メディア研究

「ヤフー知恵袋」の光と影(2014年10月26日:再録)

ヤフー知恵袋とは?

 近年急速に利用者が増えてきたソーシャルメディア。その中でも利用頻度が高いのは、ウィキペディアやヤフー知恵袋などの「知識共有コミュニティ」だろう。なかでも、「ヤフー知恵袋」は、何かわからないことがあって質問したり検索すると、すぐに解答が得られる便利なネットサービスだ。ヤフー知恵袋とは、ウィキペディアによれば、「Yahoo! JAPANが運営する、電子掲示板上で利用者同士が知識や知恵を教え合うナレッジコミュニティ、知識検索サービス」のことをいう。Q&Aサイトとも呼ばれている。2004年にサービスを開始、2006年からは携帯電話でも利用できるようになった。知恵袋利用者のことを「チェリアン」といい、中でもベストアンサーを多く出すなど、活躍中のチェリアンのことを「専門家」「アドバイザー」「知恵袋マスター」 などという 。知恵袋のサービスは、これらボランティアのチェリアンによって支えられている。ただし、ウィキペディアと同様に、解答は必ずしも正確なものとはいえないことに注意する必要である。また、知恵袋などのQ&Aサイトを悪用して大きな社会問題に発展するケースもある。そのような問題事例としては、2011年2月に起きた「入試問題カンニング事件」、2012年1月に発覚した「やらせ書き込み(ステマ)」事件などがある。それぞれの事件について、概要を振り返ってみたい。

大学入試問題カンニング事件

  2011年2月25日~26日、京都大学の数学と国語の入試で、1人の受験生が試験時間中に、隠し持っていた携帯電話から試験問題をヤフー掲示板に投稿し、正解を募っていたことがわかり、新聞やテレビニュースで大きく取り上げられ、新手のカンニング事件として社会問題になった。27日付けの『朝日新聞』は次のように報道している。

京大文系学部の数学の試験で、問題となった最初の書き込みは開始から7分後。投稿者が「数学の問題です」と返答を募り、「解答だけでなく途中計算もよろしくお願いいたします」と記し、試験時間中の午後2時9分、別の会員が解答例をつづって、末尾に「いかがでしょうか?」と結んだ。翌26日の英語の試験でも、試験開始7分後の午前9時37分、前日と同じIDを持つ投稿者が「次の文を英訳してください」と投稿。その6分後、別の会員から英文の解答例が示された。

事件発覚のきっかけ

 事件が発覚したきっかけは、『京都大学新聞』の記者が、26日の正午すぎ(試験終了直後)、広報課からメディア向けの英語の試験問題を窓口で受け取り、問題文の出典をインターネット上で調べていたところ、「ヤフー知恵袋」で、英語の試験問題2問の英訳を求める質問を発見したことにあった。そこで、午後0時19分、京大新聞のツイッター上に「京大入試 試験問題流出か?」と、「ヤフー知恵袋」のアドレスと共に書き込んだところ、投稿を転載するリツイートが広がり、ネット上で話題になり、マスコミでもいっせいに大きく報道されることになったものである。いわば、ソーシャルメディアが事件を引き起こし、また迅速に社会的な認知をもたらすことになったのである。

事件の展開と結末

 その後、同志社大学、立教大学、早稲田大学でも、同一人物と見られる受験生が同様のカンニングをしていたことが判明し、事件は拡大の様相を示した。京都府警が捜査を進めた結果、犯人は山形県出身で仙台の予備校に通う浪人生であることがわかった。警察当局は、捜査の過程で、ヤフージャパンからサーバー上の個体識別番号の提供を受けてNTTドコモ側に照会し、契約者を突き止めたとみられる。

 この予備校生(19)は3月3日、大学の入試業務を妨害した疑いがあるとして、偽計業務妨害容疑で京都府警に逮捕された。取り調べの結果、容疑者の受験生は、試験監督の目を盗むため、携帯を左手で股の間に隠し持ち、文字を入力したり画面を確認したりしていたとみられる。朝日新聞の報道では、次のように説明されている。

府警の説明によると、予備校生は母親名義のNTTドコモの携帯電話を試験会場内に持ち込んでいた。携帯はスマートフォンではなく、一般的な機種だったという。
 捜査関係者によると、府警の調べに対し、予備校生は試験会場の自席から携帯電話でネットに接続し、掲示板に投稿したり、別の投稿者から寄せられた解答を確認したりしていたと説明。試験監督に見つからずに携帯を操作する手口について、「左手で携帯を持ち、股の間に隠して設問を入力した」などと話しているという。また、掲示板上に書き込まれた解答を答案用紙に写す際には、左手に持った携帯の画面を確認しながら、右手の筆記具で答案に書き写したとみられる。(『朝日新聞』2011年3月4日夕刊)

