寺社

妙本寺と宝戒寺の梅だより

2026年2月9日

散歩の記録

日時:2026年2月10日(火)
天候:晴れ
場所:鎌倉駅〜本覚寺〜妙本寺〜宝戒寺
距離:4.03km
歩数: 9,323歩
カロリー:419kcal
所要時間:2時間31分

散歩マップ

フォトエッセイ

本覚寺

本覚寺は、鎌倉駅から一番近い、商売繁盛と眼の神様のお寺です。

1. 「鎌倉えびす」として有名

鎌倉・江の島七福神のひとつ、えびす様を祀っています。特に1月の「本えびす」は、商売繁盛を願う人々で非常に賑わいます。

2. 「東身延(ひがしみのぶ)」という高い格式

日蓮宗の総本山(身延山久遠寺)から日蓮聖人の遺骨を分けてもらっているため、非常に格が高いお寺として知られています。

3. 人気の「にぎり福」と「眼病平癒」

にぎり福: 毎日手で握るとご利益があると言われる、手のひらサイズの小さなお守り。表情がひとつひとつ違って可愛らしいです。
日朝さま: 「眼の神様」として知られる日朝上人を祀っており、眼病平癒を願う人が多く訪れます。

鎌倉駅東口から徒歩約3分。若宮大路から一本入ったところにあり、観光の合間に立ち寄りやすい場所にあります。

きょう最初の目的地である妙本寺に向かって歩いていく途中で見つけたお寺が、本覚寺でした。修学旅行の生徒らしい男女が数名いたので、有名なお寺なのかなと思って、入ってみました。日蓮聖人とゆかりの深いお寺だそうです。

12世紀末期、源頼朝が鎌倉幕府の裏鬼門(うらきもん)を守るために建立した夷堂(えびすどう)にさかのぼるのだとか、歴史のあるところなんだ。立派な本堂。

 

 

紅梅が1本だけ咲いていました。

妙本寺

妙本寺(みょうほんじ)は、鎌倉駅から徒歩8分ほどの場所にありながら、驚くほど静寂で厳かな空気が漂う「比企谷(ひきがやつ)」に建つお寺です。歴史的な悲劇の舞台であり、同時に鎌倉最大級の木造建築を誇る、見応えのある名刹です。

1. 歴史と背景

比企一族の悲劇: この地はかつて、源頼朝の有力な御家人であった比企能員(ひき よしかず)一族の屋敷でした。しかし1203年、北条氏との権力争い(比企の乱)に敗れ、一族はこの地で滅ぼされました。
創建:乱を逃れた末子の比企能本(よしもと)が、日蓮聖人に帰依し、一族の菩提を弔うために自邸を寺としたのが始まりです(1260年頃)。
寺名の由来: 日蓮聖人から授かった、能本の父(長興)と母(妙本)の法号から「長興山 妙本寺」と名付けられました。

2. 主な見どころ

祖師堂(そしどう)

鎌倉最大級の木造建築です。森に囲まれた巨大なお堂は圧倒的な存在感があり、堂々とした反り屋根の美しさが特徴です。

二天門(にてんもん)

鮮やかな朱色(ベンガラ塗り)が目を引く門です。緑の木々とのコントラストが美しく、彫刻も見事です。

比企一族の墓・一幡の袖塚

境内には、比企の乱で亡くなった一族の墓や、わずか6歳で亡くなった一幡(いちまん)の焼け残った小袖を埋めたとされる「袖塚」があり、鎌倉時代の歴史の重みを感じさせます。

蛇苦止堂(じゃくしどう)

比企の乱の際、井戸に身を投げた若狭局(わかさのつぼね)の霊を鎮めるために建てられました。

基本情報

アクセス:JR鎌倉駅東口から徒歩約8分
拝観料: 無料(志納)
雰囲気:観光客で賑わう鎌倉駅周辺とは対照的に、深い森(谷戸)に包まれた静かな場所です。

本覚寺の裏門を出て、滑川を渡って東へまっすぐ歩いていくと、妙本寺の総門に着きます(上の写真)。この門をくぐってしばらくいくと、左手に方丈門があります。この門をくぐると急な階段がありますが、ここは登らず、右のゆるやかな坂を登っていきました。

