブログなどを作成しようと思ったら、ある程度以上の文章力が必要である。TwitterやInstagramなどのSNSはできても、WordPressは難しくて手が届かないという人は、実は意外と多いのである。私は、主に中高年者を対象に何回かWordPressの講習会を開いて指導したことがあるが、WordPressの技術をきちんとマスターできた人はほとんどいなかった。私の指導の仕方が悪かったのかもしれないが・・・。

というわけで、YouTubeというのは、言論の自由を実現するために、真の意味で「情報デモクラシー」を歴史上初めて実現したメディアだと言っても過言ではない。そのような歴史的意義を持ったYouTubeのコンテンツをより良いものにするために貢献することは、実に大きな社会的意義を持っているといわねばならない。実際、りゅうすけさんをはじめとする多くのユーチューバーが無償で動画編集のテクニックを公開していることは、ご本人たちが自覚しているかどうかはともかく、歴史的使命を果たしていると評価することができる。りゅうすけさんが、有料でオンラインのクリエーター養成スクールを運営する一方で、完全無料でこうした素晴らしい動画編集チュートリアル動画を多数配信しているのは、こうした使命感が根底にあるからではないかと拝察されるのである。

YouTubeは出版モデルを淘汰するか?

このような志と能力の高いユーチューバーが増えていけば、遠からず従来の出版が担ってきた歴史的役割は終焉を迎えるかもしれない。少なくとも、Premiere Proの解説書やマニュアルといったテクニカルな教本や図説的な教養書の類は消えてなくなるだろうと思う。私自身の経験で言えば、私は1990年代の頃から、AdobeのPhotoshopやPremiere ProやIllustratorなどの使い方を学びたくて、出版形式の教科書、参考書をたくさん買い求め、本を使ってこれらのソフトの使い方をマスターしようと試みたが、結局失敗に終わった。けれども、2017年以降、YouTubeで学ぶようになってからは高齢にもかかわらず、確実に必要なテクニックが身につくようになった。なぜなら、YouTubeだと自分のパソコンで開いたソフトを操作しながら、YouTubeの画面上を逐一比較しながら正しい操作方法を習得することができるからだ。書籍だと、いくら詳しい教本でも、細かい操作を全て完全に再現することはできないのだ。

もう一つ、書籍がYouTube動画に到底及ばないのは、頻繁にアップデートされるソフトウェアの最新バージョンについていけないという点だ。たとえ書籍の改訂版を出すことができたとしても、アップデートのたびに高いお金を払って書籍を買い直す読者はどれくらいいるだろうか、疑問である。YouTubeなら、ユーチューバーの誰かが、ソフトのアップデート直後にわかりやすく改訂部分の解説をして即アップしてくれるからである。このようにして、ユーチューバーの層が今後ますます厚くなるにつれて、ますます書籍飯マニュアル本は廃れていくに違いない。いわゆる教養本の類も同じである。もし、YouTube上で教養ジャンルの良質の動画がますます増えていけば、わざわざ高額の書籍を買って読む人はいなくなるのではないか、という気がする。

このようにして、現在急激に進行しつつあるのは、「価格破壊」どころか「情報破壊」とも呼ぶべき社会変動である。かつて、マーケティングの分野でスーパーマーケットやコンビニ、さらにはアマゾンや楽天のようなネット通販などによる「価格破壊」が商品流通市場を大きく変化させたように、現在では、YouTubeによる「情報破壊」が、メディアの世界でかつてのベルリンの壁崩壊にも匹敵する「情報の壁」を崩壊させようとしているのである。「情報破壊」という表現は穏やかでないが、これは「旧来の守旧的な情報独占の壁の崩壊」ということである。旧来の守旧的な情報独占を維持しようと、大きな壁を築いて一般大衆から情報へのアクセスを妨げてきた勢力の中心は、出版界だった。著者を一部の知的エリートに限定し、高い価格設定をして、ごく限られた部数しか印刷せずに、図書館という聖なる閲覧、保存施設に収めてきたのである。こうした出版モデルは、今や終焉を迎えようとしているのかもしれない。

おわりに

今や、YouTubeのもつ「無料」+「動画」モデルが普及したことによって、情報破壊が進み、「出版などによる情報独占」の壁に大きな穴が開けられた。これからなすべきは、その穴をさらに大きく広げ、より多くの一般大衆がYouTubeを通じて、良質のコンテンツを制作、編集、発信することだろう。こう考えると、りゅうすけさんのように、動画制作、編集のテクニックの普及、クオリティの向上のために良質の動画を日々発信するクリエーターズの果たしている役割はとてつもなく大きいということがおわかりいただけるだろう。ご本人たちは、そんな自覚はお持ちではないと思うけれど、メディア論の視点から言えば、歴史的にも重要な役割を果たしているものと評価できるのである。願わくは、子供からお年寄りに至るまで、出版意欲を持つ全ての国民がユーチューバーに加わることによって、真の意味の「情報デモクラシー」が実現する世界になってほしいものだ。

 

 

 

 

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