 まさに、デジタルネイティブのケータイ・リテラシーの高さをまざまざと見せつける事件だったといえる。その後、この未成年の容疑者は山形の家庭裁判所に送られ、少年は非行事実を認めたが、本人が十分に反省していることから、不処分となり、事件は決着をみたということである。

クチコミサイトへのやらせ投稿事件

 これは「ヤフー知恵袋」だけに限った話ではないが、ソーシャルメディアの爆発的普及と軌を一にして、ヤフー知恵袋を含むネット上の「口コミサイト」にやらせ投稿することによって、消費者を欺く行為が社会的な問題になった。朝日新聞の2011年11月3日朝刊には、「やらせ請負業者、出現 ネット口コミ、サクラ暗躍」という記事がみられる。その手口は、あるネット関連会社の証言によれば、次の通り。

最大規模の口コミサイト「ヤフー知恵袋」などで「やらせ」書き込みを請け負っていた。化粧品会社の依頼を想定し「ニキビ跡を治すには?」などの質問を探し「○○のブランドは全部いいけど、私に合ったのは洗顔!」と書き込む、などと例示。質問自体を作る「自作自演」もする。書き込むたびに違うIDや回線を使い、サイト運営者に目をつけられにくくするという。
 同社の場合、初期費用は3万円で、月15回の書き込みで4万円、50回なら11万円。資料が流出したことで現在はサービスを見合わせているというが、担当者は「質問まで作るのでやらせと言えばやらせ。広告であることを隠した点は問題かもしれないが、サイト規約違反の意識はなかった」と悪びれる様子はない。「ホームページのアクセス数アップサービスなどに携わる業者は、どこでもやっている。当たり前のことです」(『朝日新聞』より)

 消費者庁によると、利用者を装った書き込みは、消費者に間違った認識を与える点で景品表示法が禁じる不当表示に当たる可能性がある。しかし、行政処分の対象は書き込み業者ではなく依頼者。やらせの線引きは難しく、処分された例はないという。

 こうした業者によるやらせの書き込みについては、翌2012年1月に、人気グルメ関連口コミサイト「食べログ」を運営するカカクコムが、好意的なレビューを投稿しランキングを上げるなどと飲食店に持ちかける「やらせ業者」の存在を発表し、世間でも広く知られるようになった。カカクコムの調べによると、恣意的な投稿で人気ランキングを操作する、と店に持ちかける不正業者がいることがわかり、39業者を特定したという。『アエラ』の記事によると、こうしたやらせ投稿業者の手口は、次のようになっていた。

手口は古典的だ。50~150字程度の好意的なクチコミを、顧客のサイトに次々投稿していく。「やらせに見えない」という文章と「屈強なルーチンワーク(機械的作業)部隊」がセールスポイントだ。
 料金(税抜き)は、月10件で9万8千円、25件で19万8千円、50件で29万8千円。月200件だと10%、500件なら20%の割引を設定している。逆に、投稿に商品購入が必要な場合は、追加料金を請求していることから、商品に触れず商品レビューを書いていたこともわかる。
 各サイトは投稿にかかる作業量で3分類される。最も作業が大変な「S」は「食べログ」や「アマゾン」、比較的手間のかかる「A」は「Yahoo!掲示板」や「みんなのウェディング」、最も負担の少ない「B」は「みんなの就職活動日記」や「フォートラベル」などとなっている。

 被害を受ける口コミサイトも、こうしたやらせ投稿を黙認しているわけではない。カカクコムの場合、法的措置も含めて厳正に対処するとしている。3月に入って、「カカクコム」は、口コミ投稿者の携帯電話番号による認証制を始めた。1人で複数の投稿者を装う不正を防ぐのが狙いだという。

今回、やらせ投稿業者の存在を確認したカカクコムは、やらせ投稿をやめない業者に対しては「法的措置も視野に厳正に対応する」としている。ネットに関する法的問題に詳しい松尾明弘弁護士は、やらせ投稿業者に法的責任を問う場合には、投稿によって消費行動がゆがめられたかどうかがポイントと話す。

 しかし、現実には法的処罰を加えることには困難もあるようだ。実際、景品表示法違反での処分を検討してきた消費者庁は3月28日、同法での処分は難しいという判断を示した。景表法では、実際より著しく優良と誤解される書き込みがあれば、依頼した飲食店側が行政処分対象になるが、そこまで実態と隔たりのある書き込みを頼んだという裏付けはとれなかったということだ。やらせ投稿の横行を防ぐには、口コミサイト側のチェック体制を強化するとともに、行政当局などが、厳しいガイドラインを示すこと、消費者側がやらせ投稿を見抜く目を養うことなどが肝要だろう。

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