前方に見えてきたのは、二天門です。

二天門の向こうには、日蓮聖人像が祀られている祖師堂が見えています。屋根の急カーブがユニークで美しい。

比企一族の悲劇: この寺のあった地所は、もともと、源頼朝の有力な御家人であった比企能員(ひき よしかず)一族の屋敷でした。しかし1203年、北条氏との権力争い(比企の乱)に敗れ、一族はこの地で滅ぼされました。つまり、比企一族の悲劇の舞台となったところだったのです。乱を逃れた末子の比企能本(よしもと)が、日蓮聖人に帰依し、一族の菩提を弔うために自邸を寺としたのが、妙本寺の始まりだったのです(1260年頃)。

そういう訳で、境内には日蓮聖人の大きな像が建てられています。

お墓の裏には、美しいピンクの花をたくさんつけた桜の木が大きな枝を広げていました。

日蓮聖人の像の横には、これまた美しい紅梅と白梅が咲き誇っていました。

宝戒寺

宝戒寺(ほうかいじ)は、鶴岡八幡宮から歩いてすぐの場所にあり、「北条一族ゆかりの地」として知られる天台宗の古刹です。

1. 歴史:北条氏の滅亡と鎮魂

宝戒寺が建っている場所は、かつて鎌倉幕府の歴代執権(北条氏)が住んでいた「小町邸」の跡地です。

創建:1335年(建武2年)。鎌倉幕府が滅亡した後、後醍醐天皇が足利尊氏に命じ、自刃した北条高時をはじめとする北条一族の霊を弔うために建立されました。
勝敗を超えた供養: 敵方であった後醍醐天皇が、滅ぼした相手である北条氏のために寺を建てたという点に、当時の「怨霊を鎮める」という思想と深い慈悲の心が表れています。

2. 見どころと信仰

萩(ハギ)の名所: 9月中旬から下旬にかけて、参道や境内が真っ白な「白萩」で埋め尽くされます。この時期の美しさは鎌倉随一です。
御本尊「子育て経読み延命地蔵」:国の重要文化財。安産や子育ての仏様として信仰されています。
鎌倉・江の島七福神「毘沙門天」:病魔を払い、福徳を授ける神様として祀られています。
徳崇大権現(とくそうだいごんげん): 境内には、北条高時を神として祀るお堂があります。今でも滅亡の日である5月22日には、鎮魂の法要が行われています。

3. 「にぎり福」に似た縁起物も

宝戒寺には、境内にある「無患子(むくろじ)」という木の実で作られた**「無患子守り」**があります。「子が患わない」という意味があり、厄除けや健康祈願として人気です。

基本情報

アクセス:JR鎌倉駅東口から徒歩約13分(鶴岡八幡宮から徒歩約3分)
拝観料: 大人 300円
雰囲気:賑やかな八幡宮のすぐ近くにありながら、門をくぐると非常に静かで落ち着いた時間が流れています。

豆知識: 宝戒寺の近くには、北条一族が最期を迎えた「東勝寺跡」や「腹切りやぐら」もあります。歴史ファンの方は、これらをあわせて巡ると、より当時の歴史を深く感じることができます。

最後に向かったは、萩の名所として知られる宝戒寺です。ここは、梅の名所としても知られています。滑川に沿って北東方向に伸びる小町大路を約20分ほど歩き、突き当たりを右に行くと、宝戒寺に着きました。

拝観料300円を払って中へ入ります。近くには、北条一族が最期を迎えた「東勝寺跡」や「腹切りやぐら」があるそうですが、今回は行きませんでした。

宝戒寺(ほうかいじ)は、14世紀前期に後醍醐天皇の意向を受けて、室町幕府初代将軍・足利尊氏(あしかが たかうじ)らによって、鎌倉幕府滅亡に際して自害した北条一族の霊を弔うために建立された天台宗の寺院です。ということで、鎌倉時代の終焉の地といってもいいのでしょう。

本堂の前には、美しい白梅が満開でした。

 

宝戒寺でとくに美しいと感じたのは、ピンクの枝垂れ梅でした。本堂の横に立つ大聖歓喜天堂の前庭にひときわ大きな枝垂れ梅の木があり、美しい枝れを四方八方に垂らして、宝石のようなピンクの梅の花をつけていました。下の写真は、大樹の裏側に回り込んで、お堂をバックに撮ったものです。

帰路は、門を出てまっすぐ歩き、鶴岡八幡宮の大鳥居を左折して、広い参道を駅まで歩きました。この参道は、観光客でいつも賑わっています。道の両側には、飲食店やお土産屋さんなどがびっしりと立ち並んで、観光地鎌倉の中心に位置していることを印象づけます。私も、長い散歩の疲れを癒すために、和スイーツのお店に入って一休みました。

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