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行程
日時:2026年10月23日(金)
天気:晴れ
行程:
9:00 巣鴨駅前都バス乗車
9:40 浅草公園六区バス停下車 ![]()
9:45 伝法院通り ![]()
10:00 雷門 ![]()
10:15 浅草文化観光センター ![]()
10:30 吾妻橋 ![]()
10:40 仲見世 ![]()
11:00 浅草寺 ![]()
11:30 浅草神社 ![]()
12:00 昼食
12:30 隅田公園 ![]()
12:45 待乳山聖天 ![]()
13:30 山谷堀公園 ![]()
14:00 バスで帰還
マイマップ
ウォーキングスポットの概要
雷門
雷門(かみなりもん)は、浅草寺(せんそうじ)の総門です。正式名称を「風雷神門(ふうらいじんもん)」といい、東京・浅草を象徴するランドマークとして世界中から多くの観光客が訪れます。
雷門が創建されたのは、平安時代の天慶5年(942年)、平公雅(たいらのきんまさ)によって建てられたのが始まりとされています。当初は駒形付近にありましたが、鎌倉時代に現在地へ移転しました。
歴史上、何度も火災に見舞われて焼失しており、江戸末期の1865年(慶応元年)の火災以降、約95年間もの間、門そのものは再建されず幻の門となっていました。現在の門は、1960年(昭和35年)にパナソニック(旧松下電器産業)創始者の松下幸之助が、自身の病気平癒祈願の御礼として寄進・再建したものです。
雷門は、東京を訪れる外国人観光客が必ず立ち寄る人気スポットとあって、ここに立っていると、日本語は聞こえず、日本人もいなくて、外国人観光客ばかり。まるで、自分自身が外国人観光客の一人になったような、不思議な感覚を覚えます。

浅草文化観光センター
浅草文化観光センターは、浅草雷門前に位置する観光案内所です。4か国語(日本語、英語、中国語、韓国語)による観光案内を行っています。営業時間は、9時から20時まで。
エレベーターで8階に登ると、展望テラスからは東京スカイツリーや浅草のまちを一望することができます。同じ8階には、カフェもあり、ガラス張りの窓から、雷門、仲見世商店街、浅草寺の絶景を見渡すことができます。

このビルの2階は、ガラス張りのテレワーク・スペースになっていて、無料のWi-Fi、電源を自由に使うことができます。電源が切れたとか、Wi-Fiが利用したいという方にはぴったりの場所。意外と空いていますよ。

吾妻橋
浅草駅のすぐそば、隅田川の台東区雷門2丁目から墨田区吾妻橋1丁目に架かる橋です。1774年(安永3年)に町人たちの請願により「大川橋」として誕生し、1876年(明治9年)に「吾妻橋」へ改称されました。
橋の上からは東京スカイツリーと、特徴的なオブジェがあるアサヒビール本社ビルを一緒に眺めることができる、絶好のビューポイント。雷門通りから浅草寺へと続くエリアに近く、観光客や人力車が多く行き交います。また、観光水上バスの発着所もあり、外国人観光客で賑わっています。

仲見世
仲見世は浅草寺の表参道です。雷門から宝蔵門まで長さ約250mにわたって、参道の両側に朱塗りの店舗が並びます。日本で最も古い商店街のひとつであり、いつも活気に溢れています。仲見世という名は、浅草広小路(現在の雷門通り)あたりに並ぶ店と浅草寺観音堂前に並ぶ店との中間、つまり「中店」ということからこの名で呼ばれるようになったともいわれています。
もともと雷門をくぐったあたりは浅草寺「南谷」といい、参道の両側に支院のいくつかが並んでいました。浅草寺ご本尊・観音さまへの崇敬はもとより、これら支院に祀られていた天照大神宮、秋葉権現、出世大黒天、鹿島明神などの神仏も多くの参拝者を集めていました。
参拝者の増加にともない、浅草寺は付近の住民に境内の清掃を賦役として課すかわりに、南谷の支院の軒先に床店(小屋掛けの店)を出す許可を与えたのです。貞享2年(1685)頃のことで、これが仲見世の発祥といわれています。
現在の仲見世には東側に52店、西側に35店、合計87店の店舗があり、長さは約250メートル、美しい統一電飾看板と四季折々の装飾が石畳に映え、雷門をくぐった海外からのお客さまなどは、みごとな日本的情緒に思わず「ワンダフル」を連発いたします。
浅草寺(せんそうじ)
浅草寺(せんそうじ)は、東京都台東区浅草にある都内最古の寺院です。山号は「金龍山(きんりゅうざん)」で、本尊は聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)。「浅草観音」の名でも広く親しまれ、年間約3,000万人もの参拝者が訪れる日本有数の名所です。



浅草寺の歴史
創建(飛鳥時代・628年)
推古天皇36年、現在の隅田川(宮戸川)で漁をしていた檜前浜成(ひのくまのはまなり)・竹成(たけなり)兄弟の網に一体の仏像がかかりました。土地の長であった土師中知(はじのなかとも)がそれを拝し、観音菩薩像であると知って出家。自宅を寺に改めて供養したのが浅草寺の始まりです(この3名は後に「三社権現」として浅草神社に祀られています)。
平安〜鎌倉時代
天台宗の高僧・円仁(慈覚大師)が浅草寺を訪れ、本尊を秘仏とし、前立(まえだち)本尊を謹刻して寺の基礎を固めました。鎌倉時代には源頼朝が深く帰依し、武将たちの信仰を集めるようになります。
江戸時代(徳川家の祈願所へ)
徳川家康が江戸幕府を開く際、浅草寺を幕府の祈願所と定めたことで寺領や伽藍が大きく整備されました。周辺には仲見世や芝居小屋、見世物小屋が立ち並び、江戸庶民の信仰と娯楽の中心地として発展しました。
近代から現代へ
1945年の東京大空襲により本堂や五重塔などの主要伽藍を焼失しましたが、戦後に全国の信徒の支援によって再建が進められました。現在は単立寺院(聖観音宗の総本山)として、江戸・東京の下町文化を今に伝えています。
待乳山聖天(まっちやましょうてん)
生成AI (Claude Opus5.5)で編集した動画 : 2026年10月23日撮影 (by Shunji Mikami)
隅田川の岸に伸びる隅田公園を北に向かって歩いていたところに、浅草寺の支院の一つ、待乳山聖天があります。
正式名称は本龍院(ほんりゅういん)といい、本尊として大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん/聖天)と十一面観音菩薩を祀っています。
浅草の名所七福神の「毘沙門天」も祀られており、商売繁盛、夫婦和合、縁結び、除病息災などの現世利益をもたらす強力なパワースポットとして信仰を集めています。標高10メートルの丘の上にあり、江戸時代から浮世絵にも描かれるなどの名所で、寺院の建物がとても美しく、浅草での必見スポットだと思います。

歴史と起源
草創の伝説(飛鳥時代・595年)
寺伝によると、推古天皇3年(595年)9月、この地が一夜にして盛り上がって小山(待乳山)となり、そこに金龍が舞い降りて山を守護したと伝えられます。その約6年後、干ばつに苦しむ人々を救うため、十一面観音菩薩が歓喜天(聖天)の姿となって現れ、人々を救済したことから、山上に聖天を祀ったのが始まりとされています。
浅草寺との深い結びつき
浅草寺の創建縁起(628年に金龍が舞い降りた伝説)にも登場する「待乳山」は、古くから浅草寺ゆかりの霊地とされてきました。浅草寺の草創期からその支院として深い関係を保っています。
江戸時代の景勝地と文人たち
隅田川に面した小高い丘(標高約10メートル)である待乳山は、平坦な江戸の下町において絶好の見晴らし台でした。筑波山や富士山、隅田川を行き交う舟を望む風光明媚な景勝地として、歌川広重の浮世絵『名所江戸百景』をはじめ、数多くの浮世絵や俳諧・紀行文の題材となりました。

「真乳山」(江戸名勝図絵より)







受付で1本300円で買った大根をお供えして、祈祷する参拝者。

本堂で奉納された大根を前にお祈りする参拝者

参拝者が奉納した大根の一部は、誰でも自由に持ち帰ることができます。難民救済の循環システム

身体健全、夫婦和合、子宝を願う人々がここで手を合わせて、お祈りをする

商売繁盛、資産形成を願う人々が、ここで手を合わせて、お祈りをする
大根と巾着のご利益
境内各所には大根と巾着の印が見られるが、大根は身体健全、夫婦和合、巾着は財福の功徳を表わしたものとされます。特に大根は心身を清浄にする聖天さまの「おはたらき」を象徴するものとして、聖天さまのご供養に欠かせないお供物とされています。
数多い年中行事のなかで最も知られているものは、1月7日の大般若講・大根まつりででしょう。法要ののち、正月中にご本尊聖天さまにお供えされた大根を調理した風呂吹き大根が御神酒とともに参拝者に授与され、大いに賑わいます。
山谷堀公園
生成AI (Claude Opus5.5)で編集した動画 : 2026年10月23日撮影 (by Shunji Mikami)
江戸時代には吉原に通う猪牙船(ちょきぶね)で賑わった山谷堀だったところが、埋め立てられて緑地となり、現在は台東区の区立公園になっています。王子の音無川から隅田川に注ぐ水路の山谷堀を埋め立てて作ったため、細長い形をしています。
隅田公園から北西に向かって約700mにわたって延びる山谷堀公園には、様々な植物が植栽されています。数多くのサクラが育ち、例年3月下旬から4月上旬のシーズンには一面をピンク色に彩り、混雑する隅田公園を避ける人々が集い、隠れた桜の名所として数多くの花見客が訪れます。
信号を渡るとすぐに目に飛び込んでくるのは、今戸焼のモニュメント達。2020年の改装工事で設置された、比較的新しいものです。今戸焼は浅草の周辺で作られた陶器のことで、江戸時代に土産用の安価な置物としてたくさん作られていたようです。
一説によれば、招き猫発祥の地とも言われています。だから招き猫がモニュメントになっているのでしょう。ちなみに、公園の近くにある今戸神社は、「縁結びのパワースポット」「招き猫発祥の地」の1つとして知られています。御祭神として日本神話で最初に夫婦となった伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀っていることから、恋愛成就や良縁祈願を願う参拝者が全国から訪れます。

